第35話 私の勝ち 前編

 朝の六時を少し過ぎた頃。


 いつも通り、自然に目が覚める。


 本来なら今日はこんなに早く起きなくてもいいんだけど、二度寝なんてするはずもない。


 なぜなら今日は……夏織ちゃんとバスケだ!


 布団を吹き飛ばしながら飛び起き、ルンルン気分でベッドから出る。


 早速支度をしようと部屋を出ようとするが、が邪魔をしてくる。


 ……夏織ちゃん、起きられるかな?


 ドアノブに手をかけたまま思い出す。


 あれは、俺がこの家に来て初めての朝だったなあ。

 夏織ちゃんが約束した時間に起きてこなくて部屋まで見に行った。


 あの時は起こさないでそのままにしておいたけど、今日は流石に起こさないとな。


 よし!

 何はともあれ自分の準備からだ。


 いつも通り、顔を洗いに行こう。


 しかし、ノアノブをひねり廊下に出他ところで俺の予想は裏切られたことがわかった。

 いや、いい意味で。


 廊下にほのかにいい匂いが漂い、リビングから明かりが漏れているのだ。



 ……まさか!



 早足でリビングに向かい、ドアを開くと——



「あ! おはよう孝太くん!」


 エプロンに髪を後ろで結んだ夏織ちゃんがキッチンに立っていた。


「か、夏織ちゃん、起きられたの?」


「うん! なんか楽しみ過ぎて朝パッと目が覚めちゃった! 毎日仕事もこれくらい楽しみならいいのにねー」


 夏織ちゃんもそれだけ楽しみにしてくれてたのか……。

 もうそれだけで天にも登る気持ちだ。


「それより、顔洗ってきたら? 寝癖もすごいし」


 夏織ちゃんに笑われたので自分の頭を触ってみると右耳の上に激しい寝癖を確認できたので、寝癖を右手で押さえたまま洗面所へ駆け込む。


 そして、洗面台に両手をついて状況を整理する。


 ……あれだけ朝に弱い夏織ちゃんが自分で起きてた。

 俺よりも先に。


 しかも、朝ごはんを作ってくれているだと……。



 嬉しさが身体中を駆け巡る。



 ……勇気を出して夏織ちゃんをデートに誘ってよかったなあ。



 しかし、これはまだ序盤。

 いわゆる前哨戦だ。


 この先に控えるメインイベントに向けて気を引き締めるべく、冷たい水で緩んだ顔を引き締める。

 寝癖ももちろん直す。


 そうこうしてからリビングに戻ると、ダイニングの上に朝食が並べられていた。


 トーストにオムレツとウィンナー。

 サラダとスープ。

 そして俺のお弁当箱。


「昨日の残り物と朝食のおかず詰めただけだけど、お弁当も作ったよ」


 ……今日の夏織ちゃんは完璧すぎだ。

 まさかお弁当の用意までしてくれたなんて。感動。


「そんなところに突っ立ってないで! さ、食べよ?」


 夏織ちゃんにちょいちょいと手招きをされ、「うん、ありがとう」と言いながら食卓につく。


「「いただきます」」


 俺がこの家に住むようになって初めて。

 俺は夏織ちゃんと朝食を食べた。


 ……ああ、幸せだ。



 ◇◇◇



「夏織ちゃんの言ってた公園とこって、あとどれくらい?」


「ほんともう直ぐだよ! そこの角曲がって少し下ったとこにあるから。もう見えるよ」


 今は、バスケットボール用のゴールが設置されている公園に向かっている途中。

 幸いにも、夏織ちゃんが家の近所にゴールがある公園を知っていたのでそこへ行くことにしていたのだ。


 二人とも運動用の服装で、バスケットボールと飲み物、タオルを分担して持っている。


 早朝に夏織ちゃんと二人、並んで歩く。

 いつもより清々しく感じる風が気持ちいい。



 夏織ちゃんが指していた角を曲がると、一部が高いフェンスで覆われた公園が現れる。

 フェンスの中にはまだ新しそうなバスケットゴール。


「へー。結構綺麗だね」


「昔っからあるんだけどね。ちょっと前に塗りなおしたみたい」


 幸い、ゴールの周りどころか、公園には誰もいなかった。


 ゴール横のベンチに持ってきた荷物を置いて、腰を下ろす。


「じゃあ準備運動からだね」


「そうね。これで怪我して会社に行けなくなるなんてことになったら、私クビになっちゃうかも」


 夏織ちゃんはハハハと無邪気に笑うけど、学生の俺には本気なのか冗談なのかわからない。


 まあ、もともと怪我なんてさせるつもりは毛頭無い。

 そんなに激しい動きもするつもりもないし。


 夏織ちゃんには”手の感覚を取り戻す練習”って言ったけど、実はそっちはついでで夏織ちゃんと楽しくバスケをしたいだけだ。


 そして、相手はバリバリの社会人。

 舐めてるわけじゃないけど、絶対俺の方が動けるはず。


 夏織ちゃんをへこませてもいけないし、最初は緩くいこう。

 今日は楽しさ重視!



 ……よっし。

 夏織ちゃんに怪我をされたら本当に困るので入念に準備運動をし、体もだいぶ温まってきた。


「じゃあ、始めよっか!」


「うん! バッチコーイ!」


 バッチこいって……。

 夏織ちゃん、ちょっとオヤジくさいところもあるんだよなあ。


 いよいよ今日のメインイベントが始まる!

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