第36話 私の勝ち 後編

「で、私は何をすればいいの? 孝太くん、手の感覚を戻したいんだよね?」


 ……そうか、そういう体だった。


 俺としては早く一対一で楽しくやりたいんだけど。

 はやる気持ちよ、ここは堪えてくれ。


「じゃあ、ランニングシュートの練習してもいいかな? 横からパス出してもらっていい?」


「オッケー!」


 元気よく了承してくれた夏織ちゃんは、コートの左側に移動し胸の前で両手を構えボールを要求するポーズをとる。


「じゃあ、お願いしまーす」


 ゴールから距離を取ったところで夏織ちゃんにパスを出す。


 夏織ちゃんがパスを受け取ったのを見てゴールに向かって走ると、程よいところでパスが飛んでくる。

 なかなかグッドタイミング。


 そのままゴール右からランニングシュート。

 難なく決まった。


 ちょっとはいいとこ見せられたかな?


 夏織ちゃんのリアクションを気にしつつ夏織ちゃんの方を見ると、すでにボールを回収して再びパスを出す地点に待機していた。


「ほらー! どんどん行くよー! 次は強めに出すからねー」




 ……あれ?


 思ってたリアクションと違う。

 もっとこう、”やるじゃん! 孝太くん!”みたいなのを想定してたんだけど……。


 ちやほやをいただけず、ゴール下にとどまる俺。


 けど、それもそうか。

 バスケ経験者ならレイアップ見てもなんとも思わないよな。


 ちょっと不完全燃焼を感じつつ、再びスタート地点に戻る。


 ……あー、早く一対一でいいところ見せたい。


 そんな煩悩とともに走り出し、すぐに先ほどパスをくれた地点にたどり着く。


 ……まあ、ランニングシュートはあと何回かにして終わろう。


 パスをもらうべく夏織ちゃんの方を見ると——



 シュッ——



 ——パンッ!




 え。

 つよ。



 男子顔負けのチェストパスでボールがあっという間に俺の手元に届く。


 想定以上のパスに一瞬戸惑うも、ボールをキャッチしてレイアップを決める。


 ……ちょっとジンジンする。


 パスを受けた手に残る感触を確かめながら夏織ちゃんの方を見ると、やはりもうスタンバイしていた。


「孝太くーん! いい調子ー! あと何本かやったら次左から入ってシュートねー!」


 ボールをその場でつきながら俺に指示を与えてくれる。

 まるでコーチ。



 その後は、夏織ちゃんの言った通りにランニングシュート練習を左右で行なった。


 夏織ちゃん、なかなか厳しいぞ……。


 今はお許しをもらったので、ランニングシュート練習を切り上げて水分補給中。


「今のところ問題なさそうだね」


「うん、鋭いドライブとかフェイントとかはやってないからね」


「なるほど、そっか」


 納得しつつ何かを考えてるような夏織ちゃん俺のコーチ

 俺は時計を確認すると、家を出てから二十五分ほど経っていることに気がつく。


 ……うわ、結構経ってるな。


 もともとは三十分くらいで切り上げようと話をしていたんだ。


 俺が「夏織ちゃん、そろそろ」と帰宅を提案しようとすると、夏織ちゃんの一言にかき消された。


「じゃあやっぱり一対一しかないね!」


「えっ」


 まさか。

 夏織ちゃんから持ちかけてくるとは。


 妄想では、俺から持ちかけて『えーでも私絶対勝てないもんー』と渋る夏織ちゃんに『加減するから大丈夫だって!』と余裕を見せて、ワイワイキャッキャとやる予定だったんだけど……。


 ボールを片手に仁王立ちするその姿は、まさに強キャラ。


「いやでもコーチ、時間が……」


「数回だけだから大丈夫! さ! 早くやるよ!」


 ボールを持ってゴールを背に立つ夏織ちゃん。

 俺からオフェンスってことね。


 水分補給を終えボトルをベンチに置く。


 ……いいだろう、


 やる気がみなぎってくる。

 さっきの俺の”時間が”発言だって、本当に夏織ちゃんの心配をしてたからだ。

 会社に遅刻とかなったらそれこそ大問題だからさ。


 びっくりはしたけど、ビビってはいない。


「じゃあ行くよ?」


「いつでもいいよ」


 なんかもう。

 デートとかっていうより、ただ純粋に燃えてきた。


 ……絶対勝ってやる!



 夏織ちゃんからボールを渡されて、ゲームスタート!



 まず利き手である右手でドリブルを始めると、ある程度の距離をとって夏織ちゃんが腰を下ろす。


 結構様になってる。

 というか見よう見まねでやってる動きじゃないな。


 俺の体の向きに合わせて、ちゃんと合わせてくる。

 むやみに手を動かしたりもしない。


 やっぱり、夏織ちゃん。

 結構うまいのでは。


 けれど、負けられない。

 ここでかっこいいところ見せないと!


 まずは手始めに、ドライブ→ストップ→自分の股下を通すパスレッグスルーでかっこよく抜き去ってやろう。


 作戦が決まり、早速右側にドライブを仕掛けると夏織ちゃんもしっかり俺とゴールの間に体を入れながら下がってくる。


 ここで急停止!


 夏織ちゃんも反応して止まるけど、ここで左に切り返して……


 ——ポロッ


「あっ」


 なんと。

 レッグスルー失敗……。


 ボールは転々とコート外へ。



 だ、だ。

 ダサすぎる……。


 やっぱり、まだ手が戻ってないのか。

 勝負に必死で自分の力量を見誤った。くそう。


 夏織ちゃんは嬉しそうに「やった! 止めた止めたー! 次は私の番ね!」とはしゃいでいる。


 私の番?

 ……まあそうか、一対一なんだから。


 もはや俺の練習というより、夏織ちゃんもやりたくなったのだろう。

 夏織ちゃんはうずうずとボールを渡されるのを待っている。


 いいだろう。

 これを止めて、次こそは決めてやる。


 俺がディフェンスの位置につき夏織ちゃんにボールを渡す。


「もういいの?」


「うん、いつでもいいよ」


 さぁ、夏織ちゃんはどんな手でくるか。


 やっぱりドライブと切り返しでくるかなあ?


 なんて俺が悠長に考えていると……



 シュッ——




 ——パシュッ




「んむ?」


「よーし! 入ったあ!」


 夏織ちゃん、なんとその場からロングシュート。

 ドリブルなどなく見事にゴールにボールを通して見せた。


 ……そんなのありですか?!


「孝太くん油断しすぎ。そんな距離開けたら打たれるよー。女だと思って甘く見てたでしょ?」


 思考停止中。


 夏織ちゃんにかっこいいところ見せるつもりが……。

 まさかの惨敗。


 けど……。


「私の勝ちね!!」


 楽しそうにVサインを作る夏織ちゃん。


 夏織ちゃんが楽しそうならそれでいいかな。


「やば! もうこんな時間?! 流石に帰らないと!」


「……うん、そだね」


 夏織ちゃんもようやく時計を見て、帰路につくことにした俺たち。

 思ったより時間が無いとのことで、ランニングで家まで帰る。


 こうして今日の二人の朝練は終了した。


 ……うあーーー。


 やっぱ、悔しい。

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