第27話 なーんだ 後編

「孝太くんなら、こっちの方が似合うよ!」


「そうかな……?」


「うん! 絶対そう!」


 そう言ってノリノリの夏織ちゃんが持ってきてくれたのは七分丈のベージュのパンツと、明るめの紺色をした襟付きTシャツだ。


 普段は長ズボンか半ズボンのどちらかで、七分なんて洒落た長さのものを穿いたことがない。


 こっちもそうだ。

 Tシャツはよく着るけど、襟付きのものは普段選ばない……けど。


「じゃあ、夏織ちゃんを信じて試着してくるね」


「うん! 行ってらっしゃーい」


 試着室に入り、カーテンを閉めた。




 パンケーキ屋を出た後、俺と夏織ちゃんは男性フロアに来た。


 俺の抱えていた今更考えてもどうしようもない不安は、パンケーキによってどこかへ消え去った。


 ……いや、パンケーキじゃないな。

 夏織ちゃんのおかげだ。


 夏織ちゃんのおかげで、今は楽しく買い物ができている。


 ……でも、不思議だ。

 俺の考えていることがわかるんだろうか?


 何も聞かず、何も言わないで俺の気持ちを立て直してくれた。

 長年の付き合いってわけでもないのに。


 夏織ちゃんに見透かされていると思うと、俺の頭には夏織ちゃんと住み始めてすぐに言われた「相性抜群」、「新婚みたい」というワードが再生された。



 ——本当にそうなったら、本当に幸せなんだろうな。



 夏織ちゃんと暮らしていけば、異性として見なくなるかと思っていたけれど、

 全然そうはならない。


 当初は”夏織ちゃんの弟のような存在でいよう”と思っていたのに、

 夏織ちゃんといればいるほど、ずっと一緒にいたいと思う。


 ——これって、やっぱりそうなのかな。



「孝太くーん、まだー?」


「っ! ごめん、もうすぐだよ!」


 ……何考えてるんだ俺、こんなところで。

 試着室の中で、パンツ丸出しで考えることじゃないだろう!


 俺は二、三度首を横に勢いよく振った後、素早く着替えをして試着室から出る。


 カーテンを開けると、すぐ前のベンチに夏織ちゃんが座っていた。


「……どう?」


「似合ってるよ! やっぱりねー。私の言った通りだったでしょ?」


「うん! さすが夏織ちゃん! 信じてたよ」


「えー? ちょっと疑ってたくせに」


「あ、バレた?」


「ちょこっとだけね。でもほんといい組み合わせだなあ」


 自分でも思う。

 なかなかに似合っている。


 涼しげだけど、子供っぽくない。それでいて動きやすい。

 完璧な組み合わせだ。


「これなら女の子の前に出ても恥ずかしくないね」


「え? 女の子?」


「あれ、言ってなかったっけ? 明日さ、女の子もいるんだ。男女二人ずつ」


「そ、そうなんだ……。た、楽しそうでいいね!」


 ん?

 夏織ちゃん、明らかに動揺してる。


「夏織ちゃん、どうしたの?」


「……自分でもわかんない。……いや、大丈夫! 全然大丈夫!!」


「そう……? なら、俺会計してくるから、ちょっと待っててね」


 夏織ちゃん少し様子が変だった、よな?

 でも、試着室で着替えを終えて出てくる頃には、「お姉さんが買ってあげようか?」といたずらっぽく笑ういつもの夏織ちゃんに戻っていた。


 気のせいだったかな?


 俺は「じゃあ、行ってくる」と言って、夏織ちゃんに選んでもらった服を持ち会計の列に並ぶ。



 ……今思えば、今回の買い物はちょっとした賭けだったかもしれない。


 夏織ちゃんと服を買いに来たはいいが、別に夏織ちゃんのファッションセンスが高いことを知ってるわけじゃなかった。


 なんとなく夏織ちゃんにお願いしたんだけど、正解だったみたいだ。


 もし、夏織ちゃんのセンスがイマイチだったら、買う服は断れないわ、明日は恥をかくわで散々な目に……。


 いや、やめよう。

 そんなIFストーリーは今必要ない。


 今は、この瞬間を楽しもう。うん。



 俺は会計を済ませて、店の前で待っている夏織ちゃんの元へ向かう。


 明日着る、新品の服を持って。


 明日はどんな一日になるのかな。

 

 夏織ちゃんのおかげで、明日も楽しみだ。





 ◇◇◇





 なーんだ。


 明日は、そういう日だったのか。


 私にとっては今日が一番の楽しみだったんだけど、孝太くんにとっては明日が本命だったんだなあ。


 ……いや、違うの。

 嫉妬じゃない。断じて。


 孝太くんが他の女の子と遊ぶことが嫌なんじゃないの。


 だって、私は孝太くんの彼女じゃないし。そんなこと言う権利もない。


 そうじゃなくて。

 孝太くんと私が向いている方向が違う気がしちゃって……。


 それがちょっと悲しかった。


 分かってる、そんなのは私の独りよがりなわがままだって。


 他人とずっと同じところに向かって歩き続けられるわけないんだもの。


 分かってる。そんなことは当たり前。


 ……でも。

 何かちょっとダメだな。


 はあ。


 あ、孝太くんにこんなこと考えてるって気づかれると気を遣わせちゃう。

 絶対にバレないようにしないと。


 孝太くん、優しいもんな。



 ……それにしてもなあ。

 自分で自分が情けない。


 孝太くんが明日デートだなんて知らないで、一人で舞い上がって私好みの服を着てちゃったりして。



 ……いや!

 でもでも! 孝太くんは喜んでくれたみたいだし、孝太くん的には目的果たせたんだし、それはいいことよね。


 うん、そうよ!

 孝太くんは明日着ていく服が見つかったし、私も楽しくお買い物ができた。


 それでいいじゃない。


 あ、美味しいパンケーキも食べられたし。


 元気出せ! 私!



「お待たせー! 買ってきたよ」


「おかえり! ねえねえ! 孝太くんが他に見たいものがなければ、私見たいものがあるんだけど……いいかな?」


「そうなの? 俺は欲しいもの買えたから付き合うよ」


「本当? やった! じゃあ、行こ行こ!」


 会計を終えて戻ってきた孝太くんを引っ張って、女の子向けのフロアに向かう。


 楽しいお買い物、続行です!

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