第二章

第21話 別メニュー 前編

 痛い。


 何をするにも痛みを伴う。



 いや。心が、とか複雑なことじゃあない。


 単に昨日の火傷が痛い。



 昨日精神が落ち着いてから、存在感を発揮してきた両手の怪我の痛み。


 こいつが日常生活に支障をきたしまくる。


 まず、風呂。

 ただの地獄。


 朝の身支度。

 水がしみる。


 通学。

 自転車のハンドルを握れないので、危険。

 普段の半分ほどの指でハンドルとブレーキを操作しないといけない。


 ……とまあ挙げればきりがないのでこれくらいに。



 そうこう苦しんでいるうちに自分にできることできないことを把握できてきた俺。

 あることに気がつく。


 ……これ、バスケ部活無理だわ。




「と、いうことで、今日から痛みが引くまで、手を使う練習メニューは免除してもらった」


「いやいや、説明になってねーから!」


 今は部活前の部室。

 包帯を巻いた手について、部員の奴らからツッコミをくらっていたところだ。


「その怪我どうしたのか聞いてんの!」


「え、中二病? おそ」

「違うわ!」


「シコりすぎて火傷した??」

「……まあ、半分正解」


「マジかよ! どんだけ擦ったんだよ?!」

「そっちじゃないわ!!」


 事前に昼休みに顧問には言いに行ったけど、同世代の奴らには料理で怪我したなんて気恥ずかしくて言いたくなかった。


 おい、修斗。

 笑ってないで助けてくれてもいいんだぞ。


 俺と夏織さんの同棲を知ってる高木だけは一線引いて笑ってやがる。

 くそう。

 木村さんのこと、バラしてもいいんだぞ。

 死なば諸共、だ。


 そんな怨念を込めて修斗を睨み付けると、察してくれたのかやっと最前列に出てきた。

 そうそう、早くこの陣形から解放してくれ。


「まあまあ、みんな。孝太だってたくさん擦る時もあるさ。許してやれよ」

「おい」


 ……解決になってないぞ。

 誰か、俺の味方はいないのか。


「おーい、二年。準備しに行くぞー。マネにだけやらせんなー」

「部長だ!」 「はーい、すぐ行きまーす」


 俺への包囲がとかれていく。

 さすが部長。部活の秩序を守ってくれて感謝します。


「おらー。も行くぞー。ぼさっとすんなー」

「ぷっ……!」 「クククッ……!」 「さすが部長……」


 あなたって人は……。

 部長、あなたはいつも一言多いんですよ……。



 はあ。

 改めて、昨日の電子レンジに金属愚かな行為に我ながら情けないと強く思う。



 ◇◇◇



「よーし、アップすんぞー」

「「うーっす」」


 部活が始まった。


 手は使えないものの足には何の問題もないので、最初はいつもどおり。

 ウォーミングアップとフットワークの練習まで一緒にこなしたところで、俺は別メニューになった。


「じゃあ、朝倉はここから別メニューだ。内容はマネージャーに渡してあるから見してもらえー」

「はい」


 たまのおふざけが過ぎるとはいえ、部長はしっかりしてる。

 公然の前で俺をシコ倉君変なふうになんて呼ばないし、別メニューもちゃんと考えてくれる。


 見たまんまの堅実さと周りを明るくするユーモアで、周りからの部長に対する信頼は厚い。



 そんな部長に言われた通り、俺は本流から一人別れマネージャーの元に行く。


「坂本さん。俺のメニュー持ってる?」

「え……私っ?! 私ですかっ?」

「え? うん。持ってないかな?」


 坂本さんは二年の女子マネージャー。

 ミドルヘアだけど前髪は少し長いかな、あと眼鏡をかけている。


 あまり明るくはないけど、いつもしっかり仕事をしてくれる頼れる人だ。

 縁の下の力持ちって言葉がぴったり当てはまる。


「あ、はい! あります!」

「ん。ありがと……って、走り込みと筋トレばっかりかあ。きっついなあ」

「あ、あの。朝倉君……」

「え? なに??」

「あ……やっぱり、何でもないです!」

「?」


 何だろう? 何か言いかけてやめちゃった。

 ……気になる。


 坂本さんに何を言いかけたのか聞こうと俺が口を開くより一瞬早く、部長の声が遠くから俺に届く。


「朝倉ー! サボんなよー走り込み倍にすんぞー」


「やば! 部長どこからでも見てるな……。じゃ、行ってくるよ。メニューありがと!」

「あ、はい。いってらっしゃい」


 坂本さんが何を言いかけたのか気になるけど、練習メニュー倍増の方が嫌だったので、その場を後にした。


 

 外周が終わったら筋トレと短距離ダッシュ、か。

 しんどいけど、百パーセント俺が悪いんだし、さっさと終わらせよう。


 まずは外周だ。


 俺は外用の靴に履き替えると、駆け足で校門に向かった。



 ◇◇◇



 よしっ……。

 これで、別メニュー終わりっと。


 短距離ダッシュも終わり、やっと下半身地獄から解放される。

 本当にしんどかった……。


「朝倉ー。あとは見学だー」


「はーい」


 遠くから部長が声をかけてくれる。

 自分も練習しながらなのに、本当にしっかりした人だ。


 みんなはシュート練をしてる。

 ……俺もやりたい。


 いや。

 嘆いても仕方がないしな。

 今できることをするしかないんだ。


 少し練習を見たあと、一旦汗を流しに水飲み場へ向かう。



「あ。坂本さん」

「えっ! あ、朝倉君、別メニューは終わったんですか?」

「うん、ついさっき」

「お、お疲れ様でした」


 水飲み場では坂本さんが給水用のタンクに飲み物を詰めてくれていた。


「坂本さん一人なの? 木村さんは?」

「あ、木村さんは選手についてもらってます。今はリバウンド、とか?」


 そっか。

 俺たちのいつも練習は、こうやって支えてくれる人がいてこそなんだな。


 改めて裏方さんの大切さを感じる。


「そういえば坂本さん、最近練習の方にいないよね? 去年はシュート練の時いてくれたりとか、アップ中の合図とかしてくれてたのに」

「それは……。わ、私こういう裏の仕事の方が好きなんで、いいんです。人には向き不向きがありますから」


 向き不向き?

 ”向き”はわかるけど、”不向き”は何だ?

 木村さんに裏方は向いてないってことなのか、それとも坂本さんに選手サポートは向いてないってことなのか……。


 ちょっと聞いてみたい気もするけど、あんま深く考えてないだけかもしれない。

 細かいこと聞いて嫌がられてもな。やめとこう。


 ……あ、そうだ。

 せっかくだからさっき気になってたことを聞いてみるか。


「あのさ。別メニューもらいにいった時に何か言いかけてたけど、何言おうとしたの?」

「あ。そ、それは……」

「それは?」

「な、何で木村さんじゃなくて私の方に来たのか、聞こうと思って……」

「……んぇ?」


 不思議な質問に、空気が少し凍りついた。

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