第19話 『連盟』の怪しすぎる女。

「マーティさん!」


 ダイスはブルペンへ飛び込んだ。するとそこには、控え捕手のエンドローズが残されていただけだった。


「マーティさんだったら、もうグラウンドだよ。君も行かなくていいの?」

「行きます行きます、グラウンドですね」


 慌ててそこからも彼は飛び出す。だったら、その方が好都合だ。

 どたどた、と彼は走り出す。あまり慌てていたので、そこから出てくるスーツの男と正面衝突までしてしまった。


「……って~」

「あ、すみません。あ、アプフィールドさん、ちょうどいい、ちょっと来て下さい」


 おい、という声も後ろに、ダイスは営業社員の手を掴んで、彼が出てきただろうグラウンドへと突進した。


「何だよ、ダイス遅いぜ~」


 テディベァルがいつもの様に、ユニフォームのボタンを幾つか外した状態で、腰に手を当てていた。何でも身体のサイズのわりに筋肉があるので、ゆるみを持たせていないと困るのだそうだ。

 しかし今はそれどころではない。


「マーティさん」

「お、ちゃんと出すもの出したか?」

「それどころじゃないんです! 居ました!」

「居たって」

「あの、女です」


 女女…… マーティは数秒考えていたようだったが、はっと気付く。


「声がしたんだな」

「はい。それにジャガー氏と歩いてました。俺、ちゃんと見ました」

「あ、そういえば、お前、あの時の声がジャガー氏じゃないか、って言ってたもんなあ」


 はい、とダイスはうなづく。


「イリジャ」

「うん。ダイス君、その女性の特徴って覚えてる?」


 営業社員は、真剣な目になる。ダイスは後ろ姿だったけど、とその女の特徴を説明した。

 だがその説明をしていくうちに、マーティとアプフィールドの表情が実に嫌そうなものに変わって行く。


「……ど、どうしたんですか?」

「あ~俺、嫌あな予感がしたんだけどさ」

「俺も、ですよ」


 脱力したように、二人はその場に座り込む。心当たりがあるんだろうか、とダイスは胸がどきどきするのを感じる。


「おいマーティ、それってまさか」


 ストンウェルが近づき、彼の敬愛なる同僚を真剣な表情でのぞき込む。


「……たぶん、そうだ」


 ストンウェルまでが、実に嫌そうな声になった。


「……あの女だったら、俺とイリジャは顔、知ってるからな」

「そうですね。嫌でも良く知ってますよ」


 ぱき、とアプフィールドは指を鳴らした。二人はうなづき合うと、監督の元へと走って行く。何だ何だ、と思ってダイスは追いかけたかったのだが、その肩をストンウェルが掴んだ。


「お前は今日の先発だろう」


 あ、と彼はその時初めて思い出した。


「だからトラブルに関しては、今日は俺等に任せろよ」

「判りました…… でも、その女性、マーティさんは知ってるんですか? それにイリジャ…… アプフィールドさんも」

「あ~ つまりな、ダイちゃん」


 ストンウェルは、黒い固い髪をかき回しながら、実に嫌そうな顔をした。


「お前にこないだ、テスト試合の時のアクシデントのことは説明したよなあ」

「はい」

「その時に、仕掛けたのが、その女」

「は」

「つまり、『連盟』の関係者。ただし、どうにもその動きが怪しすぎる女。……去年俺達は何度あいつに嫌がらせをされたことか」

「嫌がらせ、ですか?」

「そ。危害って言う程危害にならないことを自覚的にやるったら、もう『嫌がらせ』以外の何者でもないだろ」


 はあ、とダイスは答えるしかなかった。


「けど何で、『嫌がらせ』なんですか?」

「さーあ。新人いびりじゃねえの?」


 あ、知ってる、とダイスは直感的に思った。だが今はきっと教えてくれないだろう、とも感じた。


「まああいつが絡んでいるなら、『危険』ではないだろうな。ただし『嫌がらせ』もそのまま受けるのもしゃくに触るしなあ」

「何なに、また嫌がらせ?」

「結局、嫌がらせなんですか?」


 耳聡いメンバーが、彼等の会話を聞きつけてくる。


「そのようだよ。あの女、がまた出やがったらしい」

「へー」


 テディベァルは肩をすくめた。


「こりない人だねー」

「いやテディ、あのひとだって雇われている訳ですし」


 ミュリエルは細かく突っ込む。


「じゃあこりない団体だねー」

「そうそれが正しい」


 言葉の使い方の問題ではない、とダイスは思う。


「まあ、今日は一応、この球団二十周年記念、とかですから、いくらあの女にしても、危険なことはして来ないと思いますがねえ」


 ミュリエルは言いながら、眼鏡の縁を直す。


「へえ、二十周年……」


 そう言えば、とダイスは客席を見渡す。


「人、入ってますもんねー。昨日一昨日よりずっと……」

「一昨日は、寝てたんじゃないのー、ダイス」


 けけけ、とテディベァルは笑う。いいじゃないですか、と彼も少しばかりの抵抗を試みる。


「それで皆風船持ってたり、何かアトラクションとかやってるんですねー」


 一塁側では、球団のマスコットらしい大きな豹のぬいぐるみが、何匹も跳ね回っていた。


「メカニクルもああいうのは、平和ですねえ」

「ウチも何か、ああいうマスコット、あればいいのになあ」

「でもテディさん、うちでどういうマスコットができるんですか?」


 さすがにその問いには、テディベァルだけでなく、ミュリエルまでもが固まった。


「そういえば、うちの場合、何でしょうね……」

「サンライズだから、お日様マークって奴かなあ?」

「でも結構まぬけかも……」

「いや結構可愛いかも」

「ま、それはまた『会議』にかけて、オーナーに進言しましょうか。そうですね、結構私も気付かなかった。盲点ですね」

「先生でもそういうこと、あるんですね」

「そりゃあありますよ。私はだいたい器用貧乏、って言われてきたんですからね。ベースボールだって、ある程度はいけますが、飛び抜けてはいませんしねえ」

「あんたがそれ言うと、二軍が落ち込むからよしてよ先生」

「はいはい」


 そう言いながら、「褐色の知性」は大きな手でテディベァルの頭を撫でた。

 だいたいその器用のレベルが普通とは違うのではないか、とダイスは思うのだが。


「そう言えば、今日はこっちでは休日でしたね。ほら、子供も多いでしょう」


 言われてみれば。ダイスはぐるりとグラウンドを取り囲む観客に目を移す。確かに子供が多い。そして子供は時には容赦がない。

 ちゃんと、投げなくちゃなあ。彼は思う。

 そして、球場全体に目を渡す。広いなあ。


「……あれ」


 そして、一つの違和感に気付く。


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