第13話 スポーツは代理戦争。
『特にマーティ』
「は、はい」
それまでの真面目な表情が、いきなり崩れる。
『昨日のようなコントロールミスでサヨナラ、が続いたら……』
「わ、わかりましたっ!」
びし、とマーティはほとんど敬礼の形を取る。なるほど、とダイスは納得する。それなら昨日のマーティの落胆振りも判るというものだった。
「だいじょーぶ。今日は俺ですもん」
『そうよね。ぜひ完封勝利してね』
う、と今度はストンウェルが胸を押さえた。
『今日中に、近い支社の社員をそっちに回すわ。結構機動力ある子だから、しばらくその子をいつもの要員に使ってちょうだい』
そう言ってオーナーからの通信は切れた。皆一斉に、ふう、とそれまで肩に入れていた力を抜いたのは言うまでもない。
*
その日の試合は、見事にストンウェルの完封勝利となり、ドームは一日、閉められたままとなった。
*
その夜。
消灯時間も迫った頃、ダイスはマーティとストンウェルの部屋を訪問していた。
「全星系統合スポーツ連盟が、どういう組織かって?」
ダイスは黙ってうなづいた。
問われた二人は、顔を見合わせた。
「そんなに、説明が難しい組織なんですか?」
「や…… お前はどのくらい、知ってる?」
「俺ですか?」
いきなり自分に振られ、ダイスはとりあえず自分の知っていることを口にする。
「えーと、本部が帝都本星にあって、全星域のスポーツの、プロ集団の管理とかしている組織、じゃないですか? スポーツの公式ルールもそこが管理していて」
「まあ正解。基本的には、それでOK」
ストンウェルは立ち上がると、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けた。
「ほいマーティ、『チェアーズ』」
「お、サンキュ」
軽く言いながら、マーティは投げられた緑のビール缶を受け止めた。
「お前には、これね」
そう言いながらストンウェルは、ダイスにはソーダ水の缶を投げた。そして自分のためには「エンタ」ローカルらしいアイボリーの「イーグル」を手にしていた。
「俺にはこれですかあ?」
「子供にはそれでいいの」
「子供子供って」
「十八、九、なんて子供だよ。だいたい帝都のやんごとない方々なんて、何百歳って噂じゃないの」
「それと比べてどうするんですか」
しかし実際、三十代間近なストンウェルと、それより少し上のマーティから見れば、確かに子供であることには間違いない。彼は黙ってソーダ水のフタを開けた。
「で、だ。お前の言ったのは、表向きの正解」
「表、ですか」
表があれば、裏があるということで。ビールを呑みながら、マーティは髪をかきあげる。
「そ、表向き。ま、それはどんな『連盟』にしても同じだがなー…… 文学や音楽や美術にしたってな」
「ただスポーツは勝ち負けがあるから、そのあたりが顕著なのよ」
ストンウェルもぷし、と缶のフタを開けた。
「勝ち負け」
それがどうしたと言うのだ、とダイスは思う。勝ち負けは当然あるだろう。特に球技の場合はそうだ。
あまりにもダイスが判らなさそうな顔をしていたのだろうか、マーティは缶を持った手の指を一本立てた。
「なあダイちゃん。例えば、お前がここの選手じゃないとする。レーゲンボーゲンの、ただの学生だか会社員だかとする」
はい、と彼は首を傾げつつも答える。
「俺達が星系外に試合に行くとする。で、試合に勝つ。するとレーゲンボーゲンのローカルのニュースが、速報で俺達の勝利を伝えてくるとする。さて、どう思う?」
「……それは、嬉しいですが」
「何でだ?」
何で。いきなりな問いに、彼はは目を瞬かせた。
「俺、……野球好きだし」
「野球が好きでなかったとしたら?」
「それでも、嬉しいですが」
「どうして?」
またもどうして、だ。彼は首を傾け、その理由を自分の中から探す。
「やっぱり、地元チームが勝つのは嬉しいし」
「だろ?」
マーティは大きくうなづいた。
「つまり、それなんだわ」
壁にもたれて、ビールを口にしながら、ストンウェルも言った。
「お前はテロ活動がある時代は知ってるけど、内乱があった時代は知らないし、それ以上に、戦争があった時代なんてまるで知らないだろ?」
「当たり前でしょ。俺子供なんだし」
「怒るなよ。ところが、だ。それが当たり前でない時代だってあったんだよ。お前歴史の授業、ちゃんと聞いてた?」
にやり、とストンウェルは笑う。う、とダイスは詰まった。つまり、はミュリエルのような教師が困ったあたりだが……
「俺の行ってた実業の様なとこじゃ、歴史はあまり詳しくやらなかったんですよ」
「それでも、戦争があった昔のことくらいは聞くだろ。それとも単に、お前が聞いてなかった?」
またもダイスは詰まる。
「ま、いいさ。ともかく、長い長い戦争が終わった後は、同じことが起こっても、『内乱』って名に置き換えられただけだけどな。その内乱防止のために、あの連盟は作られた、って言われてるんだよ」
「内乱防止?」
ダイスは思いきり、眉を寄せた。
「ほらお前、さっき自分で言ったろ。地元チームが勝つと嬉しいって」
「はあ」
「だから、そういうこと」
まだよく判らない、と彼は首を傾げた。マーティはそれを見て、補足する。
「そういうとこで、闘争本能を散らしちまうんだよ。本当の武器持った争いの代わりに」
「……」
どう答えていいのか、ダイスには判らなかった。
すると、今真剣な目で話していたはずのマーティの視線が緩んだ。
「と言っても、俺達のように、他星系の出身も居る訳だし、今ではもう、発足当時のその意味もねずいぶんと薄らいではいるけどな」
「そりゃあまあ、統一から三百年近く経ってるしなあ。連盟成立はいつだっけ、マーティ」
「割とその近くじゃなかったかな。ともかく二百年は越えてるはずたぜ」
はあ、とダイスはうなづく。そんなに歴史があったのか、と彼はただ驚くばかりだった。
「ただだから、現在はともかく、作った側に結構な思惑があるかもしれない、という組織ではあることは、間違い無い訳だ。んでもって、伝統的に、裏があってもおかしくない組織でもある訳よ」
はあ、とダイスはやはり力無く答えるしかなかった。
そしてふと思いつく。
「それじゃ、危機状況に対してテストするってのは」
「だから、そういう意味があるんだよなあ。もともとはだから、場所によっては、対戦チームに結構な危害を加える客も居たらしいぜ。乱闘も今に比べて多かったらしいし」
「そうそう。何か昔の客は、あんまりにもひどい試合だと、フェンス乗り越えて来たって言うし」
「あんな高いのに、ですか?」
「や、だから高くなったんだよ、フェンスの規格は」
ああ、とダイスはうなづいた。自分の上った高さを思い出し、少しばかりうんざりする。
「で、まあ、そういう時の対処ができて無い奴はプロじゃねえ、と言うのが向こうの主張らしいけど」
「じゃ、今回のは……」
「さてそこだ」
マーティは缶をサイドテーブルに置く。
「何か、どっちとも言い難いから、非常に困るんだよ」
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