第13話 スポーツは代理戦争。

『特にマーティ』

「は、はい」


 それまでの真面目な表情が、いきなり崩れる。


『昨日のようなコントロールミスでサヨナラ、が続いたら……』

「わ、わかりましたっ!」


 びし、とマーティはほとんど敬礼の形を取る。なるほど、とダイスは納得する。それなら昨日のマーティの落胆振りも判るというものだった。


「だいじょーぶ。今日は俺ですもん」

『そうよね。ぜひ完封勝利してね』


 う、と今度はストンウェルが胸を押さえた。


『今日中に、近い支社の社員をそっちに回すわ。結構機動力ある子だから、しばらくその子をいつもの要員に使ってちょうだい』


 そう言ってオーナーからの通信は切れた。皆一斉に、ふう、とそれまで肩に入れていた力を抜いたのは言うまでもない。



 その日の試合は、見事にストンウェルの完封勝利となり、ドームは一日、閉められたままとなった。



 その夜。

 消灯時間も迫った頃、ダイスはマーティとストンウェルの部屋を訪問していた。


「全星系統合スポーツ連盟が、どういう組織かって?」


 ダイスは黙ってうなづいた。

 問われた二人は、顔を見合わせた。


「そんなに、説明が難しい組織なんですか?」

「や…… お前はどのくらい、知ってる?」

「俺ですか?」


 いきなり自分に振られ、ダイスはとりあえず自分の知っていることを口にする。


「えーと、本部が帝都本星にあって、全星域のスポーツの、プロ集団の管理とかしている組織、じゃないですか? スポーツの公式ルールもそこが管理していて」

「まあ正解。基本的には、それでOK」


 ストンウェルは立ち上がると、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けた。


「ほいマーティ、『チェアーズ』」

「お、サンキュ」


 軽く言いながら、マーティは投げられた緑のビール缶を受け止めた。


「お前には、これね」


 そう言いながらストンウェルは、ダイスにはソーダ水の缶を投げた。そして自分のためには「エンタ」ローカルらしいアイボリーの「イーグル」を手にしていた。


「俺にはこれですかあ?」

「子供にはそれでいいの」

「子供子供って」

「十八、九、なんて子供だよ。だいたい帝都のやんごとない方々なんて、何百歳って噂じゃないの」

「それと比べてどうするんですか」


 しかし実際、三十代間近なストンウェルと、それより少し上のマーティから見れば、確かに子供であることには間違いない。彼は黙ってソーダ水のフタを開けた。


「で、だ。お前の言ったのは、表向きの正解」

「表、ですか」


 表があれば、裏があるということで。ビールを呑みながら、マーティは髪をかきあげる。


「そ、表向き。ま、それはどんな『連盟』にしても同じだがなー…… 文学や音楽や美術にしたってな」

「ただスポーツは勝ち負けがあるから、そのあたりが顕著なのよ」


 ストンウェルもぷし、と缶のフタを開けた。


「勝ち負け」


 それがどうしたと言うのだ、とダイスは思う。勝ち負けは当然あるだろう。特に球技の場合はそうだ。

 あまりにもダイスが判らなさそうな顔をしていたのだろうか、マーティは缶を持った手の指を一本立てた。


「なあダイちゃん。例えば、お前がここの選手じゃないとする。レーゲンボーゲンの、ただの学生だか会社員だかとする」


 はい、と彼は首を傾げつつも答える。


「俺達が星系外に試合に行くとする。で、試合に勝つ。するとレーゲンボーゲンのローカルのニュースが、速報で俺達の勝利を伝えてくるとする。さて、どう思う?」

「……それは、嬉しいですが」

「何でだ?」


 何で。いきなりな問いに、彼はは目を瞬かせた。


「俺、……野球好きだし」

「野球が好きでなかったとしたら?」

「それでも、嬉しいですが」

「どうして?」


 またもどうして、だ。彼は首を傾け、その理由を自分の中から探す。


「やっぱり、地元チームが勝つのは嬉しいし」

「だろ?」


 マーティは大きくうなづいた。


「つまり、それなんだわ」


 壁にもたれて、ビールを口にしながら、ストンウェルも言った。


「お前はテロ活動がある時代は知ってるけど、内乱があった時代は知らないし、それ以上に、戦争があった時代なんてまるで知らないだろ?」

「当たり前でしょ。俺子供なんだし」

「怒るなよ。ところが、だ。それが当たり前でない時代だってあったんだよ。お前歴史の授業、ちゃんと聞いてた?」


 にやり、とストンウェルは笑う。う、とダイスは詰まった。つまり、はミュリエルのような教師が困ったあたりだが……


「俺の行ってた実業の様なとこじゃ、歴史はあまり詳しくやらなかったんですよ」

「それでも、戦争があった昔のことくらいは聞くだろ。それとも単に、お前が聞いてなかった?」


 またもダイスは詰まる。


「ま、いいさ。ともかく、長い長い戦争が終わった後は、同じことが起こっても、『内乱』って名に置き換えられただけだけどな。その内乱防止のために、あの連盟は作られた、って言われてるんだよ」

「内乱防止?」


 ダイスは思いきり、眉を寄せた。


「ほらお前、さっき自分で言ったろ。地元チームが勝つと嬉しいって」

「はあ」

「だから、そういうこと」


 まだよく判らない、と彼は首を傾げた。マーティはそれを見て、補足する。


「そういうとこで、闘争本能を散らしちまうんだよ。本当の武器持った争いの代わりに」

「……」


 どう答えていいのか、ダイスには判らなかった。

 すると、今真剣な目で話していたはずのマーティの視線が緩んだ。


「と言っても、俺達のように、他星系の出身も居る訳だし、今ではもう、発足当時のその意味もねずいぶんと薄らいではいるけどな」

「そりゃあまあ、統一から三百年近く経ってるしなあ。連盟成立はいつだっけ、マーティ」

「割とその近くじゃなかったかな。ともかく二百年は越えてるはずたぜ」


 はあ、とダイスはうなづく。そんなに歴史があったのか、と彼はただ驚くばかりだった。


「ただだから、現在はともかく、作った側に結構な思惑があるかもしれない、という組織ではあることは、間違い無い訳だ。んでもって、伝統的に、裏があってもおかしくない組織でもある訳よ」


 はあ、とダイスはやはり力無く答えるしかなかった。

 そしてふと思いつく。


「それじゃ、危機状況に対してテストするってのは」

「だから、そういう意味があるんだよなあ。もともとはだから、場所によっては、対戦チームに結構な危害を加える客も居たらしいぜ。乱闘も今に比べて多かったらしいし」

「そうそう。何か昔の客は、あんまりにもひどい試合だと、フェンス乗り越えて来たって言うし」

「あんな高いのに、ですか?」

「や、だから高くなったんだよ、フェンスの規格は」


 ああ、とダイスはうなづいた。自分の上った高さを思い出し、少しばかりうんざりする。


「で、まあ、そういう時の対処ができて無い奴はプロじゃねえ、と言うのが向こうの主張らしいけど」

「じゃ、今回のは……」

「さてそこだ」


 マーティは缶をサイドテーブルに置く。


「何か、どっちとも言い難いから、非常に困るんだよ」

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