第9話 鳥かご球場と勢い余る先輩

 皆はああ、とうなづく。


「どういう意味ですか?」

「お前寝てるから気付かなかったんだよ。あの天井、良く見てなかったろ」


 へへへ、と笑いながら言うストンウェルに、ダイスは恐縮する。

 幾ら時差ボケで寝こけていたとはいえ、敬愛なる中継ぎエースの登板も自分は見損ねているのだ。


「……すみません」

「まあいいさ。つまりな、ダイちゃん、まずこーやって缶詰があるだろ」


 マーティはベッドの上に、缶詰ならぬ、背の低いカップを下向きに置いた。


「その上にこう、すーっと下からドームが出てくるんだけど、その時ど、んな形をしていると思う?」

「形?」


 言われている意味が、良く判らなかった。


「球形のものが、そのまませり上がってくるってのは、難しいだろ?」


 ああそうか、とダイスははうなづいた。

 彼はビーチボールや、工作のパーツとして売られている地球儀の形を思い出そうとした。

 あんな尖った辺が組み合わさると、球形になってしまうのが不思議なんだな、と子供の頃、思ったものである。


「で、全体を36のパーツに分けてあるんだ。だから、一辺が10度ってとこだろうな」

「10度?」

「角度ですよ」


 ミュリエルが補足する。


「で、そのパーツが、細い骨組みに沿ってせり上がってくる。……まあ、中で蛇腹のようになっているんだろうな」


 こうやって、とマーティはカップの上で手を使って、その様子を真似する。


「で、ぴたっ、と一番上で合う訳だ」


 はあ、とダイスはうなづいた。


「つまりね、ダイス」


 ホイが口をはさむ。


「君は夜になって目を覚ましたから、気付かなかったかもしれないけれど、まだ僕等が球場から出た頃は、夕暮れでも空は明るかったから、その枠が、空に浮かび上がって見えたんだよ」

「あ、それが鳥かご、ということですか」


 ダイスはやっと納得した。


「まあ半球のボウルを両側からこう、うぃーんと」


 マーティはまた手で、その真似をする。


「……出す方法もあるのかもしれないけれど、その場合、もしそのドームが壊れた時の修繕が、厄介だろう?」


 厄介なの? と皆顔を見合わせる。厄介なんだよ、とストンウェルが一喝する。確かにそうですね、とミュリエルもうなづく。


「この惑星も、まあ確かに平和で安定しているけれど、そんなに滅茶苦茶裕福なとこ、って訳じゃないからさ。帝都本星付近のような大都会ならともかく、……ローコスト・ローリスクで行きたいんだろうな」

「まあ確かにね。で、それはまた、何処かに居るあんたの相棒のご意見?」


 ストンウェルは薄い笑いを浮かべながら、煙草を灰皿に押しつぶした。


「や、情報は相棒だけど、見解は、俺」


 そうですね、とミュリエルは人差し指を立てた。


「マーティの言うことは正しいと思いますね。私もコストはともかく、リスクを考えると、パーツはばらした方が、いいと思う」

「でもその中で、『取り付けるのが厄介な場所』って、結局どこなんでしょうね」


 ホイは改めて見取り図をのぞき込む。


「ま、何せ俺達は、アルクのチームだからなー。危険なことは、最大限予想してしまうクセがあるからなー」


 出身なのは、自分だけじゃないのか、とふとダイスは突っ込みたくなったが……やめた。

 何はともあれ、皆アルクに集結して、そこに馴染もうとしていることは、彼も良く知っていたのだ。


「と言う訳で、最悪の事態を想定しようか」


 マーティの提案に、皆、おし、とうなづく。


「客席」


 まずそうテディベァルが言った。


「あ、それは駄目ですよ」

「何で」

「客席に仕掛けたら、向こうにその気が無くても、パニックで人々が最悪、そうなるかもしれないし。そうすると、下手すると、そのパニック自体で被害者が出る」


 うーん、と「先生」の指摘にテディベァルはうなる。

 要するに、「最低能力で最大効果」という言葉に皆引っ掛かっているのだ。

 何に対しての「効果」なのかがはっきりしない。それが結局、その「もの」と「場所」を彼等に特定させるのを困難にしていたのである。


「バックスクリーンに仕掛けて、壊す」

「却下」


 マーティが手を挙げる。


「理由が無い」

「バックスクリーンに広告出してる企業が憎い、とかは?」

「……回りくどくねえか? それ」


 幾つかの意見が、飛び交った。

 ダイスはつい聞く側に回ってしまう自分に気付いていたのだが、よくまあ皆、可能性と予測がこれだけ口に出せるものだ、と感心してしまっていた、というのが本心である。


「なー、話し合ってるより、とりあえずてっとり早く、一回りしてみた方がいいんじゃねーのー?」


 テディベァルはそう言って、よいしょ、とベッドから飛び降りた。その途端、勢いが余って、彼はまた天井に頭をぶつけた。


「……テディよ、重力制御の目盛り、お前ちゃんと合わせたのか?」

「……そういうことは、つける前にちゃんと言ってくれ~」


 床にへたりながら、テディベァルはうめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る