第6話 「取り付けにくいけど、効果は抜群」

「ん? これは」


 びら、と彼はベッドの上に、一枚の紙を広げた。

 そう言えばさっき、何か端末にアクセスしていたな、とダイスも顔を突っ込んで、のぞきこむ。


「ラビイさん、これって」


 一番早く気付いたのは、ホイの様だった。


「そ、あそこのスタジアムの、見取り図」


 皆の眉間にシワが刻まれる。


「何でまた……」


 トマソンが至極真っ当な問いを発する。


「ふむ、確かに私もそれは問いたい」


 するといきなり、ダイスは後頭部を強く掴まれた。


「痛え!!」


 プリンス・チャーミングの匂いがふわりと漂った。


「それはだねえ、皆の衆、このガキが説明してくれるよ」


 そこで俺に振るんですかい、ストンウェルさん。


 ダイスは内心つぶやく。きっと先輩投手顔は、いつも通り、にやにやと笑っているはずだった。


「言います言いますって。だから離して下さいよ~」

「はい」


 ぱっ、と離されてダイスはベッドに突っ伏せた。


「……えーと」


 彼はまず、何処から話したものか、と迷う。


「えーと…… 俺、寝てて、鍵、掛けられちゃったんですよね」

「そりゃーそうだ。時間がくれば鍵は掛けられる」


 トマソンはうんうん、と座った椅子の上で胡座をかいてうなづく。


「……で、仕方ないから、フェンスを乗り越えて行こうか、と思った時に」

「あー、お前ならできるできる」

「テディさん茶化さないで下さいよ~だけど、その時に、何か、客席に人が居たんですよ」

「そんな時間に?」


 「先生」は真っ当な反応を返す。


「ええ、そんな時間に。だから俺、そのひと達に、中から通路の扉、開けてもらおうとして、近づいたんですが」


 うん、と彼等はダイスの方へ身を乗り出して来た。興味津々、という表情がありありと出ていた。


「えーと、何か中年かそれ以上の男と、若い女性の声で」

「美人だったか?」

「……見えないんだから知りませんよ、テディさん…… でも、綺麗な声でした。うん」

「良く聞いてるじゃねえか」


 にやり、とストンウェルは笑った。


「……ところが、その人たちが、爆弾を」

「ば」


 そこで彼等の口は止まった。



「……って少なくとも、俺の耳には聞こえたんですが」

「……ううむ…… ダイスのこのでかい耳なら、確かでしょうが……」


 ミュリエルは誉めているのかけなしているのか判らないことを真面目な口調で言う。


「何の爆弾ですか?」

「や、それは…… 判らないんですよ」


 テディベァルはなあんだ、という顔をする。


「で、それならあの場所が、とか言うふうに、女のひとの方が、ごちゃごちゃ言っていて。取り付けにくいけど、効果は抜群、とか言ってたんですよ」

「取り付けにくいけど、効果は抜群」


 ふむ、とミュリエルは顎に指をかける。


「まあああいうものは、効果の方を優先するしなあ」


 マーティはさらり、と言った。そのあまりのあっさりさに、ダイスは顔を上げた。


「他には? スロウプ」


 トマソンはごくごく簡単な問いかけをする。


「えーと、今回のものは、威力は大きくない、とか……」

「何だよ、危険度については何も言ってなかったのかよ」

「殺傷能力は無い、とか……」


 ほっ、と皆露骨に胸を撫で下ろす。


「えーと、最低能力で最大効果とかも言ってました。あと、女の人の方が、上の方ではどうのこうのって……」

「どうのこうの、じゃ判らないでしょ、ダイちゃん」


 マーティは苦笑する。


「ま、そんな訳よ、皆。それでこいつ、出るに出られなくて、遅くなって、テディにメシ食われそうになっちまった、って訳」


 ううむ、とダイスとマーティ以外の五人がうめいた。


「何だか、訳判らないよなあ……」


 乾きかけた淡い色の髪をひっかき回して、トマソンは至極真っ当な感想を口にする。


「……しかし困りましたねえ……」

「先生、何か思い当たることあんの?」

「いや、この『エンタ』って言うのは、時々方言に特殊なものがありまして」


 方言? と皆口を揃える。


「だけどちゃんと、今日こっちで買ったニュースペイパー、読めましたよ」

「そうだぜ、一応星間共通語じゃねえか。ノーヴィエ・ミェスタとかあっちの辺境のような、コトバそのものが違う訳じゃあねえしよ」

「俺んとこだって、なまりはあるって言われるけどよー」

「テディは多少ありますね」

「それじゃーホイ、お前無いって言うのかよぉ」

「いやそれはそれとして」


 ちょっと待て皆、とマーティは審判の「セーフ」の形に手を広げた。


「ここでは、皆の地方の方言の話じゃあない。……先生、続き言ってくれ」

「あ、はいはい」


と言いながらミュリエルは眼鏡の位置を直した。


「え~、言葉そのものはいいんです。ただ時々単語の意味がまるで違うんです」

「単語の意味?」


 またもや、声が揃った。


「余計、訳わかんねーよー」

「どういう意味ですか? ミュリエルさん」


 さすがにダイスも訳が判らなくなって、話に加わった。そもそも自分が発端のはずなのに、どんどん皆で話を広げている様な気がしていた。

 そもそも、この面子というのは、仲がいい。

 マーティとストンウェルだけでなく、通常の一軍ベンチ入りしているこの六人は、何かと言えば、結束している。

 家族持ちのヒュ・ホイを除いては、皆宿舎住まい、ということも理由かもしれない。この六人は基本的に、アルクの出身ではないのだ。

 一昨年、招待試合のような形で、テスト試合が当時の「サンライズ」の本拠地で行われた。

 ダイスはたまたまその時には試験期間だったので行けなかったのだが、後でその内容をTVやニュースペイパーで知った時には、彼は悔しくて大泣きした、という記憶がある。

 さすがにそれは恥ずかしくて言えないのだが、そのくらい、その時の「テスト試合」はわくわくする内容だったのだ、と彼はメディアから感じとったのだ。

 そしてその時に、当時の正式メンバーと戦って、入団権を勝ち取ったのが、彼等なのだ。

 他にも控え捕手のエンドローズなどが居ることは居るのだが、彼はアルクの、本拠地に近い所に実家があるので、彼等ほどに親密とは言い切れない。

 出身地等は、皆格別に明らかにされてはいなかった。

 ストンウェルがかつて「コモドドラゴンズ」で投げていたことで、当時のスポーツ系雑誌を見れば、自分でも忘れていたようなデータが載っている、ということもあるし、テディベァルが高重力星のマルミュット星域の出身だ、ということはまあ付き合っているうちに判るし、彼等も隠しはしない。

 そう、隠しはしていないのだ。ただし、積極的に言いもしない。

 その筆頭が、マーティ・ラビイだった。

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