第4話 なかなか食事が喉を通らない!

 思わず思い出に浸りそうになったダイスを、現実の声が引き戻す。


「結構、時間掛かったんじゃねえ?」


 ようやくやってきた紅茶に口をつけながら、ストンウェルはにやにやと笑いを浮かべ、問いかける。


「ああ~仕方ないから、フェンス乗り越えてきましたよー」


 思い出すだけで、彼はげんなりする。


「でも、結構高いじゃないか? テディじゃあるまいし、お前、ジャンプ力、そんなにある訳じゃないし」


 マーティは不思議そうに問いかける。彼の前にはコーヒーが置かれているのだが、どうも普通のカップなのに、ダイスの目にはエスプレッソの様に見えて仕方ない。


「高いことは高いですよ。でもまあ、別に俺、高所恐怖症じゃないし、乗り越えるのはそう難しくはなかったんですけど……」

「そりゃあサルは、木登り上手いしなあ」


 ずずず、とアールグレイの香りにはまるで似合っていない擬音を立てながら、ストンウェルは言った。

 ちょいちょい、と身体のあちらこちらに触れながら、マーティはケガは無かったか、と問いかける。


「大丈夫です。俺、そういうの慣れてるし。ガキん時は、結構山で遊んだりしたし」

「へえ…… アルクにもまだ、そんな野生の森があったんだ」


 おや、とストンウェルの発言にダイスは思う。そう言えば、このひとはアルクの出身ではなかったんだよなあ。


「ありますよー。俺のとこは結構な田舎だったし。だから時には、新鮮な獣の肉もこう」


 ぶす、とダイスはフォークをロースト肉に突き立てる。それを見てマーティは肩をすくめた。


「そう言えば、俺の友人にも、辺境の方で農場をやってる奴が居るけどな。うん、やっぱりあの惑星一つ取っても、広いと言えば広いんだろうな」


 懐かしそうな目をして、マーティはうなづいた。


「……ラビイさんは、アルクの出じゃないんですか?」

「まあな」


 そう言って彼はにっこりと笑う。答えになっていない。この笑いは結構くせ者だ、と彼は思いながら肉をごくん、と飲み込んだ。


「それより、ずいぶん遅かったけどな、お前一体いつまで寝てたの?」


 そう来たか、と思いつつ、それでもダイスは肉を詰まらせそうになる。思わず胸をどんどんと叩く。


「……や、起きたのは、地方時間で七時ってとこでしたよ。俺の時計、まだ合わせたばかりだから正確ですし」

「だってお前、もう八時半だぜ?」


 信じられねえ、と言いたげにストンウェルは両手を広げた。う~、とダイスはうなる。

 確かに七時くらいに目を覚まして…… それは正しい。そして宿舎と球場は歩いて行ける距離である。全くもって、遠くない。

 だからこそ、彼等もダイスを残して帰ってしまったのだろう。歩いても十分かそこらだ。送迎の車など、逆に邪魔なくらいだ。


「……何でもないですよ。もしかしたら時計、俺、見間違えてたのかもしれないし」

「ふーん?」


 マーティは太い眉の下の大きな目を半開きにして、ダイスを横からのぞき込む。

 そして黙り込む。

 どうしてそこで黙るんだ、とダイスは相手に面した方の腕がむずむずしてくるのを感じる。

 何にも言わず、じーっと彼の食事してる様子を見ているだけである。


 こういうのは、すごく困るんだよっ!


 ダイスは内心叫んだ。そして水の入ったコップに手を伸ばす。するとその手を、マーティはぐい、と掴んだ。


「ふふふ。おにーさん達を煙に巻こうなんて、二十年早いんだよなー」

「そうそう。おお、指先までこんなにびっしょりじゃねえかっ。」


 マーティが取った手のひらを、ストンウェルはくすぐった。緊張しているせいか、汗でびしょ濡れになっているのが露骨に判る。


「や、やめて下さいよ~ お二人とも~」

「ふっふっふ。正直に言ったら、このおじさんを止めてあげよう」

「お前、誰がおじさんだ」

「俺より三つも四つも上ならこいつにはおじさんでしょ」


 文句ある? とストンウェルはぐい、と胸を張る。確かにその歳なら、ダイスの倍近いと言っても確かなのだが。

 しかし言われた側は、にやにやと笑うストンウェルに歯をむく。それはそうだろう、とダイスも思う。しかしそれでも二人とも、手は止めない。

 せめてこれが、つねられているとかだったらともかく。 

 うずうずうずうず、と手のひらがどんどん気持ち悪くなってくる。


「わわわわわかりましたよ。……ちょっと、出るに出られない事情がありまして……」


 ダイスは降参した。


「出るに出られない事情?」


 マーティはようやく、手を離してやった。ふう、とダイスは慌ててその手を引っ込める。


「何だよ、お前に一目惚れしたとかいう女の子が待ち伏せしてたとかじゃないよなあ」


 ストンウェルは全くそんなこと思ってもいない様な口調で言う。


「……それだったらわざわざ逃げませんよ」

「ふうん? じゃあ、逃げたくなるようなものだったんだ」


 ほうほう、と二人は顔を見合わせる。そして揃って、にやりと笑う。


「ほらほら、ダイちゃん、言ってごらんなさい」

「そうそう、先輩はこういう時に使うものよ」


 どうしてそこでオネエ言葉になるんだ、とダイスは呆れる。

 だがしかし、ふざけた口調ではあるが、二人して絶対に逃がさないぞ、という空気がありありと見える。そしてこの二人に真面目に捕まったら、絶対に逃げられないのは、……過去の経験から、良く彼は知っていた。


 ダイスは仕方なく口を開く。


「……あのですねえ、あのドームに『爆弾』を仕掛けるとしたら、何処がいいと思います?」

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