カモンレッツゴーベースボール~よせ集め新チーム、他星へ遠征す。

江戸川ばた散歩

第1話 起きたら夜でした。

 ……悪い夢なんだきっと。

 悪いに決まってる。

 だってそうだ。目の前には、彼女が居る。泣きそうな顔をして彼女が立っている。でも口元が笑っている。笑おうとしている。

 気がつけば、いつもこんな顔をしていた。なのに俺は気付かなくて。

 どうして気付かなかったのか、その理由があまりにも判り易すぎて。

 彼女の目はいつも訴えてたじゃないか。

 俺にたった一つの問いを。

 悪い夢だ。悪い夢に決まってる。

 ……悪い…… 夢?


「へっくしょーい!」


 自分の声に、彼は驚いて目を開いた。思わず両腕を抱え込む。

 明け方だったら、こんな風にして、また眠りにつくこともできるのだけど。毛布で身体をぐるぐる巻きにして、のんびりとした暖かさの中で。


「……くしゅん!」


 二度目のくしゃみ。ちょっと待て。寒い?

 はっ、とダイスは身体を起こした。

 目を開けても暗い。細いだの小さいだの言われる目をそれでも思いっ切り開けて、辺りを見渡してみる。


 ……真っ暗だ。


 足元の非常用の青い光以外、何の灯りも無い。げげげ、と彼はうめく。


「……しまった」


 思わず彼はつぶやく。


 何かもう、眠い眠いと思ってたら、……俺、本当に眠っちまってたんだ……


 だんだん目が慣れてきたので、ここが何処だったか、ようやく彼は思い出す。見慣れた目線よりやや上にある芝生。月明かりに浮かび上がるバックスクリーン。

 ベースボール・スタジアムだ。


 俺は昼間、ここに選手として、やって来ていたんだ。


 ようやく、思い出す。もっとも彼は今日の試合に出た訳じゃあない。彼はまだ、今期始めに入団したばかりの新人である。ポジションは投手。

 投手はチームの中で一番たくさんの人材を必要とするところであり、様々な使われ方をするポジションでもある。

 最初から投げ、時には完投することもある「先発」。途中でここ一番、というところで投げる「中継ぎ」、そしてゲームを締めくくる「押さえ」。

 それは選手の個性や能力によって分けられる。

 ダイス・スロウプは、中等学校/実業学校リーグの時に、球の速さを注目され、スカウトされた選手だった。球速と体力、若さが取り柄の先発投手の部類に入れられている。

 しかし今のところ、彼はまだ、先発のマウンドを踏んだことはない。まあそれは当然だとも言える。何せこの日の試合は、今期初の遠征地の初戦だったのだから。

 ここは惑星「エンタ」だった。

 彼等はその地のチーム、「エンタ・ジャガーズ」と対戦するためにやってきたのだ。

 そして彼等のチームは「アルク・サンライズ」という。


 彼等のホームグラウンドがある「アルク」は、この「エンタ」がある星系からはそう遠くないが、帝都政府本星を中心とした距離感覚から言えば、「辺境」に入る、レーゲンボーゲン星系にある。

 数年前までは星域内の政治的事情によって、全星域統合スポーツ連盟に加盟が許されていなかったチームである。

 ようやく正式に加入が決定したのは一昨年である。そして昨年には、その実力から判定され、加入したナンバー3リーグで何と優勝してしまったチームである。


 ダイスはまだ半分眠っている様な頭を無理矢理叩き起こす。どうやら自分は、その「エンタ・ジャガーズ」との対戦結果を見ずして眠ってしまっていたらしい。

 そう言えば、うとうとしている中で、時差ボケなんだよこいつ、と言いながら同じポジションの先輩選手が頭をこづいていたような気もする。それでも目を覚まさなかったというのだから、置いていかれたとしても、仕方ないだろう。

 慌てて彼は、隣に置かれていたバッグを探る。

 さすがにゲーム中は付けていられない、大きな腕時計を取り出す。それは故郷を出る時に、彼の父親が贈ってくれたものだった。標準時と地方時の両方が見られるようになっている性能の良いものだった。自分にはこの先必要だろう、と贈ってくれたものである。

 なのに、だ。ダイスははあ、とため息をつく。初の遠征地で、この使い方かい。横のスイッチを押すと、文字盤が蛍光緑に明るく光る。


 ああ全く。


 がっくりとダイスは肩を落とす。この惑星にやってきた時に、言われて合わせた時計は、どう見ても夜の時間を示していた。


 きっともうみんな、宿舎では夕食の時間だろうな。


 仕方がない、とバッグを持って立ち上がる。グラウンドの方に視線を移すと、月の光に芝生がつやつやと光っていた。


 あ、月が出ている。


 彼はふと思う。


 月が出ている、ということは。


 このドームでの試合の「法則」を彼は思い出す。

 確か、ジャガーズが勝つと、閉じていたドームが開く、と聞いていた。

 月が見えるということは、ドームが開いている、ということで。


 ということは。ビジターの自分達が、負けたのか。


 ダイスは再びがっくりと肩を落とした。

 広い広い球場に、ひゅう、と風が吹く。

 ナイトゲームの照明がついていれば華々しい場所なのだが、この日はあいにくデイゲームだった。昼過ぎに始まったはずだから、延長数回したとしても、日没までには終わっているはずだった。


「……帰ろう」


 独り言を口にしてしまう自分が、何となく悲しかった。彼は立ち上がり、背後の扉に手を掛けた。

 すると。


 う?


 がち、という金属の手応えがそこにはあった。


 くそ、鍵が掛かってるじゃないか。


 彼はその瞬間、脱力する。

 ……確かに防犯とか色々あるのは判るよ。判るんだけど……

 がっくり、と首を垂らす。


 せめて一応、誰かが残ってるかどうかくらい、確かめてくれてもいいじゃないかぁぁぁぁ!


 彼は内心叫ぶ。そしてそのまま、思考が回り出す。


 も、もしかして、うちの先輩達、もしかして俺が残ってるの判ってて、警備の人に……


 思わず彼は、頭を強く振った。いかんいかんいかん。

 マイナス思考になるんじゃねえ、と彼は自分を叱咤する。


 そうそうきっと、気付かなかっただけなんだよ。そうに決まってる!


 とりあえず彼はそれで、自分自身を納得させる。

 本当にしたかどうか、なんて今現在は判りはしないのだ。だからとりあえずの前向きな思いこみは大切なのだ、と彼は常々思っている。強気強気、と自分に言い聞かせる。

 しかし彼のそんな前向きの気持ちはともかく、この場所からどうやってここから出るか、は問題だった。

 悩める青少年の眉が、思わずハの字に、唇はタコになる。

 そして彼の頭は、一つの結論を出す。


 ……まあ、一番簡単で安全と言えば、柵を乗り越えることだろうな……


 この球場は「セルリアン・ドーム」と言う。

 元は屋外のスタジアムだったという。それを、地下工事で作ったせり上がりのドームで包んでいるだけらしい。

 彼は遠征用の船の中で、そうレクチュアされていた。

 試合は全て、屋内で。

 全星域統合スポーツ連盟にはそんな協約がある。

 「エンタ」が連盟に加入した時、当時は改めて新しい屋内型球場を作る場所も予算も時間も無かったという。仕方なく、それまでに使っていた球場に手を加えたのだ、と。

 だが協約は協約だが、この地の人々は、青天井や星空の下で行うベースボール・ゲームが元々好きだったらしく、練習試合とか、惑星内のリーグなどは、相変わらず屋外でやっているらしい。

 そこで、このスタジアムは、そんな星域民性を反映してか、「屋外が好きな」自軍が勝つと、その祝いとしてドームを開けるのだ、という。

 負けると、次のビジターが来るまでドームを開けられないのだから、さすがに皆、必死らしい。

 ……と、講義されても、その感情はいまいちこのルーキーにはよく判らなかったのだが。

 そんなこのドームが、現在は開いていた。

 開いてしまっているということは、ただの屋外スタジアムと同じだろう。

 彼はぐるり、と周囲を見渡す。


 やっぱりあれしかないだろうなあ。


 グラウンドに出ると、壁に沿って歩き、一番昇りやすそうな場所を探す。


 やっぱりあそこだろうな。


 ダイスは外野席に向かって歩き出した。何となく、整備した後のグラウンドに足跡をつけるのは忍びない。

 と。

 右手に三塁ベースが見えた頃だった。


「……」


 人の声が聞こえた。


 何だ、まだ人が残ってるじゃないか。


 彼は思わず手を叩きたくなるような心境だった。

 フェンスの向こう側だ。だったら最寄りの扉を開けてもらえばいい。うんそれがいい。

 納得すると、彼は声のする方向へと進んだ。客席の、割合フェンスの近くで話しているらしい。


 ……けどこっちから声を掛けたところで、届くだろうか?


 思い付いてから、やや不安になる。


 ……だったらいっそフェンスを叩いて……


 そう思った時だった。


「……の爆弾を」


 は?


 ダイスは思わず、振り上げた手を止めた。


 おや、何やら懐かしい単語が。


 爆弾。

 故郷でも、彼がまだ実業学校の生徒だった頃には、学校でもニュースでも度々耳にした単語だった。

 無論、彼が扱ってた訳じゃない。

 ただ、彼が実業学校の生徒だった頃は、彼等の地元はまだまだ物騒だったのだ。爆弾やテロ関係の単語が、ご近所の日常茶飯事だったのだ。

 だからつい。


 爆弾だと?


 ついつい、そんな単語に敏感になるのは当然と言えば当然であって。

 壁に耳あり。彼はそっと、耳を寄せてみる。


「……ああそうですねえ…… としたら、やはり一番効果的なのは、あそこですわ」


 若い、女の声が耳に飛び込んできた。

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