3-4
「今日はプラネタリウムに行って調べてきたよ」
夜、早速俺は自室で愛花に報告する。
「おぉ、行動が早いね」
「飯田さん、って言ってもわかんないかな。委員長が連れて行ってくれたんだよ。小学校の遠足で行ったことあるんだって」
「へぇ、そうなんだ。良かったね、ゲンちゃん」
「ああ、最近は特になにからなにまで世話になりっぱなしだったよ」
五十分ほどの上映が終わったあとも、展示を見て回るときには大いに助けてもらった。
一応お礼として物販コーナーでお土産を渡しておいたが、それだけではまかないきれないだろう。
「あ、そうだ。ちゃんとメモを取ってきたからぜひ見てくれ」
左目の視界を通して、星にまつわる資料を愛花に伝えようとする。
「まず銀河系っていうのがあって――」
「やっぱり難しいかなぁ」
俺の報告を遮るように、愛花は渋い声を出す。
これから人類以外の生命体がいるかもしれないという星々について説明しようと思っていたのに、どうも聞いてくれそうにない。
ちなみに水が重要な要素らしい。
その星に水があるか否かで知的生命体、つまり宇宙人がいるかどうかの期待度は大きく変わってくるそうだ。
「あたし、あれから考えてみたんだけどこの方法は無理だと思うの」
「資料が足りないっていうなら、もっと集めるぞ」
「そもそもここが本当に地球と地続きの惑星とは限らないでしょ?」
「地続きというか、宇宙続きだけどな」
「だったら天体のデータを単純に照らし合わせてもたどり着けるとは限らないよ」
「まぁ……たしかに」
まさかそんな前提からひっくり返してくるとは思ってなかった。
この前は宇宙がつながっているという仮定を受け入れてくれてたはずなのに。
昨日までこの方針で行くことに同意してくれていたと思っていたのだが、どうも違うようだ。
以前とは見解と態度が違いすぎて困惑するが、言っていることは正しい。
「ところで愛花、なんか機嫌悪くない?」
「別に普段どおりだよ。でも一つ納得した。頭がファンタジー寄りのゲンちゃんが、惑星とか宇宙とか言い出すのって変だと思ってたんだ。委員長さんの考えだったんだね」
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うだろう。俺の頭で足りないときは、賢い人を頼ることにためらいはない」
「ふーん。でも、とにかく宇宙旅行は却下」
にべもなく話が打ち切られる。
愛花の表情がわからないので、なんで機嫌が悪いのかを察することが難しい。
こういうときは視界を共有している不便さを感じる。
まぁ愛花が気分屋なところは今に始まったことでもないか。
今、俺の左目は読めない文字で書かれたメモでびっしりと覆い尽くされていた。
仮に読める文字で書いてあったとしても理解はできなかっただろう。
愛花はなにかを勉強している最中だったのかもしれない。
「でも俺としては他にいい方法も思いつかないんだよ。悪魔召喚もうまくいきそうもないし、困ってきた」
「大丈夫、こっちで調べてみたから」
「そういう魔法があったのか?」
「そのものズバリとはいかないけど、意外と別世界に関する資料は充実してたよ」
「あれ? この前は城の図書室にはないって言ってなかった?」
「そこじゃなくて自宅。実はあたしの部屋にあったの」
「それってもしかして……」
「そう、マナさんの研究資料。部屋の整理をするついでに読んでみたら、大当たりだった」
灯台もと暗し、ということなのだろうか。
まさかスタート地点にお宝が隠されているとは夢にも思わない。
いや、案外童話などでは定番の結末だったか。
「愛花に内容が読めるのか?」
「失礼な。最近は魔法についてしっかり勉強してるからよくわかるもん」
そういう意味ではなくて異世界の文字が読めるのか、という意味だったんだけどこの様子だと問題なく読めているようだ。
マナさんとして持っていた知識はそのまま愛花に受け継がれているのだろうか。
しかし記憶はないみたいだ。
では肉体が一部の知識を持っていたとか?
いや、やめておこう。
考えてわかることではなさそうだ。
「それでね、マナさんはこことは違う世界について研究していたみたいなの」
「今の俺たちが欲しいデータそのものだな」
考えてみれば俺が異世界を夢想するように、異世界にいる人間が別世界を夢見ていてもおかしなことではない。
住めば都という言葉はあるが、隣の芝生は青く見えるということもある。
ましてや見たこともないくらい美しい芝生を妄想したって仕方がないことだろう。
「術式とか、地質調査、天体観測まで色んな方向からアプローチしていたみたい」
「今、天体観測って言ったよな?」
「ゲンちゃん、宇宙遊泳は却下にしたでしょ」
「でしたね」
愛花の機嫌がまた悪くなっては困る。
もったいないが天体観測の話を聞き出すのは諦めよう。
「マナさんが別世界について研究してたのはいつぐらいからなんだろうな」
「わかんないけど、資料の数から見てもかなり前からだと思う」
「ならもしかすると、事故を起こした実験っていうのも別世界にまつわるものだったりするのかもしれないな」
「それってどういうこと?」
「愛花が異世界へ行ってしまったことと、俺の左目がそっちの世界とつながったこと。これがマナさんの研究と無関係じゃなかったのかもしれないってことだ」
実験自体は成功しなかった。
そのせいでマナさんは命を落としている。
だけどその効果は一部発揮された可能性はある。
そしてその影響で愛花と俺の左目は異世界へ迷い込んだのかもしれない。
「どうだろう。断定はできないけど、そう考えるとやり方はあると思う。マナさんの実験や研究の方向性は間違ってなかったってことになるからね」
「おぉ、さすがスーパーアイドル。有能だな」
「茶化さないでよ」
「ごめんなさい」
「マナさんの資料の中に試してみたい術式があったの。これがうまくいけば、二つの世界をつなげることができるかも」
愛花の声が弾んでいる。
そのことに不思議と寂しさのようなものを感じる。
もちろんそれは勘違いだとは思うけれど。
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