2-2

「ね、このまま駅前まで行って映画を観に行こうよ。今なら一人分の料金で一緒に観れるよね」


「音が聞こえないのに愛花は楽しくないだろ。そもそも愛花が観てる間は俺が観れないしな。片目を塞がないとダメなんだから」



 交信できるのは右目を塞いでいる間のみ。

 こちら側からの一方通行で、愛花のほうから俺に連絡してくることはできない。


 つまり愛花が映画を観るためには、俺は右目を塞ぐ必要がある。

 そうなると俺は音だけで映画を楽しむことになるだろう。


 そういえば片目だと3DとかVRは体験できないのか。

 それは少し不便だな。



「じゃあ学校! 今なら真面目に授業を受けられる気がする」


「今日休みだよ。月曜日だけど、文化祭の代休だ」


「え、文化祭ってもう終わっちゃったの?」


「ちょうどおとといの土曜日が最終日だったんだ。だから今から学校に行っても、文化祭の残り香もないと思うぞ」



 後片付けも打ち上げも、昨日のうちに終わっているだろう。



「でも久しぶりに学校は見たいなぁ。ね、外から見るだけでいいから」


「しょうがないな」



 右目を開く。

 それと共に異世界の景色と愛花の声が消える。

 どうせ目的のない散歩だったので別にいいのだが、休みの日に学校へと向かうのは変な感じがした。


 ゆっくりと歩いて約十五分程度で、目的の校舎が見える。

 部活をしている生徒がいるためか、休日でも賑やかだ。


 車道を挟んだ反対側に立ち、横断歩道越しに学校を右目の視界に収める。

 多少はズレてしまうがこうしておけば左目にも映っていることだろう。



「わぁ、懐かしい!」



 右目を閉じると同時に、再び愛花の声が聞こえる。


 こちらから見える異世界の景色は天井のままで面白みはない。

 今さらだけど、立っているのに天井が見えるのはなんだか妙な気分だ。



「でも文化祭の看板ってもう出てないんだね」


「そりゃ文化祭が終わったらすぐに撤去するだろ」


「あーあ、準備頑張ったのになぁ」


「問題なく終わったって委員長も言ってたし、それでいいってことにしろよ」



 委員長は入院している間、三日にあげず病室を訪ねてきてくれた。

 俺の新しい携帯電話に連絡先が登録されている数少ない内の一人でもある。


 話の内容は学校に関することが主だった。

 さっき愛花に伝えた文化祭のこともそのときに聞いた話だ。


 病室はとにかく退屈だったので、委員長が来てくれたのはありがたいことだった。



「学校はもういいか? いくら通話中っぽくごまかしているとはいえ、外で独り言をつぶやいているのを知り合いに見られると困る」


「うん、いいよ。じゃあ次はコンビニね」


「なんでコンビニ?」


「だってあの日は事故に遭って、結局アイス買えなかったでしょ? あれがずっと心残りだったの。死んでたらうっかり化けて出るところだったよ」



 冗談なのか本気なのかわからないことを言って、愛花は笑い声をあげる。



「だからコンビニに行きたいの」


「わかった。どうせ暇だし、今日は愛花のリクエストした場所を巡ってやるよ」


「え、じゃあ遊園地行きたい!」


「さすがに近所で済ませてくれ」



 男一人で遊園地に行く精神力はない。



「奥野くん」



 不意に愛花以外の声が聞こえて、俺はぱっと右目を開ける。


 異世界の天井が消えて、目の前には怪訝な顔をした女子が立っていた。



「あぁ、委員長。偶然」


「電話中、でしたか?」


「いや、大丈夫。もう済んだよ」



 ごまかすためにちょっと笑ってみる。

 しかし委員長は相変わらず真面目な顔をしたままだ。



「目、片方だけ閉じていたみたいですけど具合が良くないんですか?」


「まだ慣れないだけだよ。こっちだけなんか乾きやすくてさ。そんなことより委員長はどうしてここに? 今日って休みだよね。なんで制服?」



 代休のはずなのに、委員長は制服姿だ。

 まさか委員長に限って、授業があると勘違いしたなんてことはないだろう。



「自習室を使っていました。家よりも勉強が捗るのでよく利用してるんです」



 すごく委員長らしい答えだった。

 やっぱりそうだよね。



「昼なので食事を取りに帰ろうと思っていたらあなたを見つけたので、珍しくて声をかけてしまいました。明日からはもう学校に来れるんですか?」


「一応はそのつもり」



 学校に行きたい理由はないけれど、行かなくていい理由もなくなってしまった。


 今のところは学校よりも優先するべき用事も思い浮かばない。

 ならひねくれることなく、素直に通うべきだろう。



「良かったら、一緒に行きます?」


「さすがに通学路は忘れてないよ」



 冗談で返しながらも、委員長が心配してくれているのはわかっている。

 片目での生活に慣れたとはまだ言えない俺が、一人で出歩くことを心配しているのだろう。


 たとえば俺の場合、片目になってから階段に手こずるようになった。


 特に下り。

 病院からの帰りに踏み外しそうになった。

 そのときは父に襟首を引っ張られ、事なきを得た。


 入院している間はエレベーターを使っていたから気づかなかったが、片目だと立体感がなくなるというのは本当だったらしい。


 俺が自覚しているよりも片目による危険は日常に潜んでいるようだ、とそのときに初めて気づいた。


 とはいえ、家族でもない委員長にそこまで面倒をかけるわけにはいかないだろう。



「なら良かったです」



 委員長は極端に踏み込んでこない。

 ちょうどよい距離感を維持してくれる。



「気をつかわせて申し訳ない」


「いえ、好きでしていることなので」


「面倒見がいいよね」


「どうでしょうね」



 なぜかぼかすようなことを言って、委員長は曖昧に微笑む。



「では、また学校で」


「うん、どうもありがとう」



 綺麗なお辞儀をしてから委員長は去っていった。

 よくわからないが、委員長がいい人ということは間違いないだろう。


 さて、こちらも町内パトロールを再開するか。

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