17歳、性教育、未講習
落花生
第1話
中学三年生のときに、手紙をもらった。
知らない間に下駄箱に放り込まれていた、いわゆるラブレターというやつ。白い封筒に白い便せん。シールはハートという王道のラブレターだった。
その手紙には『好きです。いつも見ています』と書かれていた。
他には何にも書いてなくて、手紙を送った本人の名前も書かれていなかった。
漫画に出てくるような手紙を持って、俺は校舎裏へとやってきた。時間や場所は指定されてなかったが、きっと放課後だと思った。なんとなく、ラブレターを送った相手が告白をするのならばここだと思ったのだ。
直感に従って放課後に校舎裏に行くと、そこには下級生が俺を待っていた。ぞろりと長いスカートに、あか抜けない印象の長い髪。清純派といえば聞こえはいいけど、まだ化粧すら覚えていない白い顔。
一目見て、俺は「これはない」と思った。
これでも俺は割とモテるほうだった。告白だって、何度かされたことがある。けれども目の前にいる下級生は、俺に告白してきた誰よりも子供っぽかった。素材は悪くないと思うのだ。けれども、それを良く見てもらおうとはしていない。その感性が、俺には子供っぽく感じられた。
「付き合ってもらえませんか?」
彼女は、簡素な言葉で俺に思いを伝えた。
好きとすら言わない彼女に、俺は少しびっくりした。
普通、呼び出したのならば「好き」とか好きになった理由とか言うだろ。少なくとも、今までの女は言っていた。けれども、下級生はそんなことは全く言わなかった。まるで、俺には興味がなかったとでも言いたげに。
「付き合ってもらえないなら、いいです」
それだけ言って、下級生はどこかへ行こうとする。
あまりにも、あっさりとした態度であった。
「待てよ」
俺は、下級生を呼び止めていた。
それは、咄嗟にことだった。
俺に呼び止められて振り返った下級生は、不思議そうに俺を眺めていた。俺も改めて、下級生を見た。身長が低くて、歳より幼く見える下級生だ。
中学生のはずなのに、小学校高学年でも通じるような気がする。肌は白くて、髪が黒い。髪型はありきたりなセミロングで、清楚な見た目ではあるが特徴もない。顔立ちは整っているのだが、普通の女子のように飾りたてるようなことをしていない。一言でいえば、顔立ちは悪くないのにあか抜けない。
けれども、俺は目の前の下級生が気になってしかたがなくなっていた。
「つ……付き合う」
俺は、そう言ってしまった。
下級生は、驚いたように目を見開いた。
そのきょとんとした顔が、思ったより可愛かった。
「えっ……ええっと」
下級生は戸惑っていて、おびえるような目で俺を見つめていた。
告白してきた相手とは思えないほどに。
「私と付き合うんですか?」
下級生は、改めて俺に尋ねる。
俺は、頷いた。
「そうだ」
俺は、どうどうと答えた。
下級生は「あ……名前」と呟いた。
俺は、目が点になる。そういえば、俺は告白してきた下級生の名前すらも知らなかったのだ。
「あの……私の名前。田沢白鷺って言います」
「白鷺って、珍しい名前だな」
少なくとも俺の知り合いでは聞いたことがなかった。
たぶん鳥の名前だと思うけど、俺は白鷺がどのような鳥なのかも知らなかった。名前の語感から白いことは分かるが、それ以外の情報は知らなかった。
「父が鳥と日本が好きで……。白鷺は日本画のモチーフになることがよくあるらしくって」
白鷺の言葉に、俺は本物の白鷺の姿を想像する。日本画のモチーフになるぐらいだから、きっと白鷺という鳥は美しくて威風堂々とした鳥なのだろうと思った。
俺は改めて、白鷺本人を見る。
白鷺の姿は小さいから、俺が想像するような威風堂々とした鳥の印象はない。けれども、小さくて可愛らしい。
白鷺と名乗った下級生は、俺をじっと見つめる。
その視線に、俺は促されたように名乗ってしまう。
「俺は古倉零。いや、知ってるよな。だって、俺に手紙だしたんだもんな」
「はい……名前は知ってます。名前は」
まるで、それ以外は知らないとでも言いたげであった。
だったら、どうしてお前は俺に手紙なんて出したんだよ。
「でも……いいや。今から、お前は俺の彼女だからな」
俺は、白鷺の手を握った。
小さな手だった。
白鷺は、驚いていた。
「あの……えっと。私は、あなたと付き合うんですよね」
白鷺は、俺に確認をとる。
俺は「おう」と頷く。
「付き合うって、どうすればいいんですか?」
白鷺の言葉に、俺も固まった。
こうして、俺と白鷺の長い話し合いが始まった。その話し合いは、二人のお付き合いはどのようにおこなうかだった。
手をつなぐのはアリなのか。それともナシなのか。放課後、一緒に帰ってもよいのか。一緒に帰る頻度はどれぐらいにするのか。友人に互いのことをいうのは良いのか。とにかく、色々なことを話し合った。
そして、俺たちは週に三回は一緒に下校する。
友人には互いのことを紹介しない、という約束を結んだ。
色気も何もない話し合いが行われた俺たちの交際は、実に順調に進んだ。まぁ、俺たちのやっていることなど一緒に下校することぐらいだったけど。そんな交際を続けているうちに、俺は高校生になった。
下級生の白鷺は中学生のままで、俺たちのお付き合いはそこで終わりになるかと思った。けれども、俺たちは休日に会うなどをして付き合いを続けていた。
そして、下級生の白鷺も高校生になった。
俺が通っていた高校に進学して、中学生の時と同じく俺の下級生となった。高校生になった白鷺の髪は、ちょっと短くなっていた。制服がブラウンで洒落た雰囲気だから、白鷺なりにおしゃれを意識したのかもしれない。相変わらず化粧はしていないが、白鷺は少しだけ大人になったように見えた。
「あの……零。あなたに、あげたいものがあるの」
放課後、一緒に下校する途中で白鷺は俺にそう言った。
恥じらいとかそういう雰囲気はないので、俺はてっきり新発売の菓子でもくれるのかと思った。白鷺はよくコンビニで買っては食べてみて、俺にも余りを食べさせていた。たぶん、おすそ分けみたいな感じなのだろう。
「今は、春だからイチゴ味のポッキーか?」
「違うの。私の味だから――」
白鷺はそう言いながら、俺をラブホに連れ込もうとしていた。
「ちょっとまて!!」
俺は叫んだ。
目の前には、地元に馴染めきれていない『キング』という名前のラブホがある。一世代前のお城のようなラブホで、建っているだけで違和感を感じる産物である。そんな建物に、白鷺は俺を連れ込もうとしていた。
「やめろ!高校生がそんなところに入るんじゃない!!」
俺は、白鷺をキングから遠ざける。
あんな悪目立ちする建物に高校生の男女がいたら、絶対に学校で悪い噂がたってしまう。俺は必死だった。
「なんで……喜んでくれないの?」
白鷺は、俺に尋ねる。
「こういうことは、大人になってからで……もっと自分を大事にしろ!!」
俺は、叫んだ。
白鷺は、驚いたように俺を見つめた。
「こういうことをするって、いつが適切なんですか?私は、今が適切だと思ったのに……」
茫然とした、白鷺の表情。
その表情に、俺は息を飲んだ。
実のところ、俺は自分のいった言葉がどこから出てきた言葉なのか分からなかった。ただ、自分たちにはまだ早いと思ったから、その言葉が出てきただけだった。
「俺は……その」
自分の想いを言葉にしようしているだけなのに、言葉が見つからない。正確には、どこかで聞いた言葉が浮かんできただけである。
「零は、私のことが嫌いなんですか?」
そういうことじゃない!と俺は叫ぼうとした。
だが、その前に救急車がやってきた。俺も白鷺もあっけにとられた。俺たちが呆けている間に、けたたましい音を建てる救急車はラブホの前に止まる。救急隊がラブホのなかから、尺取虫のような形で固まってしまった中年男性を運び出す。客なのかなと思っていたら、ラブホの方から若い声が聞こえてきた。
「うちの父さん、今回はぎっくり腰なんですけど持病がいっぱいあって。これ、持病リストです」
声の主は、俺たちと同じぐらいの年頃の男だった。
というか、顔見知りだった。
クラスメイトだった。
「柴田……豊?」
俺は、思わず名前を呟く。
さすがに制服は着ていないが、間違いなくクラスメイトである。
豊のほうも、俺に気が付いたようだった。
そして、俺たちの時間が止まった。ラブホテルという場所で、クラスメイトに会うだなんて思ってもみなかった。というか、普通だったら会わないだろ。
固まった豊は、救急隊に促されて救急車に乗せられていった。
一緒に乗っていったということは、運ばれた中年男性と豊は家族なのだろう。年齢からいって、運ばれていったのは豊の父親なのだと思う。だが、どうして豊の父親がラブホにいて、豊自身もラブホにいたのだろうか。
分からない。
あんまり、分かりたくない。
「零……」
白鷺は、俺の手を握った。
考え事ばかりしていた俺は、そのぬくもりに驚いた。白鷺は、俺が驚いたことに驚いていた。だが、すぐに悲しげな顔をした。
「違う。お前が嫌いだとか、そういう話じゃなくてだな……ああ、もう」
俺は、頭を抱える。
自分の気持ちを言葉にするなんて、俺には難しすぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます