戦史が教える勝者の条件。

世の中で起こるあらゆる出来事に、偶然の結果起きる物は何もありません。

全ては必然として起こったものです(無論、日常の瑣末な事は除いて)。

こういう話をすると、それは嘘だし、事実ではないと思う人は

結構いる事でしょう。なるほど、人生に運や偶然の不確定要素があるのは、

誰しも経験則上感じる事です。 大体何故今の境遇に生まれたのか、

論理的な説明は出来ないし、大金持ちの家に生まれれば、

何から何まで違ったはず。もっと美女や美男子に生まれていれば、

また全然違う展開になったに違いない。

人生こんなはずじゃないと、生まれてから一度も思わない人は

多分いないでしょう。どんな人間にだって、程度の差こそあれ、

挫折は必ずあるものです。


確かにこういう事情に関して、個々人の内容を比較してもあまり意味は

ありません。人生というものは、スタートラインが公平ではないのだから、

それはいたしかたない。誰もがそう思って、自分を納得させるはずです。

しかし、これが戦争だとどうでしょう。

攻撃されて、殺されるかもしれない。その場で死ななくても、

シベリアかどこかに連行されて、理不尽な強制労働の挙句、

死を迎えるかもしれません。こんな結末が待っている事が予想されるとしたなら…


そう。『それはいたしかたない』なんては言ってはいられません。

生死がかかれば、それこそ人間は死力を尽くします。

戦う以上、必ず相手があり、殺し合いなのだから、文字通り双方死に物狂いです。奇麗事など言っていられません。正義も糞もない!手段を選ばず、

とにかく勝たなければなりません。

およそ考え付くあらゆる手段を使います。スパイや暗殺、非人道的な兵器。

嘘や騙まし討ち。何処かの物好きが調べたデータによると、

国家の結んだ条約や同盟の99%は守られなかったか、

あるいは極僅かにしか守られなかったそうです。

外交とは、石が見つかるまで、かわいい犬だ!と言い続ける事だとまで

言われています。そして人類の過去の歴史という物は、

すなわち戦争の歴史に他なりません。


戦争は政治の手段であるとは良くも言った物ですが、

逆もまたしかり、政治は戦争に勝つ為の手段とも言えます。

こうした過去の戦いの膨大なデータを集めて、

それを理論的に分析した人がいます。

ランチェスターという人です。

戦力二乗の法則等、多少は聞きかじった人も居るかも知れません。

彼の研究結果によれば、面白い事に、戦争という物はルールなしの

場外乱闘みたいな物なのに、ほぼ数学的な結果が出るのもなのです。


歴史の本には、良く奇跡的な勝利などという文句が出て来たりしますが、

良く良く調べてみると、実は奇跡でも何でもないというのが彼の意見。

またリデルハートという研究家は、1930年にこう述べています。


歴史の流れを急変させるあらゆる事象のなかで、

戦争の結果というものは、1番偶然性の低いものである。

ここに今まで不当にも歴史で見逃されてきた1つの重要な事実を

発見するのである。 従来歴史家たちが、ドラマの脚本でも

書くような調子で運、不運の要素を誇張して、

大衆受けする歴史を書いていたのを放置していたのは間違いである。

ポリュビオスはこの傾向を2000年以上も前に指摘して、

以下の様に述べているではないか。

「機会、原因及び関連性についての的確な考察力を欠く人達は、

聡明さと洞察力に基づいて熟慮の末達成された偉大な業績を、

神の加護や運の良さに帰してしまうものだ」


リデルハートの意見に、私の私的見解を付け加えさせてもらえるのなら、

上記に加えて、『聡明さと洞察力の大半は、実は高度な平凡性と

イコールである』ということです。

高度な平凡性とはなにかと問われれば、こう答えるしかありません。

『当たり前のことを当たり前にやる』 ただそれだけの事です。


①合理的で必要かつ達成可能な戦略目的は設定されているか?

(具体的に何を達成すれば成功と見なすのか?)

②相手の戦力を的確に把握し、自軍の持つ戦力と比較し、

勝利の見通しが立つのかどうか?その可能性はどのくらいか?

見極めは出来ているか?

③達成可能な戦略目標の設定はなされているか?

④双方の長所と短所はは何か?その対応策は準備されているか?

⑤武器や防具の性能や準備は十分か?

⑥必要な各種生産力はどのくらいで、それは十分か?

⑦補給及び補給路の確保は十分か?

⑧戦う事の意義や理念は末端まで浸透しているか?

それによって高い士気が得られているか?

⑧必要な情報伝達がスムーズに出来るか?

きちんとした意思疎通の可能な人材は配置されているか?

⑨信賞必罰を徹底し、公正なかつ必要な人事配置は出来ているか?

⑩周囲の国々も含めた、多国家間に渡る政治的状況は有利か不利か?

⑪必要な訓練は出来ているか?

⑫戦いが長期戦になったり、当初の計画がうまくいかない場合の

対応策は準備されているか、等々?


国家同士が戦った場合、1回の戦いで決着が付く事など稀だし、

戦う相手もプロの軍人だから、基本的な戦いの進め方は、

当然似たような物になるでしょう。

だから互角の相手同士であればそう簡単に勝てる訳がないし、

相手が優勢なら尚更です。総力戦などになれば、被害も甚大な物になるでしょう。

しかし、最後には何らかの決着が付きます。


そして戦理が最後に語るのは、敗北する側に『高度な平凡性』が欠如していると

言う事です。負ける側は、ほぼ100%、誰にでも思いつくような、

当たり前の事を実行するのを忘れて敗れる。

人間は時に聡明であるが、時に愚鈍であるという事でしょう。

そして組織は大きく複雑になればなるほど愚鈍となり、

その力が発揮できなくなる。

(大きな組織は決断と責任を分散化させる。よって臨機応変かつ

必要な判断を的確に下せない)

上記に上げた準備は、誰でも10分もあれば思いつく代物だと言うのに。

長い歴史は私達に以下の事を教えていると言えます。

すなわち、『勝利とは高度の平凡性の保有及び実行と同義語である…』と。

無論、これは個人の人生にも応用可能です。

というか、偉大な失敗の宝庫である戦史程、学んで為になる学問も

そうありません(うちの大学の教授の受け売りですが…)。


戦争でも人生でも、当たり前のことを当たり前に実行するのが勝利への近道です。簡単そうで実はそれが非常に困難であると言う事は、

長い歴史が我々に教える所だと言えるでしょう。

偶然なんかに期待してはいけない。全て行動あるのみなのです。

但し、それは戦略/戦術にのっとった、理にかなったものでなくてはなりません。

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