第23話~柊堂
誰かの中に生きている私って、ほんとの私とどれくらいかけ離れているのだろう。
航太朗くんの中にいる私はちゃんと笑っているのだろうかとふと思う。
夜と朝の間のような変な時間に目が覚めて、何度も寝返りを打った。部屋を見回すと知らない景色で寝ぼけた私は戸惑う。
寝ることは諦めて、ベッドに腰かけてカーテンの横からうっすらと青みを帯びて来た窓の外に目をやる。
引越し荷物を片付けることに専念していた昨日のおかげで部屋は片付いていて、殺風景な部屋、壁に明るい絵でも飾りたいなと思った。
昨日、日が沈む前に航太朗くんと二人で買い物に出かけた。
玄関先で鍵をかける航太朗くんを待っている時に声が聞こえた。
「こうちゃん」
右隣の家から出てきたおばさんは航太朗くんに話しかけた。
慌てて頭を下げると
「あら、こうちゃんいつの間に結婚したの」
「あっおばさん、こんにちは、結婚してないです、友達の川島奏さんです、いわゆるルームメイトです」
確かに友達でルームメイトだ、二人の会話が続く空間は少し居心地が悪かった。
「あら、でもお似合いだわ、亡くなったマサちゃんもきっと喜んでるわよ」
マサちゃんとは航太朗くんのおじいさんなのだろう。
「こうちゃんは優しいし、奏さんよろしくお願いしますね」
きっと私の知らない航太朗くんの幼い頃を知っているのだろう。
「これからよろしくお願いします、また改めて引越しのご挨拶に伺います」
「そんなかしこまったことはいいのよ、これからよろしくね、お買い物かしら、野菜やお肉はこの先の小さなスーパーが安いからね」
笑って言いながら、家の中に入って行った。
「ハルおばさん、きっと気になってたんだろうな、世話焼きでいい人なんだ、たまにおかずとか持って来てくれるし、小さい頃はほんとに面倒を見てもらってたし」
おばさんの後ろ姿を見ながら懐かしそうに笑った。
「なんか、実家のお母さんに似てるかも、もうすぐ30になるのにいつまでも子ども扱いするし」
実家にいる母親のことが頭に浮かんだ。
近いうちに帰ってちゃんと話さないといけないなと思った。
きっとわかってくれるだろう。
柊堂の営業時間は11時から7時。
お客さんも少ないけど、賃貸ではないことで何とか続けていけてると航太朗くんは言ってた。
おじいさんの残した本の中には、価値のあるものも多く、たまに高額で譲って欲しいという申し出もあるそうだ。
手放そうとしないのは、たくさんの本だけではなく、昔ながらの古本屋という歴史なのだと航太朗くんは言った。
大きな古本屋もあるし、ネットで簡単に本を買える時代。
時の流れに逆らうように、柊堂はひっそりと営業を続けている。
昭和三十三年に二十歳になったばかりの航太朗くんのおじいさんはこの店を開いた。
柊堂は貸本屋としてこの町に生まれ、たくさんの本好きの人々に愛されたという、本好きだった航太朗くんのおじいさんが作った夢の場所だ。
小説を始めに少年誌や漫画、夫人雑誌など色んなものを取り揃えていたそうで、パソコンなどもない時代、貸本の顧客帳と頭の中にちゃんと入った近所の人々の名前。
貸本屋から古本屋に変わった今でも、地域にひっそりと息をしているそんな場所を守っていきたいと航太朗くんは語った。
古本チェーン店よりも高く買い取ってくれると言う事が話題になっていて、時折たくさんの本が入ってくる。
ぜったいに買い取らないのは、いわゆる卑猥な本。
それだけは売れるものでも買い取らないというおじいさんとの約束。
時代に流されない、そんな柊堂、そこで一生懸命生きている航太朗くんに私は恋をしている。
夕焼け空が綺麗で立ち止まって二人で眺めた。心がきゅんとするのに気付かぬ振りをするのは苦しい。
「帰ろうか」
航太朗くんの声に頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます