第22話~新しい朝……
カーテンから溢れてくる朝の陽射しで目が覚めた。
寝ぼけ眼に映ったのは、私が住んでいたアパートではない、だけど静かなその部屋は心地よかった。
そうなんだ、ここは航太朗くんが住んでいる家。
辛そうに話してくれた悲しい過去を聞いた昨日の私は、堪らずに泣いてしまっていた。
その時の航太朗くんの顔……私はきっと忘れない、そして忘れてはいけない事なんだ。
幼なじみとして、いつも一緒に過ごしていた人が、自分の目の前で命に終わりを迎えるなんて、私ならきっと耐えられない。
しかも、初めて愛した人、その大切な人が命を断つなんて。
ベッドから降りて、鏡に映る自分の顔を見ると、悲しくなった。
(最悪だ、浮腫んでるし)
ドアの外で、にゃあと鳴くファティマ。
そっと開けるとするりと入って来ていつものように、私の足元でファティマはその身体を寄せてくる。
その優しい温かさ。
「ファティマ、おはよう」
ファティマは頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。
部屋着から、普段着のシャツとジーンズに着替えて、航太朗くんがいる1階へと降りた。
リビングから続いている和室が航太朗くんの部屋で、以前はおじいさんが過ごしていた場所。
「航太朗くん」
声を掛けたけど、そこに航太朗くんはいなかった。
キッチンを覗くと、朝食を準備している航太朗くんが振り向いて笑った。
「奏さんおはよう、眠れた?」
昨日の話なんて忘れたかのように、自然に声を掛けてくれた。
忘れることなんて出来ないはずなのに……
「うん、おはよう、ぐっすり眠ってた、ごめんね手伝うよ」
本当は、全然眠れなかったし外が白み始める頃やっと眠りについた。
航太朗くんは目玉焼きを2つ分フライパンで作っていた。
フライパンの中では、私と航太朗くんの卵が仲良く並んでいる。
そんなことさえ切なく感じる。
私はここにいてもいいんだろうか。
その気持ちを気付かれたくなくて元気な声を出す。
「じゃ、私コーヒー淹れるね」
新しい朝が、始まった。
苦しくて切ない朝だ。
トーストと目玉焼き、そしてコーヒー。
初めての朝、テーブルに向かいあって座るとすぐに、航太朗くんが口を開いた。
「あのさ、奏さんいつも航太朗くんって呼んでくれるけど、これからは航太朗でいいよ、僕も奏って呼ぶしさ……」
照れくさそうに航太朗くんが言う。
その提案は嬉しいけど、私たちは恋人同士ではないのにと思った。
「……航太朗くんが……あっ航太朗がいいならいいよ、これからそう呼ぶね」
目を見るのが恥ずかしくて、隣の椅子に座ってるファティマの背中を撫でながら言った。
「でも歳下なのに呼び捨て、嫌じゃない?」
そう、航太朗くんは私より3歳も歳下だ。
「別にそんなの構わないよ、これからは奏って呼んで」
呼び方ひとつで私たちの関係まで変わるものではない、でもほんの少しだけ近づいている気がした。
私は一部屋を占領させて貰うのだから家賃を払うことを提案したけど、それだけは貰えない、ファティマの世話とか、自分が苦手な掃除をしてくれるだけでいいと頑なに断ってきた。
何度も話し合って、食費や光熱費などを折半することで話は落ち着いた。
月、水は航太朗くんが食事を作ると言ってくれたので、それだけは甘えることにした。
私の担当は火、金で、土日は二人で作るか外食にすることに決まった。
月末忙しい私は残業になる事が多い、そんな時は航太朗くんが用意する。
柊堂は決して忙しくはない、収入だってきっと少ないはず。
「頂きます」と手を合わせた私を見ながら航太朗くんは慌てて手を合わせて「頂きます」と言って笑った。
窓の外から、太陽からの贈りもののような柔らかな光が差し込んでグラスに入れた水がキラキラと輝いていた。
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