新しい恋は古びた本屋からはじまった
あいる
第1話~ひとつの恋の終わり
恋人にふられても、こっぴどく傷ついても、毎日はおんなじようにやってくる
ダンボールだらけの部屋で眠り、また同じ部屋で目覚める。
2人で住んでいた部屋を出てこの部屋に移り住んでから半年になるのに、前に進むことが出来なくなっていた。
明日こそはと思うのだけど、朝の光が眩しくて、優しく照らしていても、哀しみは少しも癒されることがなく心は相変わらず途方に暮れていた。
仕事を休まずにいたことだけが、私の生きる気持ちを細くつなぎ止めていた。
そんな日々を過ごしていたときに私は彼と出会った。
コンビニばかりの食事をやっと抜け出し自炊を再開したころ少しだけ普通の生活が出来るようになっていた。
アパートの近くのスーパーは以前住んでいたところよりも品ぞろえが良くて、少しだけ気分は高揚した。
あの人が好んで食べたものを見るのはやっぱり辛くて見ない振りをして歩く、そして季節はいつの間にか春になっていてフルーツのコーナーにはたくさんの苺が目に入った。
子どもの頃から私は大粒よりも小さなつぶの苺が好きだった。
赤くて小さなつぶの苺を選んでカゴに入れた。
久しぶりに作ったオムライスを食べたあとにさっと洗った苺を食べた。甘くて酸っぱさのある苺を口に含むと少しだけ元気になれた気がした。
放ったらかしにしていたダンボールの蓋を開けると、あの懐かしい部屋の匂いがふわりと部屋に香り
心がちょっぴり傷んだ。
別れの予感は少しも感じてはいなかったけれど、些細なことから歪み始めた揺れる心はいつしか取り返しがつかないほどに壊れてしまっていた。
新しく住み始めたこの街の片隅に古本屋があって。仕事帰りに毎日のように足を運んだ、たくさんの本に囲まれた奥の椅子に座って彼はいつも本を読んでいる。
それはお客さんがいてもいなくても同じで、声をかけたらようやく顔をあげて小さく笑う。
「決まりましたか? 」
袋に入れながら、「僕も好きな本なんですよ」とボソッと言いながら本を手渡ししたあとには、また読みかけの本を開いて物語の世界へと入って行く。
そんな姿に惹かれていく自分がいることが不思議な気もするけれど、気になる存在へと変わっていった。
その本屋は古くからあるように見えるし、どう見ても20代に見える店主と思うには若すぎて違和感があったけれど、もしかしたらアルバイトなのかもしれないと思った。
でもこんな寂れた古本屋にアルバイトを雇うとも思えなかったふし彼以外の人が店に立つのを見たことはなかった。
その店でたくさんの本を買っては読み続けていった。
手に入れた本を読み、1人の夜をやり過ごす、そうでもしないと哀しみに押しつぶされそうになるからだったけれど、いつしかあの人のことを思い出す日が少しづつ減りつつあることに気がついていった。
失恋は時間がその哀しみを忘れさせてくれる。
小さな建設会社で経理の仕事をしている私はその日少し遅めに家路についていた。
いつものその古本屋「柊堂」の前で彼が古びたシャッターを下ろしているところだった。
思い切って私は声をかけた。
「こんばんは」
振り返って私を見た彼は、「ちょっと待っててください」と言って閉じかけたシャッターをあげて真っ暗な店に入って行った。
戻ってきた彼の手には1冊の本があった。
「これどうぞオススメの本です今度渡そうと思っていましたから」
渡された本は『アルケミスト~夢を旅した少年』と言う本だった。
「あ、ありがとうございます、お金払いますいくらですか?」
もう一度シャッターを閉めながら振り向いた彼は「あ、それプレゼントします、いつも来てくれるからそれのお礼と思って貰ってください」
古いシャッターは鍵が錆び付いているのかやっとカチャリと音がして閉まった。
「何しろ古い店だから、毎日苦労してるんですよ」
そう言いながら照れくさそうに笑った。
その店は本が好きだったおじいさんが開いたということや、取り壊すことを聞いて自分が後を次いで店を継続させることを決めたことなどを話してくれた。
曲がり角で私たちは別れたけれど帰り際に彼が言った言葉に私は胸の奥がドキドキした。
「それ僕の大好きな本なんです、今度その本を読んだ感想を聞かせてくださいね、同じ気持ちになってくれたら嬉しいから」
暗い道を歩きながらもアパートの鍵を開けながらも、私は久しぶりに心が弾むのを感じていた。
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