navy blue〜お受験の恋〜

山花希林

今夜も

読み聞かせをする自分の声が、今日はいつもより通らないなぁとみちかは思った。


なんだか耳の中でくぐもるような、こもった声に聞こえる。

それでもお姫様が王子様と結婚式をする最後のページまで読み終わり、ふと隣を見ると乃亜はすっかり寝息を立てていた。


小さな手が毛布からはみ出している。

キュッと口元を尖らせた、そのあどけない寝顔を数秒眺めてから、手を伸ばし広い額をゆっくり撫でた。

丸くて広い額は生まれた時から、とても綺麗な形をしていて玉のような子どもだと思った事をよく覚えている。


みちかはそっと、起き上がると寝室を出て廊下を歩きリビングの扉を開けた。

誰もいないシンとしたリビングの、いくつかあるうちの小さな電気をひとつだけ灯して壁際の本棚に手を伸ばす。

そして数冊の問題集を選び取ると、リビングの隅に置いてあるプリンターで印刷を始めた。


お話の記憶、点むすび、数量、しりとり。

1枚1枚印刷できたものをそっとダイニングテーブルに重ねていく。

プリンターの微かな機械音が夜の部屋に鳴り響く。

まだ21時を少し過ぎただけだというのに、なんだか夜中のようだ、とみちかは思った。

朝、娘が解くワークの準備をするのがみちかの毎夜の日課だった。




夜の日課を終えると、冷蔵庫から冷たい炭酸水を出しコップに注ぐ。

シュワシュワと音を立てる透明の液体に、赤い柘榴のエキスを垂らす。

あぁ、今日も一日が終わる、とみちかは密かに実感した。


いつも通りの炭酸の刺激が舌の上を転がり喉を通過していく。

柘榴の甘酸っぱい記憶を残して、今日の終わりを身体へと伝えていく。


コトリ、とコップを置いたカウンターには、唐揚げとポテトサラダ、茄子のお浸しときゅうりの塩もみがラップをかけられ整然と並んでいた。

みちかはそれらをそっと掌に包むように持つと、ひとつひとつを冷蔵庫へ納めた。


今日も悟は遅いのだろう。


洗面所で歯を磨き、寝室へと戻る。

寝入りばなより更に大きな寝息を立てる乃亜のとなりに潜り込み目を閉じると自然に腕を胸の前で組む姿勢になった。


目を閉じ今日の出来事を思い出す。

ちょっとした反省だったり、感謝し忘れていた事だったり。

ゆっくりゆっくり今日の日を思い出し、神さまありがとうございますと心の中で気持ちを整える。


別にクリスチャンではないけれど、こんな風に小さな頃から時々夜眠る前のお祈りをする事があった。


「明日も1日無事に過ごせますように、乃亜を悟をお護り下さい。

この小さなお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げ致します。アーメン。」


くぐもった小さな小さな声で、みちかはお祈りの言葉を呟いた。

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