第5話 天女を拾った

 通路の端の方に強盗たちの荷物が積まれていた。

そのすぐ横でフード付きのマントを被った何者かがうずくまっている。

顔は見えないけど、あれが天使で間違いないだろう。

魔力を封じる魔道具をつけられ、ロープで手を結ばれているようだ。

きっと俺の正体がわからなくて怯えているな。

俺もマスクを外して素顔を見せてやるか。

戦闘神が助けてくれたとわかれば天使もきっと感激するだろう。


「ぷはあ」


 麻袋は蒸れていけないな。

ひんやりとした迷宮の冷気が顔に心地いい。


「もう大丈夫だぞ。安心しろ」


 震えている天使に優しく声をかけてやると、フードの奥の瞳が俺を見つめた。


「ひっ!」


 そんなに怯えるなよ。


「ミ、ミノタウロス……」


 またか。

そのパターンはもう飽き飽きなんだ。

天使なんだから神と魔物の判別くらいはできてほしい。


「あのなぁ……」

「いやあああ! ミノタウロスに殺されるうううう!」

「殺すわけないだろ!」

「犯されるうううううう!」

「だあ、うるさいいいい!」


 牛頭闘気オン!


「ひっ……」


 闘気に当てられた天使が体を硬直させて黙り込んだ。

ようやく、まともに会話ができそうだ。


「俺をよく見ろ。お前だって光の勢力スプンタの天使だろう? 同じスプンタの神がわからないのか?」

「えっ……スプンタ?」


 興奮していた天使が少しだけ落ち着きを取り戻した。


「今、ロープを外してやる」


 ロープを引きちぎってやると、天使は自由になった手で頭を覆っていたフードを脱ぎ去った。

なかなか可愛らしい姿をした天使だ。

薄水色の髪の毛で、身長は100㎝くらいだろうか。

でも顔つきは高校生くらいに見える。

クラスのトップスリーには入りそうな美人さんだった。


「確かに貴方様はスプンタの神!」

「東王母の眷属、戦闘神牛頭王ミノルだ」

「私はラーガ天王に仕える下級天女のアンゼラと申します」


 ラーガ天王と言えば東王母様と同じ上位神じゃないか。


「で、その天女がこんな場所で何をやってたの?」

「耳目(じもく)です」


 耳目とは文字通り、仕える神の目や耳になる仕事のことだ。

上位神はあらゆる世界に大量の天使を遣わして、常に情報を仕入れている。

耳目の天使は精霊からの情報をまとめることができ、その情報を神に届けているのだ。


「ということは、まだ新米天使か」

「そうなんです。精霊から天女に昇格してまだ3年でして」

「3年目かぁ、ちょっと飽きてくるころだよね」


 アンゼラは驚いた顔をした。


「なんでそれを? 経験があるんですか?」

「俺も耳目をやってたんだよ。多分200年くらい前だと思う。昔過ぎてほとんど忘れちゃったけどね」

「じゃあ、現場からのたたき上げで神に昇格ですか!? すごい……」


 アンゼラが尊敬のまなざしで俺を見上げてきた。


「ま、まあね。耳目をやったりメッセンジャーやったり、人間界で修業したりして、ようやく戦闘神に昇格したって感じかな」

「ふああ、本当にすごいです!」


 そうかな? 

確かに天使になれる聖霊はほとんどいないし、その天使から神格を持つ神に昇格することなんて滅多にない。

俺ってすごいのかも!?


「ところで、魔力を封じる魔道具をつけられなかったか?」

「あっ、これです。この首輪が」


 アンゼラの首に黒い首輪がはまっていたので、それも強引に引きちぎってやった。

首輪が外れると同時にアンゼラの頭上に淡く輝く光輪が現れる。

天使通信が回復したようだ。


「フゥ……。牛頭王様、おかげで助かりました」

「これくらいどうってことないんだけど、どうして人間に捕まってたんだい?」

「それがまあ、聞くも涙、語るも涙のお話でして。ハンカチを二枚用意してください」


 あっ、こいつ、めんどくさいやつだ。

一瞬で理解した俺は、関わり合いにならないようにその場を後にすることにした。


「達者で暮らせよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」

「いや、もういいから、ラーガ天王様のところへ帰ったら?」

「帰還命令がでるまで帰れるわけないじゃないですか。そんなことよりも話を聞いてくださいよ」

「あいにくハンカチは一枚も持っていなくてな」


 腰巻で涙を拭いたら、大事なところを見られてしまう。


「冗談ですよ。ただ単に実体化していたら、悪い人間に捕まっただけでして……」


 普通の天使は幽体であり、人間には見ることも触れることもできない。

ただ、本人の意思で実体化することも可能ではある。

天使が人間界で実体化することなど滅多にないはずだけどね。

ちなみに俺も天使をやっていた頃は幽体化できたんだけど、今はできなくなっている。

修業が進んだらまたできるようになるのかな? 


「なんで実体化してたんだよ?」

「その、ともだちが……」

「ともだち?」

「リサっていう人間の女の子です。すごく可愛くて優しい子で……」


 アンゼラは町で遊んでいた6歳の少女に特別な感情を抱いてしまったそうだ。

耳目の仕事というのは人間界をふらついていればいいだけなので、特に決められた日課はない。

だからずっとそのリサという少女の生活圏を漂っていたらしい。


「でもこの冬の寒さで、リサは疫病にかかってしまいました。治療のためには迷宮に生えているワクチラ苔(こけ)が必要だったんです」

「幽体では苔が採取できないから、実体化していたのか?」

「そうなのです。必要な量のワクチラ苔は集まったのですが、運んでいる途中に悪人に見つかってしまいまして」


 天使の輪っかは目立つもんな。


「ということは、急いでいるんじゃないのか?」

「そうでした! 早くリサにワクチラ苔を届けないと」


 アンゼラは盗賊の荷物から小さな包みを取り出して胸に抱きしめた。


「牛頭王様、ありがとうございました。このご恩は生涯忘れません。私が出世して上級天女になったら、いろいろサービスさせていただきます」

「その姿のままだと、また捕まるかもしれないぞ」

「はい。ですが実体化しなければワクチラ苔は運べませんから」


 アンゼラは寂しそうに笑って頭を下げた。


「それでは失礼します」

「ちょっと待てーぃ!」


 走り去ろうとする背中に声をかけて呼び止める。


「何故に祈らん?」

「牛頭王様?」

「汝求めよ、さらば与えられん! 遠慮しないで助けてって言えばいいんだぞ」


 アンゼラの瞳が驚きに大きく見開かれた。


「牛頭王様……。お願いします! どうか私と哀れな人間の少女をお救いください」

「任せなさい!」


 喜びに染まるアンゼラの顔を見て俺も満足だった。

本当はすぐにでも出かけたいところだが、その前に準備をしなくてはならないことがある。

問題は俺の顔だ。

この姿のままで街に出たら大騒ぎになってしまうぞ。

太陽の下では、麻袋の覆面も大して役に立たないだろう。

ここには盗賊たちの荷物が大量にあるから、それらを使って解決策を模索することにした。


 最初に、死んだ盗賊たちから鎧と服をはぎ取り、自分に合うサイズのものを選んだ。

体の見た目は人間と同じだから苦労はない。

問題があるとすれば服と鎧が異様に不潔だということくらいか。

魔法で水を作り出してアンゼラに洗濯をしてもらいつつ、顔を隠すための道具を作ることにした。


「牛頭王様、時間的余裕はあまりないので……」

「わかってるって。いいから手を休めない」

「はあ……。洗濯なんて生まれて初めてやりました」

「修業が足りないな。俺は人間界で何度かやったぞ」


 全自動洗濯機だったけどね。

干すのを手伝うと、母さんが喜んでくれたっけ……。

もっと手伝っておけばよかったな。


「牛頭王様は何をしているのですか?」

「強盗たちの兜を牛頭王仕様に改造しているんだ」


 人間用の兜では、鼻の長い牛の頭は入らない。

そこで、牛の形のヘルメットを作ることにしたのだ。

町の人々も牛型ヘルメットの中身が、まさか本当に牛の頭だとは思うまい。


 ガンガンガン!


 拳を使って鉄を変形させ、指先の力で捩じって、強引につなげていく。

少々歪になってもそこはご愛敬。

俺は戦闘神であって芸術の神ではないのだ。


「こんなもんでどうだ?」


 完成したヘルメットをかぶってアンゼラに感想を聞いてみる。


「はあ、なんか……角の生えた馬? ていうか不気味なクリーチャー?」

「お前、正直だな……」

「嘘がつけない性格なんですよぉ」


 性質的に天使が嘘をつけないわけじゃない。

この天女に遠慮がないだけだ。

まあいい。

ミノタウロスに間違われなければ、それで十分なんだ。

どうしても牛であることにこだわってはいない。

馬面(うまづら)の兜だって構うもんか。


「うっし、行くぞ。道案内を頼む」

「承知しましたぁ!」


 こうして俺はアンゼラの先導の元、急遽地上を目指すことになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る