第3話 牛頭王として生きていく
俺は戦闘神牛頭王であるからして、迷宮だってへっちゃらだ。
魔物が
ただし地図も知識もないので、どちらに行ったらいいのかはわからない。
歩いていれば、そのうち何とかなるだろう。
風の吹くまま気の向くまま、俺の迷宮ぶらり旅が始まる。
あてもなく通路を歩いていると、今度は巨大な蜘蛛に遭遇した。
【ラビリンス・タランチュラ】
迷宮に住まう巨大蜘蛛。体調は平均2.7mにも及ぶ。唾液には神経毒があり、噛まれると麻痺して動けなくなる。毒性は強くない。
ドロップアイテム
麻痺毒(コモン) 致死性のない麻痺毒。冒険者が武器に塗って使うことが多い。
スパイダーシルク(レア) 非常に丈夫な光沢のある糸。高額で取引される。
毒持ちの魔物か。
奴の牙が『筋肉の鎧」を貫けるかは疑問だけど、気をつけるとしよう。
でも、実際のところどうなのだろう?
俺に毒って効くのかな?
肉体は強化されているけど、精神は高校二年生のままなので、わざわざ試してみる勇気はない。
いつまでも人間の感覚を引きずるのはよくないと思うのだけど、同級生の吉永さんを忘れられないんだよね。
陰キャの俺にも気さくに話しかけてくれてさ。
もしかして俺のことを好きだった?
だってさ、休み時間のたびにしゃべってたし……。
気のせいだって?
わかってるよ!
もう過去は捨てる。
俺は牛頭王として生きていくのだ。
無造作に近づいていくと、ラビリンス・タランチュラも俺の存在に気がつき、外顎をカチカチと鳴らして威嚇してきた。
牽制につき合ってやる義理もないので、『疾風』の踏み込みから脳天への手刀で止めを刺す。
情け容赦なしある。
おそらく何が起こったかわからないままに絶命しただろう。
タランチュラが煙となって消えると、麻痺毒の小瓶と一束の糸が現れた。
どちらか片方だけかと思っていたけど、両方ドロップすることもあるようだ。
糸はシルクよりも光沢があって銀色に輝いている。
「えへへ、ラッキー」
裸で小躍りしながらアイテムを拾い上げた。
一番欲しいのは服なのだが、捨てていくのももったいない。
糸の両端に酢と毒の小瓶を結び付けて首にかけておく。
スパイダーシルクは丈夫なので、糸が切れて瓶を落とす心配もなさそうだ。
ダサいアクセサリーのようになってしまったけど、今さら気にしないことにした。
ぐぅ~~~。
突然、大きな音が迷宮の壁に響いた。
牛の唸り声ではなく、俺のお腹が鳴ったのだ。
考えてみれば地球で朝ご飯を食べたきりだ。
神の眷属になったのでご飯を食べなくても死にはしないのだけど、やっぱりお腹は空く。
高校時代は陰キャなりに友だちもいて、学校帰りにハンバーガーとか牛丼などを食べたものだ。
久しぶりに食べた……くない!
あれか?
俺の頭が牛になったからなのか!?
非常に複雑な気分だ……。
次は食べ物をドロップする魔物にエンカウントしたいものだと思いながら、再び迷宮をさまよいだした。
ぷらぷらと歩いていくと、何回か冒険者の気配を感じた。
そのたびに俺は物陰に隠れてやり過ごす。
奴らが怖いわけじゃない。
素っ裸が恥ずかしかっただけだ。
しかも糸に括り付けた小瓶を首からぶら下げているんだぜ。
全体的にブラブラさせているモノが多すぎて、怪しさ大爆発だ。
神様の体面を保つためにも、人前に姿を現すのは、せめてパンツを穿いてからと決めた。
魔物の毛皮を入手できたらそれを腰巻にするんだけどな。
んっ?
そのスタイルって、まんまミノタウロスじゃね!?
とっちだ?
ミノタウロスに近づくのと、すべてをさらけ出すのでは、どっちが正解なんだ!?
いや、今のままでは裸のミノタウロス。
腰巻をしていれば、少しだけ進化したミノタウロスだ。
違うっ!
俺はあくまでも牛頭王であってミノタウロスじゃない!
危なく自分で認めるところだったぜ……。
俺が思考の迷宮に囚われていると、岩の奥から空気が抜けるような音が聞こえてきた。
シューーーーッ。
かなり大きな音だ。
岩陰に魔物が潜む気配がしている。
まだるっこしいのは嫌いなので、拳の一撃で岩を粉砕してやると、現れたのは巨大な蛇だった。
こいつは何をドロップするんだろう?
隠れ家を壊されて驚いている大蛇を牛頭アイで観察した。
【ゾルゲ・コブラ】
ゾルゲ迷宮の固有種で、体長が10mにも及ぶ大蛇。強力な神経毒を持つ。
ドロップアイテム
蛇の白焼き(コモン) 美食家の間で珍重される。
コブラの毒(コモン) 猛毒。用いるときは細心の注意が必要。
ゾルゲ・コブラの革(レア)鞄や靴などに利用されるなめし革。オシャレな人に大人気!
うまい具合に食べ物をドロップする魔物である。
お腹が減っているからちょうどいいや。
「キシャアアアァッ!」
蛇が鎌首を上げて噛みついてきたけど、攻撃は鮮明に捉えている。
動体視力も神様級だな。
牙の先っぽから黄色い毒液が滲みだしているのまで見えているぞ。
さすがにちょっと怖いから、軽い左アッパーをおみまいして口を閉じてやった。
とはいえこれは、だいぶ手加減した攻撃だ。
本当は一撃で倒せる相手だが、そろそろ自分の防御力も確かめておきたい。
噛みつきを封じられた蛇は長い胴体を巻き付けて、俺をくびり殺しにかかった。
少しだけ不安になったけどコブラの好きにさせてやる。
「……平気だな。ちょっと鬱陶しいと感じるくらいか」
グイグイと締め付けてくるけど息苦しささえ感じない。
やっぱり、俺の防御力はかなり高いようだ。
耐久性の確認はできたので蛇の体から両腕を抜くと、今度は俺がコブラの首を絞めにかかった。
絞め技には絞め技で対抗してやる。
「自分の得意技で敗北する屈辱を知るがいい」
ちょっとだけSな気分に浸ろうと思ったのだが、少し力を込めただけでゾルゲ・コブラは死んでしまった。
ずいぶんとあっけない。
もう少し迷宮の深い場所に行かないと強い敵は現れないのだろう。
煙が消えて現れたのは蛇の白焼きとゾルゲ・コブラの革だった。
猛毒の小瓶はドロップしなかったか。
でもこれ以上ブラブラさせるのは嫌だったから、これでよしとしよう。
要らないアイテムを置いていけばいいのはわかっているんだけど、高校生のときの記憶が強すぎて、神様になっても貧乏性なんだよね。
せっかくドロップしたのに、捨ててしまうのはもったいなくない?
白焼きは笹のような葉っぱにくるまれていて、手に取るとホカホカだった。
指でつまんで食べてみるとウナギに似た味がした。
味付けは塩のみなのでちょっとたんぱくすぎる。
醤油とワサビが欲しくなるな。
どうせならタレを使ったかば焼きの方が良かったけど、これはこれで美味しかった。
蛇皮の方は160㎝×50cmほどのなめし革だった。
少しゴワゴワしていたけど、腰に巻くのにはなんの問題もない。
これで真っ裸からも卒業だな。
パット見た感じではオシャレなモードコレクションに見えなくもないぞ。
体形が細マッチョなモデル体型だからか?
ミノタウロス感は出ていない……と思う。
スタイリッシュに決めた俺は再び人間との接触を試みた。
先ほどのカップルはいかにも弱そうなルーキー感を出していたもんな。
だから俺の姿を見て驚いたのだろう。
今度はもう少し強そうな冒険者たちに声をかけてみることにする。
ベテラン冒険者なら泡を食って逃げ出すこともあるまい。
話し合いができれば、分かり合えることだって可能だと信じている。
俺は神様だけあって、どこの言語だってペラペラだからね。
思い返してみると、受験の英語で苦労していたなぁ……。
あの時、自分が天界の住人だとわかっていれば!
いや、もう過去に囚われるのはやめよう。
俺は牛頭王として生きていくとさっき誓ったではないか。
でも、英語の草薙先生も好きだったんだよね。
黒髪で落ち着いた大人の雰囲気ってやつ?
タイトスカートが似合うのって、成人女子だけのような気がするんだよ!
「田畑君、頑張ったね」って言ってもらうのがたまらなくて、一生懸命勉強したもんなぁ……。
なんて、過去の回想に浸っていたら人間の気配が漂ってきた。
間違いない、パーティーの醸し出す雰囲気はベテラン冒険者のものだ。
まだ俺の存在には気づいていないようだけど、そこそこの腕を持っていると見た。
よし、こいつらに声をかけてみるか。
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