第2話 迷宮の中にいるらしい

 東王母様の作ったワープゾーンを抜けると、そこは薄暗い場所だった。

石造りの古びた地下通路にいるみたいだ。

空気の流れが悪いせいか、どことなくカビ臭い。

そういえば、俺はどこに飛ばされたのだろう? 

考えてみればイシュタルモーゼという、非常にふわっとした情報しか与えられていない。

これでは「地球へ行ってきなさい」と言われて、「はい」と答えて来てしまったのと同じレベルだ。

地球に行くとしたって、渋谷の街に降り立つのと北極点に到達するとでは、天と地ほどの違いがあるだろう? 

来てしまったものは仕方がない。

適当な通行人を捕まえて、ここがどこだか聞いてみよう。

都合のいいことに、ちょうど向こうから二人組がやってきた。


「大丈夫かな? 二人だけはちょっと怖いよ」

「大丈夫、いざとなったら俺がお前を守るから」


 安っぽい鎧を着けて、安っぽい会話をしていやがるイチャコラカップルだ……。

幸せそうにしやがって、ぶん殴ってもいいかな? 

いやいや、俺は善良な戦闘神であり、争いごとは好きではない。

あれ、戦闘神としてそれでいいのか? 

疑問はひとまず置いといて、幸せそうなカップルを見たくらいで嫉妬(しっと)してはいけないと気を取り直した。

童貞のひがみとか思われても嫌だからね。

ニッコリ笑顔で、ここがどこなのかを教えてもらうとしよう。


「どうも~」


 俺の姿を認めて二人とも固まってしまったぞ。

あっ……素っ裸なのをまた忘れていたよ。

これじゃあ変質者だと思われちゃうな。


「ミ、ミノタウロス!?」


 はい? 

牛の顔も忘れていた!

戦闘神として無敵の力を与えられたようだけど、その代わりに記憶容量が小さくなってしまったような気がする。

致命的な欠陥じゃないか。

東王母様、キャラメイクを失敗していますよ……。


「どうして、こんな浅い階層にミノタウロスが……」


 自己嫌悪の俺を無視して、カップルは盛大に腰を抜かしている。


「いや、魔物じゃないッス、神様ッス!」

「こ……殺される……」


 俺の話を聞けぇ! 

男の方が後ずさりをしながら、俺との距離を開けていく。


「ぼ、僕は悪いモンスターじゃないよ」


 精一杯優しい声を作って、その場で動けなくなっている女の子に訴えかけてみた。


「た、助けてビープ」


 フリチンだと説得力が弱かったかな?


「う、うあああああ!」


 ビープと呼ばれた男の方は、女の子を見捨てて逃げ出してしまった。


「ヒープ‼」


 さっきまで「俺がお前を守る」とか言ってたのに、悲惨な結果になっているな。

原因は俺なんだけど、俺は縁結びの神様じゃなくて戦闘神だ。

運が悪かったと諦めてくれ。

とは言っても、心に呵責を感じないわけでもない。


「あ~、なんかごめんなさい」

「こ、こないで」

「えっとね、俺はここがどこか教えてほしいだけなんだ」

「殺さないで……」


 会話がぜんぜん噛み合わない。


「おい、ちょっとは俺の話を聞いてくれ!」

「……」


 ショーーーーー……。


 女の子も泣いていたけど、泣きたいのは俺だって同じだった。

おしっこを漏らすほど俺が怖いのね。

いいよ、わかったよ……。


「ごめん、もう行くよ……」


 俺は涙を拭いながらその場から立ち去った。



 再び一人になってしまったけど、一つだけわかったことがある。

それは、ここが迷宮の中であるということだ。

先ほどのカップルは「どうして、こんな浅い階層にミノタウロスが……」と、ほざいていた。

戦闘神牛頭王である俺をつかまえて、ミノタウロスとは失礼千万な勘違いだが、おかげで自分のいる場所が把握できたというものだ。

ここは重層構造の地下迷宮なのだろう。

しかも、初心者が来られる程度の浅い階層のようだ。

東王母様は、ここで俺に戦闘神としての修業をさせたかったのだな。


 だけど修業ってどうすればいいのだろう?

さっきから自分のことを戦闘神とか偉そうに言ってるんだけど、実は戦闘経験って一度もないんだよね。

地球で人間をやっていたときも喧嘩なんてしたことはなかったし、その前の天使時代も、争いごとは一度も経験していない。

だって俺の仕事は主にメッセンジャーだったんだもん。

預言者に神様からの言葉を伝えたり、善人に疫病が流行るから逃げろ、とかを教えたりする役目ね。

だから武者修行と言われてもどうすればいいのかよくわからないのだ。

ただ自分でも今の肉体がとんでもない可能性を秘めていることだけはわかる。

戦えば戦うほど能力は開花していきそうだ。

きっといろいろ考えるよりも戦ってしまった方が早いような気もする。

だったら周囲をうろついている魔物を討伐してみるかという結論に至った。



 ここはモンスターの数が多い迷宮のようで、歩いているとすぐに敵は見つかった。


「あれはアリンコか?」


 暗闇の中にあっても、牛頭アイは何でもお見通しだ。

通路の先では大型犬ほどもある蟻が12匹で隊列を作っている。

敵の数がちょっと多いかとも思うけど、しょせん相手は昆虫だ。

戦闘神が昆虫を恐れていては面目が立たないというものだろう。

握った拳に力を籠めると、脳内に無機質な音声が響いた。


(スキル『剛腕ごうわん』を習得。これにより素手で鉄鋼板を引き裂けるようになりました)


 それだけの力があるのなら、アリンコの12匹くらいどうということはないだろう。

 次に奇襲をかけてやろうと足に力を籠めると、またもやあの音声が響いた。


(スキル『疾風しっぷう』を習得。これにより素早さが格段に上がります)


 うっしっ! 

これで一気にカタをつけてやる。


「とうっ! えっ? うわああああっ⁉」


 大地を蹴ると、これまで経験したことのない加速が生じ、思わず肝を冷やしてしまった。

これが『疾風』の力!?

どうやって制御すればいいんだよ!

肉体の変化に脳内の処理が追いついていない感じだ。

拳をふるうこともできずに、俺は巨大蟻と衝突してしまう。


グシャッ!


「ん?」


 痛くない! 

それどころか俺とぶつかった巨大蟻は、粉々に砕けた甲殻をまき散らしながら吹き飛んでいる。


(スキル『筋肉の鎧』を習得しました)


 この程度の敵なら余裕で勝てそうだぞ!

 仲間を殺されたアリンコたちが次々と襲い掛かってきたけど、俺の拳の一振りで頭がもげ、蹴りの一つで腹が吹き飛んでいた。

牛頭王の力、しゅごい! 

 戦っているうちに目も慣れ、自分の速度にも対応できるようになっている。

12匹の蟻は瞬(またた)く間にせん滅された。

骸(むくろ)となったアリンコを見つめていると、ある程度の情報が頭の中に流れ込んでくる。


【ヒュージアント】

迷宮に住まう魔物。太陽光を嫌うために地上に出ることは少ない。女王を中心とした群れをつくる習性がある。

ドロップアイテム:酢〈コモン〉 料理用のお酢


 牛頭王は神の眷属だから、見つめるだけで鑑定ができてしまうのだな。

天使のときにはなかった能力だ。

ところで、ドロップアイテムの酢とはなんだろう? 

そんなことを考えていたら、蟻の死体が煙のように消え、小さな小瓶が3つ現れた。

黒い陶器で出来た小瓶で、コルクの栓がしてある。


「うえっ!」


 栓を抜いて匂いを嗅いでみると、鼻を刺すお酢の匂いがする。

イシュタルモーゼの世界では、モンスターを倒すとこのようなアイテムがドロップされるのか。

ただしドロップ率は100%ではないようだ。

今だって12匹のヒュージアントを倒したけど、ドロップしたお酢は3本だけだ。

酢の匂いを嗅いだらら久しぶりに餃子が食べたくなってしまった。

こんなところは日本の高校生のままのようだ。

お酢もいいけど、早く服が欲しいものだ。

魔物はパンツをドロップするのだろうか?

オーガとかならワンチャンありそうな気もする。


「オニ~のパンツは いいパンツ~♪」


 俺は歌いながら新な敵を探すことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る