第101話 これが本当の水入りってどうかしら?


 海へデカハナ様を弾き飛ばしてしまった。それを追って、黒い影差す海面へ飛び込んだのは即座の事。一瞬ゼニマール様が楽しそうに飛び込んでいた気がしたのだけれど何で?


 ぼこぼこと泡が舞い、視界を塞ぐ。その向こう、水を衣服が孕んでもがく姿が見えた。

 白い影が。

 いえ、あれは白い手足。ぶよぶよとした……あらやだ、ゾンビさんじゃないの?


 尻尾をくねらせ、うねる水圧を押し返し、一気に近付くと背後から1匹の首根っこをむんずと掴み、引きはがそうとしたらボキリと砕けた。こいつ、もろいぞ!


 頭もげても手足が動く。とりま、海水にふやけた体は、半分腐っててもまだ膨らみ切って無いみたいで、チョップだと切り裂いてしまいそうだったから脇を掌打で押しやると、ばたばた手足を動かして、きりもみ巻いて離れてくれた。

 で、その向こう。足を引っ張って、水底へ引きずり込もうとするもう1匹の、白い眼と目が合った。


 判るのか。慌てて手を放したがもう遅い!

 だって、もう尻尾をうねらせていたんだもの。

 ドリルみたいに水を貫いて、ついでに貴方の頭から背骨へと突き入れていたのよ、ごめんなさい。


 ぼごんと鈍い音。

 四散するゾンビの身体。

 それよりも、急いでデカハナ様の顔に空気の玉を作って押し付けた。


「がはっ! げほっ!」


 あらあら、思いっきり肺に海水が入ってたみたい。背中をさすって差し上げながら、上へと見上げると、今度は何やら白くて細い物がぱらぱらと。


 その向こう、結構なスピードで水中を飛び回るゼニマール様のお姿が。それを唖然として見上げた。

 光る右腕を前に突き出し、まるでそれに引っ張られているかの様に。船底からわらわらと離れて来る、動く骸骨たちを次々と砕いているのだ。


 あ……あはははは……何だろう、この方は?


 あれ、スケルトンがほとんどだけど、青白く光ってるの、もっと上級のワイトじゃないの? ぐーぱん1発でって、やっぱり普通じゃない。流石だわ~……



 ◇



 淡い光がどことも知れず、このアイミートユーの裏庭を、明るく照らし出していた。


 どぼどぼと零れ落ちる湯を頭に受け、お2人仲良く並んで湯舟に身を横たえてる姿を前に、シュルルはそっと傍らへ近付き、手にした盆の上にあるカップを1つずつ置いた。


「ワインで御座います。

 お口に合うか判りませんが、宜しかったらどうぞ。

 身体が温まりますから」


「あ、ありがとう……」


「悪いね。戴くよ」


 少し不貞腐れ気味に受け取るデカハナ様と、ほがらかに受け取るゼニマール様。

 お2人の間には、已然、何か壁の様なものが存在しているみたい。

 顔を合わせようともしないで、前を向いて静かにカップに口を付けてくれました。


「うふふ……昼間、酒屋さんが売ってくれないから、騎士団の大隊長さんにもお出しするのよって嘘をついて、無理に売って貰ったんですよ。そのワイン。

 お陰で、嘘から出た誠になりました」


 シュルルが心からの笑みを浮かべ、本当の事を話すと、デカハナは思わず変な所へワインを吸い込んでしまった。


「ぶっ!? げほっがほっ!?」


「あははは、それは何よりだね」


「あらあら……余計な事を……どうもすいません……」


 そう言いつつも満面の笑み。手前で湯に浸かっていたデカハナの胸と背を軽く撫で、咳が収まる様にと促した。



 実はもしかしたらと思って、少しだけ別に移しておいたのだ。

 樽に残ってた分は、全部みんなの胃の中へ。

 何もおもてなし出来ない事にならなくて良かったと、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。


「ほら~、そういう所だよ。知ってるんだろう?

 イキリ屋が商業ギルドに手を回して、妨害してるの~」


「ぬぬぬ、それは貴様も同じじゃ無ぇか!?」


「いや~。僕は陰ながら見守っていたのさ。大丈夫そうだったから、手を出さなかっただけ。そっちは、門で捕まえてどうにかしようとしてたんじゃないの~?」


「ぐぬぬぬ……それは過ぎた事だ! ふん!」


 どちらかと言うと、デカハナの方がゼニマールを嫌って、そっぽを向いている形だ。

 そんな2人なのだが、シュルルはどちらも良い体をしているなあ~と、うっとり眺めていたりする。

 これまで殺して来た冒険者達と違って、明らかに貴族の2人は食べ物も日々の訓練も違うのだろう。根本的に肉付きから骨格まで、別物と想える程に逞しかった。


「それでは、私も失礼をして……」


 カップを両手に掲げ持ち、ゆっくりと湯舟に身体を沈めると共に、もう2人の前で隠し事をしても仕方ないと、思い切って幻覚を解いた。


「うおっ!?」


「ほほ~う」


「やだわ、そんなにじろじろ見られてしまうと。私、恥ずかしい……」


 そんな建前を述べながらも、隠しきれない胸元を抑えながら、左の肩で2人を覗き見る様にして、そっと尻尾の先まで沈めると、ざざ~っとやたら大きな湯音と湯煙が立ち上り、実際凄く恥ずかしかった。


 何しろ、人間の数倍……げふんげふん……


「わ~い」


 そう言って、楽しそうに2人の間に身体を割り込ませると、きゅきゅっと2人の腕に押し付けて、その弾力のあるお肉の感触を楽しんだ。


「は、初めて見たぜ……」


「ごめんなさい、ずっと騙してて……」


「悪い……怪物では無ぇんだろ?」


「はい。ワタシ悪いラミアじゃない~ヨ~」


「僕は判ってたけどね」


「うるせぇっ」


 またもぷいっとそっぽを向いてしまうので、シュルルはその肩にくてんと頭を乗せた。


「本当に、酷い方なんですよ、ゼニマール様は。

 全部判ってて、あんな意地の悪い命令をされるんですもの。

 私、どれだけ泣いた事か……」


「ほれみろ!」


「仕方ないじゃない?

 あのまま、君がこの豚野郎の元へ行ったら、それこそ悲劇にしかならない。僕は、破滅の運命を回避する為に、仕方なく、心を鬼にして君に辛い指令を出したのさ。

 ああ、この僕の辛い胸の内、君は判ってくれないかなあ~」


「馬鹿言ってんじゃね~よ!」


「そっちには、言ってない」


 さも悲嘆にくれる、悲劇の主人公を装うゼニマールに、ますます口をへの字にして顔を歪めるデカハナと、その間にありながらうっとりと頬を紅潮させるシュルルはくぴりとワインに口を付けた。


「その運命って何ですの? ゼニマール様は、預言者でもいらっしゃる?」


 その問いに、ううんと首を横に振った。


「そんな大したものじゃないさ。ちょっとした事を感じ取れるだけ。不意に、ぴぴぴって来るとかね。でも、今回は違った。初めて会った時に感じた予感は、ちょっと複雑でね。

 こいつが絡んで、総取りすると、君の運気が消えてしまう」


「運気が消えると、どうなるの?」


「死んじゃうんじゃないかな~?」


「なぁ~に、馬鹿な事を!」


「まぁ、こいつが絡むと良くない事が起こるから、今後会わない事をお勧めするよ。君は僕が守ろう」


 そう言って、ぐいっとシュルルを抱き寄せ、足を振り上げるとデカハナの足を上から蹴った。

 湯が飛び跳ね、ぐらっと傾きワインが零れ、そのままゼニマールの胸に。


「は、はわわわ!?」


「ぬかせ! んな事、あるかっ!」


 こちらも負けじと、蹴り返しながらもぐいっとシュルルを、強引に抱き寄せ2人で引っ張り合いになる。


「ふ、ふひょお~!?」


「放せ!」


「そっちが!」


 変な声を上げながら、喧嘩する2人の間でもみくちゃにされながら、気付いたらシュルルは大きな声を上げて笑っていた。


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