第83話 悪い冒険者、撤退ス! 緑海蛇団かも~ん!
突如、ベイカー街の一角に、黒い煙がもくもくと沸き上がり、石畳の上に丸まって動くのを止めてしまった黒づくめの8人を覆い隠し始めた。
視覚。聴覚。触覚。味覚。嗅覚。大別すると普通はこの5つの感覚が人には備わっている。シュルルらラミアは、これに舌先で感じる熱感知空間把握能力があるのだが、シュルルはこの内の3つ。視覚、聴覚、触覚、この3つに干渉して来た。
完全な幻覚ならば、5つ全ての感覚を操らねばいけないのだが、嗅覚においてデカハナに敗れている。否、自ら敗北を選んだのだ。
さて。これは、幻覚魔法の初歩か、精霊魔法で闇の精霊シェードを召喚したのか。
グリースを抱えたシュルルには、これが視覚のみを封じるそれと判った。
だが、これが存外有効なのだ。
相手の内側の感覚、内覚を操るには術者が対象を認識しておらねば出来ない事。仲間を殴らせたり、奇妙なダンスを強要出来たのは、相手の触覚に類する方向感覚、バランス感覚等を複合的に狂わせたからに他ならない。
外覚である視覚に幻影を見させるのと合わせて、仲間を殴らせ、身体を動かす先を、その度合いを錯覚させたのだ。
だが、視覚を防いだ所で、シュルルには熱感知空間把握能力がある。
「おい!
逃げろ!」
「こっちだ!」
二つの声が呼びかけるのに合わせて、人の形をした熱源が暗闇の中を這いつくばる様に逃げ出した様子が手に取る様に判った。
だが、今は相手から引いてくれるのだ。
それよりも腕の中の、グリースの容体が心配だった。
目を落とすと、何とも幸せそうな寝顔があり、シュルルは落胆と共に苦笑を浮かべた。
すうっと張りつめた気持ちが抜ける感覚。この男には、何故かそういう空気感がある様な気がした。
「ふう……
全くもう……」
やれやれと言った風情で、指先でそっと額の髪を撫でてやると、むにゃむにゃ寝言まで言いよる。全く呆れた話だけれど、覗き込む手下3人がホッと胸を撫で下ろしているのだから、これはこれで良いのよね?
「兄い……」
「良かったぜ……」
「全く心配かけんなって……」
「「「へ、へへへ……」」」
3人とも子供みたいな笑顔で、鼻の下をこすってて、何とも憎めない感じ。
「さて」
このままではいけないと、取り敢えず中へ運び込もうかと持ち上げかけ、ハッと我に返った。
細身のグリースとは言え、大の男を軽々持ち上げたらどう思われるか……
「や~、重くて持てな~い!
誰か手伝ってぇ~!」
その場にペタンと腰を落として見せるが、なんかもう遅きに失した感があった。
何かみんなに微妙な空気が……しくじったわ~……
ちょっとベタ過ぎたかも。
◇
「「「「「「「「「「みっかづき! あそれ!
みっかづき! あどした!」」」」」」」」」」
表では三日月の胴上げが始まっている様子で、実に騒々しい。
実に変態的な黒づくめの暴漢を追い払ったのがツボにはまってしまったらしい。
ま、それはおいといて……
焼き場は焼き場でジャスミン台風でカオスと化し、丁度良かったので、ゼロとワンに全部丸投げして抜け出して来たナルエーは、両手に焼けた肉の串を10本程掲げ、作業台で黙々と串に肉を刺し続ける男連中を見渡した。
「貴方たち、少し休憩取りなさいな」
と言って、焼けた肉串を差し出すと、みんな喜んで受け取ってくれた。
うん、ポイント高い私。
「ありがとう!」
「わ~い!」
ふふん。まだまだ子供ね。
そう思いながら、ブライトとサニーの頭を、汚れていない手の甲でナデナデ。向かいに座るハルシオンとやらに目線を投げる。
「ありがとうございます。
僕も、まだ一口も口に入れて無くて」
「それはどうも」
軽い会釈。大人の余裕って奴?
うん。
でも、何となく毛色の変わったそれでいてイイ感じの人……ちょっと良いかも……
そうは思うものの、手を出すとジャスミンが五月蠅いらしい。
面倒なのは御免だわ。第一騒々しい。
表でゼロとワンが、散々からかっていたのを目にしていたから、ま、ほどほどよね?
「さて、それじゃあお姉さんが代わりにやりますか」
そう言って、二人の間に立って串に肉を刺す作業を。
二人とも、大分手が疲れてるみたい。
「手、痛くない?」
「うん……結構……」
「でしょ?」
右のブライトにちょっと寄って話しかけると、こっちもこっちもとサニーが身を寄せて来た。
「でもへっちゃらだい!」
「お? 言うわねえ~。頼もしい頼もしい♪」
肘でほっぺの辺りをぐりぐりしてあげると、実に嬉しそうな顔をしてくれる。
かわいいわね~。
向かいではハルシオンが、この光景を眺めながら赤い瞳で微笑んでいる。
外の喧騒から、くりっと切り抜いたみたいな、ホッとするひと時。
それをのんびり堪能していたのだけれど、慌ただしいのが入って来て、そこで終了となりました。
◇
「ちょっと!
ちょっとそこ、どけて~!」
血相を変えたシュルルに率いられ、ぐったりしたグリースを3人の男達が運び込んで来ると、牛馬の解体も出来る作業台は結構広いので、端っこに場所を作ってそこへ横たえた。
枕代わりに、脂身の少ない赤い肉の塊を、えいやっと差し込んで。
「はあ~、少し様子を見て、大丈夫だったら帰って貰おうかしら?
家の方と連絡は執れる?」
「あ…その…」
緑海蛇団の1人が口籠る。残り2人もかなり困った顔を。
「どうしたの?」
「え?……実は……」
「おい、言うなよ……」
口を開きかけた男に、2人が首を左右に振った。
それでもと、逆に2人へ首を振り返し、その意見を跳ねのけて見せ。
「どうしたの?」
何やら、言いにくい事があるらしいと察し、これはどうしても聞いておかねばと、ずいっと歩み寄った。
「実は俺達、赤海蛇団を飛び出して来たから、もう……住む所が無いんだ」
「えっ!?」
「兄ぃは、余計な心配かけんな!って……」
「実はそうなんすよ」
「……俺達、みんな孤児だから……」
「あっ!? でも、心配しないで! マジで!」
「俺達が兄ぃに怒られっからさ」
「充てはあるんっす! 充ては! 本当っす!」
じりじり後ろに下がる3人の態度は、どうも即興で口裏合わせてごまかそうとしている様にしか思えなかった。
でも、まだまだお子様。ダンジョンの中で襲い掛かって来る有象無象の冒険者共に比べたら、大した事無い無い!
「貴方達ぃ~、今は下手に動かせないから、二三日絶対安静ね!
今回の騒ぎで、死人が出たらうちのギルドの評判が下がるわ!
仕方ないから、裏の納屋を空けます!
夜中に容体が悪くなって何てこっちの寝ざめに悪いから、貴方達も泊って行きなさい!
いいわね!?」
「「「は、はいぃぃぃぃぃ~~~~~!」」」
びくんと仰け反る様にその身を硬直させた3人は、ただ頷く事しか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます