第80話 さあ、肉食推進ギルドの開店よ! ⑤


 その炎を合図に、冒険者達は徐に黒いマント、黒い覆面、黒いマスクと黒づくめに。

 そして、黒い棍棒を手にぞろぞろとベイカー街へと顔を出した。

 2パーティ、丁度8人ずつに分かれた。魔法使いは各パーティーお留守番。

 例の店に集まった百人以上の人々を挟み込む形だが、焼ける肉に夢中でこの黒づくめの怪しい連中に気付く様子も無い。


「行くぞ……」


 誰が言ったのか、自分達でも判らない。


 パシン


 パシン


 掌で棍棒を打ち鳴らし、鼻歌を歌い出す。

 そのリズムに合わせ、一歩、また一歩と歩み寄る。

 言葉なんかいらない。無言で、殴りつければ逃げ出すだろう。下手に愛用の武器で切りつけたりしようものなら、街の連中なんて簡単に死んでしまう。

 ミスリル銀の武器。

 付与した打撃強化魔法や属性付与。

 刀身の溝に塗られた、致死性の毒。

 そんなものは、今回の仕事に必要無い。

 ちょっと脅せば、腰抜け共は逃げ出すだろう。みんな自分の身が可愛い。下手に関わればどんな目に遭うか教えてやるだけさ。


「教育してやれ!」


 歩みを早めようとした、その時。

 この通りに、鋭い笛の音が響き渡った。

 例の建物の2階に、どうやら見張りが居たらしい。食えない連中だぜ!


 もしかしたら、愛用品の出番もあるかもな……


 そんな想いがサッと流れた。





「ちょほ~いと、待ちなっ!」


 不気味な連中の登場に浮足だった人々の中から、くねくねと身をよじる様に、1人の男が転がり出るや、それに続きわらわらと3人の男が続いた。

 先頭に居るのは、緑海蛇団のグリース。そしてその他は団員だ。


「おうよおうよ!

 何なんだ、おめぇ~らよぉ!?

 どこのドイツ様で?

 チンドン屋ってこたあ~あんめぇっ!

 ひぇっひぇっひぇっひぇ!」


 不思議なステップで、まるで踊る様に啖呵を切るグリースに、謎の黒づくめの集団は、一瞬だがひるんだ様に思えた。

 だが、それも一瞬の事。マジ。

 一歩踏み込み、その顔面を棍棒で殴打した。


「げひゃっ!?」


「「「あ、兄ぃっ!!?」」」


 蛙の潰れた様な声で、見事なまでに空中1回転。どた~んとひっくり返ったグリースに、手下3人の悲鳴が見事にはもった。


「え?」


「「「「「「「え?」」」」」」」


「「「兄ぃ!

 しっかりしてくれぇ~っ、グリースの兄ぃっ!!」」」


 殴った方が、ぽか~ん。あまりの手応えの無さにびっくりし、硬直してしまった。

 だくだくと鼻血を流し、ぴくぴくと弱々しく震える様は、また何か不思議な生き物の様で。


「お、おい……」


「まさか、死んで……」


「あれで!?」


 殴った方が、妙な心配をちらほら。

 彼らは知らなかった。

 夕べ、グリースが怪物(シュルル)のデコピンを数発もまともに喰らって、脳にかなりのダメージを蓄積させていた事を。腫れは引いていた。だが、彼の体力は極限まで0に近い所迄落ち込んでいたのだ。それが、ようやく回復に向かっていた所なのに……


「グ、グリース!?」


 ようやく手持ちの肉を配り終わったシュルルが、人混みの中から滑り出した時には、全てが終わっていた。

 サッと救い上げ、グリースの頭を抱え込むや、ショックで冷え行く身体に熱エネルギーを与え活性化させると共に、傷口を修復させるべく血流と細胞の分裂を操り出す。


「誰!?

 こんな酷い事をしたのは!?

 貴方達、沼ゴブリン!?

 人間じゃ無いわ!!

 この人で無し!!」


 怪物のラミアに言われては世話が無い話。

 キッと睨まれ、余りの迫力に思わず後ずさった。


 おかしい。

 何かがおかしい。

 オーガやレッサードラゴン相手にも、気押されしなかった冒険者達が、たかが女1人の批難に半歩後退した。してしまった。


「へ……へへ……

 みんな、何びびってんだよ?

 こいつボコっちまえば良いんだろ?

 やってやる……

 やってやるぜ!」


 グリースを抱え、動けないでいるシュルルに、仲間を押しのけ1人が前へ出る。盗賊だ。

 得意の急所狙いで、イチコロ。その自信があった。

 そんなさ中、薄目を開け、グリースは目の前のシュルルを見上げ、僅かにほほ笑み、それから首を小さく左右に振った。逃げろと、精一杯の意思表示だ。

 だが、これにシュルルはにっこりと微笑みかけ、小さく頷いては、その冷たい脂汗が浮かぶ額をそっと撫でた。


「よせ!

 殺すまでは!」


「うるせえ!!

 ビビりは黙ってろ!!」


 男は、その頭部のこめかみ。頭骨の薄い部分を狙い、横殴りに思いっきり殴打してみせた。


 咄嗟に人々は小さな悲鳴をあげて目を覆う。


 どさり、地面に横たわったのは、自分が殴られた事に気付く事無く、意識を刈り取られた、黒づくめの男の1人だった。

 正確には、片方のパーティーリーダー。



「すとら~いく」


 シュルルは微動だにせず、微笑みながらグリースの身体を全身で覆う様に守り、そう告げた。


「う、え……?」


 男はシュルルを殴った筈なのに、いつの間にか仲間の後頭部を強打していた。

 幻覚!?

 感覚が狂わされている!?

 呆然自失。あまりの事に、思考と行動のバランスが狂い、ぎくしゃくとした動きになる。


「あ~らら。

 早く回復しないと、死んじゃうかも」


 満面の笑みで、そう教えてあげる。でも、そう簡単に逃がしてやる気は無い。

 償いはさせないと……

 そう思いながらも、半分、シュルルはグリースの健気さが可愛くて仕方なかった。

 バカな子だと想いながらも、こういう愛おしさもあるのだと、改めて感じた。


「まあ、少し踊っていきなさいな。

 死んでも、神殿へ行けば蘇生してくれるなんて、街は便利よね~?

 さ、踊りなさい……たっぷりと……」


「「「「「「「う……うわあああああ!?

 と……止めて!

 止めてぇ~っ!!」」」」」」」


 その言葉に、襲撃者達はゾッとしつつ、次なる奇妙なダンスの主役に抜擢された彼らは、人々にしばし笑いの渦をプレゼントする事となる。


 やがて、彼らは自ら動くのを止めた……


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