第80話 さあ、肉食推進ギルドの開店よ! ⑤
その炎を合図に、冒険者達は徐に黒いマント、黒い覆面、黒いマスクと黒づくめに。
そして、黒い棍棒を手にぞろぞろとベイカー街へと顔を出した。
2パーティ、丁度8人ずつに分かれた。魔法使いは各パーティーお留守番。
例の店に集まった百人以上の人々を挟み込む形だが、焼ける肉に夢中でこの黒づくめの怪しい連中に気付く様子も無い。
「行くぞ……」
誰が言ったのか、自分達でも判らない。
パシン
パシン
掌で棍棒を打ち鳴らし、鼻歌を歌い出す。
そのリズムに合わせ、一歩、また一歩と歩み寄る。
言葉なんかいらない。無言で、殴りつければ逃げ出すだろう。下手に愛用の武器で切りつけたりしようものなら、街の連中なんて簡単に死んでしまう。
ミスリル銀の武器。
付与した打撃強化魔法や属性付与。
刀身の溝に塗られた、致死性の毒。
そんなものは、今回の仕事に必要無い。
ちょっと脅せば、腰抜け共は逃げ出すだろう。みんな自分の身が可愛い。下手に関わればどんな目に遭うか教えてやるだけさ。
「教育してやれ!」
歩みを早めようとした、その時。
この通りに、鋭い笛の音が響き渡った。
例の建物の2階に、どうやら見張りが居たらしい。食えない連中だぜ!
もしかしたら、愛用品の出番もあるかもな……
そんな想いがサッと流れた。
◇
「ちょほ~いと、待ちなっ!」
不気味な連中の登場に浮足だった人々の中から、くねくねと身をよじる様に、1人の男が転がり出るや、それに続きわらわらと3人の男が続いた。
先頭に居るのは、緑海蛇団のグリース。そしてその他は団員だ。
「おうよおうよ!
何なんだ、おめぇ~らよぉ!?
どこのドイツ様で?
チンドン屋ってこたあ~あんめぇっ!
ひぇっひぇっひぇっひぇ!」
不思議なステップで、まるで踊る様に啖呵を切るグリースに、謎の黒づくめの集団は、一瞬だがひるんだ様に思えた。
だが、それも一瞬の事。マジ。
一歩踏み込み、その顔面を棍棒で殴打した。
「げひゃっ!?」
「「「あ、兄ぃっ!!?」」」
蛙の潰れた様な声で、見事なまでに空中1回転。どた~んとひっくり返ったグリースに、手下3人の悲鳴が見事にはもった。
「え?」
「「「「「「「え?」」」」」」」
「「「兄ぃ!
しっかりしてくれぇ~っ、グリースの兄ぃっ!!」」」
殴った方が、ぽか~ん。あまりの手応えの無さにびっくりし、硬直してしまった。
だくだくと鼻血を流し、ぴくぴくと弱々しく震える様は、また何か不思議な生き物の様で。
「お、おい……」
「まさか、死んで……」
「あれで!?」
殴った方が、妙な心配をちらほら。
彼らは知らなかった。
夕べ、グリースが怪物(シュルル)のデコピンを数発もまともに喰らって、脳にかなりのダメージを蓄積させていた事を。腫れは引いていた。だが、彼の体力は極限まで0に近い所迄落ち込んでいたのだ。それが、ようやく回復に向かっていた所なのに……
「グ、グリース!?」
ようやく手持ちの肉を配り終わったシュルルが、人混みの中から滑り出した時には、全てが終わっていた。
サッと救い上げ、グリースの頭を抱え込むや、ショックで冷え行く身体に熱エネルギーを与え活性化させると共に、傷口を修復させるべく血流と細胞の分裂を操り出す。
「誰!?
こんな酷い事をしたのは!?
貴方達、沼ゴブリン!?
人間じゃ無いわ!!
この人で無し!!」
怪物のラミアに言われては世話が無い話。
キッと睨まれ、余りの迫力に思わず後ずさった。
おかしい。
何かがおかしい。
オーガやレッサードラゴン相手にも、気押されしなかった冒険者達が、たかが女1人の批難に半歩後退した。してしまった。
「へ……へへ……
みんな、何びびってんだよ?
こいつボコっちまえば良いんだろ?
やってやる……
やってやるぜ!」
グリースを抱え、動けないでいるシュルルに、仲間を押しのけ1人が前へ出る。盗賊だ。
得意の急所狙いで、イチコロ。その自信があった。
そんなさ中、薄目を開け、グリースは目の前のシュルルを見上げ、僅かにほほ笑み、それから首を小さく左右に振った。逃げろと、精一杯の意思表示だ。
だが、これにシュルルはにっこりと微笑みかけ、小さく頷いては、その冷たい脂汗が浮かぶ額をそっと撫でた。
「よせ!
殺すまでは!」
「うるせえ!!
ビビりは黙ってろ!!」
男は、その頭部のこめかみ。頭骨の薄い部分を狙い、横殴りに思いっきり殴打してみせた。
咄嗟に人々は小さな悲鳴をあげて目を覆う。
どさり、地面に横たわったのは、自分が殴られた事に気付く事無く、意識を刈り取られた、黒づくめの男の1人だった。
正確には、片方のパーティーリーダー。
「すとら~いく」
シュルルは微動だにせず、微笑みながらグリースの身体を全身で覆う様に守り、そう告げた。
「う、え……?」
男はシュルルを殴った筈なのに、いつの間にか仲間の後頭部を強打していた。
幻覚!?
感覚が狂わされている!?
呆然自失。あまりの事に、思考と行動のバランスが狂い、ぎくしゃくとした動きになる。
「あ~らら。
早く回復しないと、死んじゃうかも」
満面の笑みで、そう教えてあげる。でも、そう簡単に逃がしてやる気は無い。
償いはさせないと……
そう思いながらも、半分、シュルルはグリースの健気さが可愛くて仕方なかった。
バカな子だと想いながらも、こういう愛おしさもあるのだと、改めて感じた。
「まあ、少し踊っていきなさいな。
死んでも、神殿へ行けば蘇生してくれるなんて、街は便利よね~?
さ、踊りなさい……たっぷりと……」
「「「「「「「う……うわあああああ!?
と……止めて!
止めてぇ~っ!!」」」」」」」
その言葉に、襲撃者達はゾッとしつつ、次なる奇妙なダンスの主役に抜擢された彼らは、人々にしばし笑いの渦をプレゼントする事となる。
やがて、彼らは自ら動くのを止めた……
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