第79話 さあ、肉食推進ギルドの開店よ! ④
(この人数はヤバイ! ヤバイよ!)
シュルルは心の中でヤバイを連呼していた。
自分で引っ張っときながら、大勢がいっぺんに焼き場へ押しかけ、火の中に何人もが倒れ込んで大やけど。そんな妄想が止まらない。
(ヤバイが……止めない!)
ペロリ舌なめずり。
さっきまでのお立ち台。もぞもぞと蠢く布の下、シュルルは残った鉄のタガを棒状に引き伸ばし、織り合わせ、そして起立させる。
集まった人々にとって、その下にまるで生き物がいるかの異様な光景だったが、魔法使いがいるならばと納得するのは容易だった。むしろ、ほろ酔い加減に、それを楽しんですらいる。
「さあ!! いよいよ焼き台の完成ですよ~!!」
シュルルが声を張り上げ、サッと布を引くと、そこにはまるで新品同然の、格子状をした、幅3m程の鉄のグリル台が立ち、その下には樽の残骸が無造作に転がっていた。
おおおお!
どよめく人々に笑顔で応え、しゅぱぱっと布を丸めては傍らに放り、シュルルはその下に転がる片面がワイン色に赤く染め上がった木材を数本引き抜いては適度にならした。
そして、指を三度パチンパチンパチンと弾く。
すると、表面の濡れた部分がシュッと乾き、即座にポッと小さな炎が。それは見る間に広がり、何とも言えぬ甘い香りを立ち昇らせ始めるではないか。樽の内側に残っていた、ワインがしみ込んだ部分が燃え出し、その香りが甘く揮発しているのだ。
「お肉お待たせぇ~!!」
「お肉お待たせぇ~!!」
「お肉おまた~!!」
そこへすかさず両手で抱える様に大皿を抱えたジャスミンとゼロ、ワン、ナルエーが飛び出し、軽く海水をくぐらせただけの串刺しの肉を、一斉に並べ始めた。
酔っ払い共をとろんとさせる炎に、運び出された肉の串刺しから滴る液がじゅわわっと黒煙を立ち昇らせ、強烈な引力となって人々を魅了した。
強火で焼くとあっという間に黒焦げだが、さっとくぐらせ表裏返した半生状態で引き上げる。その為、肉は総じて薄目に切ってあるのだ。
「散れ!!」
「う~い」
すかさず両手に持てるだけ持ったシュルルとナルエーが、左右に『肉焼けたよ~!』と叫びながら回り込む。人の3倍程度の速度で移動出来るラミアならではのぬるりとした動きに、焼き場になだれ込みそうな勢いがサッと二つに分かれた。
「くれぇっ!!」
「こっちこっちぃ!!」
「俺にも~っ!」
「ぎゃ、足踏むんじゃねえっ!!」
「あははは……
こ~なるんじゃないかって思ってた~♪」
焼き場の中央に残ったジャスミンは、目にも止まらない早業で、その両腕と尻尾をぐるんぐるん。次々と串を返しては延び来る手の中に、多少生焼けでも関係ないと、てきと~に放り込む。正に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
「次! 次!」
「あらほら!」
「さっさ~!」
「じゃあ、これお願い!」
ゼロとワンが空になった盆を手に振り向くと、1階の1畳分程の大窓が開き、そこから身を乗り出す様に、ハルシオンが左右に1皿ずつ肉が盛られた大皿を差し出して来た。
本来なら、そこが店の売り口になるのだが、今日は仮設の焼き場を外に設置というアドリブ営業だ。
店の奥では、ブライトとサニーの2人が、せっせと串に肉を刺している。
そして、裏手では地下室へ、にわかハーレム要員の搬入がエスパーダの手により、うふふっと秘密裏に行われており、それを知る者はギルド内に存在しないのだ。
さて、そんな表の様子を2階の窓から、寂しく眺めている薄幸のラミアが1尾いた。
今日は出禁を言い渡されてしまった三日月である。出禁と言っても、出入り禁止では無い、外出禁止なのだ。1日、大人しくしていなさいと、まるで小さな子供扱い。
それはそれで不満なのだが、実はお土産を貰ってちょっとはしゃいでしまった。
まるで小さな子供みたいだと、自分でも想う。
「みんな、楽しそうで御座る……」
流石にみんなが忙しそうにしているのに、自分だけお預け気分は矢張り寂しい。
ふと、手の中のお土産を見る。
チンと鯉口を切っては、すうっと浮かび上がる反射光に、ほおっと目を細めてにやついてしまう。
危ないラミアである。
実はこれを見せたくて、さっきからうずうずしているのだ。
誰にって、みなまで言わせんなよ、コラ。
あのトンチキ小僧に決まってんだろ、おい。
そんな心情なのである。
思わず、目で追ってしまう。
みんなとワイワイ、実に楽しそうである。
一応、人の整理もしてくれているみたいだけど、酒と肉串を片手のそれは、ホント……
「あ~、むかつくで御座る!
むかつくで御座る!
何でそれがしがお預けくらわにゃ、ならんので御座るか!?
そもそも、ハックが夕べ無茶な勝負を挑んで来なければ、だのにぃ~!」
尻尾をびったんびったん。
三日月の結構大きめの愚痴は、人々の喧騒にかき消されてしまい、誰の耳にも届かないのである。実に、かまってちゃんである。
そんな三日月が、またもふと外へ視線を泳がせていると、変な連中が居るのに気付いてしまった。
「むむむ……???」
顔に縦線の影が差し込みそうな、怪訝そうな顔の三日月。
実に変な奴らである。
同じ格好で、横一列に並び立ち、この通りの左右からゆっくりと、このお祭り騒ぎに向かって歩いて来るのだから、これは絶対に『変』なのだ!
すかさず、三日月は左右の人差し指を口に突っ込み、指笛を吹き鳴らした。
敵の襲来を告げる、警鐘をだ。
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