第73話 さあ、肉食推進ギルドの開店よ! ②


 ずんずんずんずん奇妙な行列が街を行くよ。


 パカパカがらがら荷台に牛の丸肉ぶ~らぶら、後ろに気持ち悪い巨人を従えて、その後ろを大勢の人間が酒だるごろごろ転がして、ぐるり街中を大横断。着きましたはパン屋が軒を並べるベイカー街。

 芳ばしい香り漂う、至福の通り。

 太陽は中天に近く、その香りも早朝程では無いが、どこか安心させるフレバー。

 そしてお店の前には、既に十数人の男達が待ち構えておりました。


「あら、お帰り~!」

「待ちわびたで御座るよ~!」


 2階の窓からジャスミンと三日月が大きく手を振ってお出迎え。どうやら、店の前に集まっていた男達とおしゃべりしていたみたい。

 2尾とも目を大きく見開いて、何とも嬉しそうな明るい笑顔。笑顔って素晴らしい!

 他のパン焼き屋からも、この珍妙な行列を見に、わらわらと人が顔を出して来ます。


 因みに、ここのパン焼き屋は、パンを焼いて売るお店の事では無く、小麦粉を預かってパンを焼き、その手間賃を戴くのが商売。1日、朝食用と夕食用の2回焼く。

 なので、この時間はもう窯を休めて、少し暇らしい。


「みんな~、ただいま~っ!!」


 ようやくここまで来た。そんな感慨が身を駆け抜け、シュルルも大きく両手を振った。


「シュルルさ~ん!」


 そう言って、不気味な巨人の出現にぎょっとする男達の中から、ふらふら飛び出す1人の男。

 シュルルは一瞬、えっと誰だっけ?と思い、まじまじと凝視した。

 顔は見覚えがある。だけど、言い様の無い違和感。頭に包帯をぐるぐる巻き、そのへんのチンピラ風の風貌。ここまで出かかった、何とももどかしい感覚。え~、誰っ!?


 額が異様に膨らんで見える。

 最近、鼻の大きな『あのお方』とにらめっこしたばかりだから、この程度人間離れした面相では驚きもしないが、ちょっと風変わり。


 そうこうしていると、男は馬車に近寄り、御者台に座るシュルルとにらめっこ。シュルルも吊られて身を乗り出した。


「え~、と……?」


「酷いッスよ~!」


 ちょっと言い淀んだだけで、器用に歩きながらもぎゅるんと身をよじって身悶える。その奇妙な動きで判ったよ。でも、ちょっとキレがいまいちかな?

 酷いけど、その瞬間まで自信無かった。

 何故なら……目、左右に離れて無い?

 ヨクヨク見ても、ほぼグリース。

 違和感の正体は、その膨らんだ頭部だけじゃなく、身体に巻いた緑の布!


 赤じゃない!


 赤じゃないの!!


 それが8割方、違和感の正体!!!


「どうしたの、それ!?」


「へ、へへ……おうよ! 赤海蛇、抜けちゃったっす!」


 うわっと思った。

 今朝のご近所様の反応やらで、赤海蛇団にもイキリ屋の手が回っただろう予測はついていたけれど、抜けちゃったかあ~。そこまで付いて来てくれる程の事をしてあげた覚えが無いんだけど~。

 これは、ちょっと戸惑うを通り越して申し訳ない。

 その頭が腫れてるのって、やっぱり自分がデコピン連打した性だよね?


「大丈夫なの?」


 色んな意味で。

 正に腫れものを触る手付きで、グリースの頭部に。


「おうよ! 平気っす! 今の俺は、緑海蛇団の団長様っすよ~!」


 あはは~っと胸を張って叩いて見せる、その清々しいまでの笑顔。

 ちょっと頭が痛いみたいで、一瞬顔をしかめてみせたり。

 そんなグリースの周りに、上をちら見しながらわたわたと7人の団員達が集う。それぞれに、緑の布を身に付けて。

 そして、馬車は店の建屋の前に停車した。


「ほんと、もうバカね」


「お、おうおうおうおうおう……」


 うおっと騒ぐ男達を尻目に、シュルルはその腫れて膨らんだグリースのおでこに、ぬうっと不自然なくらいに身を乗り出し、ちゅ~っと。

 ちょっとムードもへったくれもないキスだけど、グリースは石化したみたいにピタリと動きを止め、目だけ異様に大きく見開いていた。


「はい、おしまい。

 みんな、荷下ろし手伝ってくれる?」


「「「「「「「うおっす!」」」」」」」


 元気の良い返事が通りに響き渡り、硬直したグリースを残し、全ての時間が動き出す。

 そんな彼らが笑いながら、ふとグリースの顔を凝視した。


「あ、あれれ!?

 団長!

 顔、戻ってないっすか!?」

「マジだ!!」

「あんなに腫れてたのに!?」

「「「「おおおおっ!?」」」」


「ふぇ?」


 慌てて頭の包帯に手を置いたグリースは、きょとんとした顔でシュルルを、周りのみんなを見渡してから、一気にそれを取り去った。


「痛くねぇっ!!! 痛くねぇぜ、ヒャッホーッ!!!」


 ぐにゅぐにゅ顔や頭をいじくり回し、小躍りするグリースにクスリと微笑み、シュルルはパンパンと手を叩いた。


「さあさあ、皆さ~ん!

 空の酒樽で真ん中に舞台を作りますから、こちらへお願いしま~す!

 中身のある樽はその左右に、少し離して置いて下さいね~!

 エスたんは、お肉降ろしたら荷馬車を裏口から入れて~!

 ゼロワンは二階の窓から入っちゃって~! 入っちゃって~!」


 これに、わらわらと人々が動き出し、続き不気味な2色の巨人も建物に頭から突っ込む形でにゅお~~~んと!


<<<<ゴッ>>>>

「「「「痛っ!」」」」


「む~、近付き過ぎよ!」

「危ない危ない」

「バカバカぁ~!」

「みんないっぺんは無理だよ~!」


 もう何やらぐっちゃぐちゃ。

 どうやら、一つの窓から一度に入ろうとして、頭ごっつんこしたみたい。

 これは珍妙な光景と、集まったみんなでびっくり仰天。まるで空が真上から落ちて来るみたいな威圧感。影が大きく広がります。


 ブライトやサニーを先に入れてあげればいいのにな~と、苦笑いのシュルル。


「ダメなら屋上~!」


「「「「あぱらぱ~!」」」」


 陽気な掛け声と共に、頭部内で肩組している2尾と2人がつるつるの壁伝いによじ登る。

 尻尾をぎりぎり伸ばして、ようやく縁にしがみつこうとする腕を何本もの腕が迎え入れた。


「ひゃ~、助かるよ~!」

「酷い目にあった~!」

「怖かった~!」

「落ちるかと思ったよぉ~!」


 みんな口々にいっぺんに言うものだから、ただ五月蠅いだけ。

 引っ張り上げた方も苦笑いだ。


 そんな中、ハルシオンだけは、その純白の髪をサッと一撫で。恭しく一礼して見せた。

 如何にも紳士的な黒い礼服が強烈なブラックサンの陽光に栄え、影が差す深紅の瞳が柔らかに微笑む。


「さて、お客様。

 当店のご利用は初めてでしょうか?

 上着など御座いましたら、こちらでお預かり致しましょう」


「「……誰?」」


 三日月とジャスミンの顔は、一目みればわかるゼロとワンも、このちょっと毛色の違う、しかも男に想わず目を奪われてしまった。

 ちょっと柔和な面差し。これまで遭遇した事の無いタイプに、ゼロとワンは少し慌てて毛づくろいに鱗づくろい。

 そんな2尾をからかう様に、傍らのジャスミンはすすっと寄り添って、その尻尾を絡め、実に楽しそうにその耳元に囁くのである。


「ダ~リ~ン♪ こっちの2尾は私達の姉妹なの~。

 さ、自己紹介自己紹介」


「「ダーリン!!?」」


 改めて2尾に手を差し出し、握手を求めるハルシオンと、幸せオーラ満載のジャスミンを見比べ、唖然茫然愕然である。


「初めまして。

 ハルシオンと申します。

 もうすぐ、義理の兄になるのかな?

 それとも弟?」


「どうかな~?

 ハ~ル君。

 好き好き~♪」


「こらこら……僕もだよ……」


 そして、自然な恋人繋ぎにその手を。

 途端にいちゃいちゃし始める1尾と1人に、2尾は爆ぜろと心の底から願うのであった。

 そして三日月は生あったっかい眼差しで、この心温まる光景を眺め、子供の2人はあまり良く判って無かったりする。



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