第74話 さあ、肉食推進ギルドの開店よ! 【イキリ屋サイド】
巨人が建屋の屋上へ、にゅるりと不気味な変容と共に消えるのを遠くに眺め、男達は溜息を吐いた。
ちょっとした驚き。
そういった気配を互いに読み取り、相席に座す2人は、ふふんと鼻で笑ってみせた。
「あれは、幻の類かも知れませんな。
本物の巨人ならば、酒だるを運ばせないのはおかしい」
「わしもそう思った。
化けの皮が、ペリリと剥がれたと言った所か」
「くくくくく……」
「はぁ~っはっはっはっはっは!」
膝を叩き、互いに一しきり高笑いを楽しんだ後に、ゆったりとした赤い内装の背もたれに身を委ねた。
ギシリ……
馬車のきしむ音が僅かに響く。
男達は、この薄暗い馬車の中から、外の光景を眺めているのだ。
馬車は肉食推進ギルド『アイミートユー』のある通りの外れに停車していた。ここから、この通りの様相は手に取る様に判る。
黒い革張りの大きな2頭だて馬車。
貴族等が利用する高級品であるが、この馬車にはエンブレムが無い。
あえてその様な馬車を用意したのは、当然、肉屋ギルドの長、イキリ屋トゥーベー。
「ふう~……」
重い息を吐き、額に浮かぶ玉の様な汗をレースのハンカチで拭うイキリ屋。
そのだぶついた肉体を深々と沈め、不敵な笑みを浮かべ、相対する男を見据えた。
「今度こそ、頼みましたよ。
冒険者ギルドの」
「ええ、ええ。
判っておりますとも。
これまでは、たかが女、若造と思い、低ランクの構成員に襲わせて失敗しましたが、今度はぁ~違います!
ご安心下を……その為の冒険者ギルドです」
「くくく……そのセリフ、何度目かの?」
イキリ屋に揉み手の男は、さもひょうきんに顔をしかめ、さも頭が痛い風を装った。
冒険者ギルドのギルド長、フランキー。元A級冒険者であり、昔は不死身のフランキーで通った腕利きのシーフ。
パーティーが全滅しようが必ず生きて帰った事から、そのあだ名がついたという曰くつきの人物だが、手より口の方が上手いともっぱらの評判。
「これは手痛い!
ですが、『黒炎狼』『黒き毒蠍』『漆黒の一角獣』『闇色の眼鏡』『鉄G黒光り』と優秀なCランク以上のパーティーで構成された討伐メンバー。
本日はお得意様であらせられるイキリ屋様にも、ご満足戴ける事かと……」
「よせよせ。
ふぅ~……
無図痒いわ」
イキリ屋はまたも汗をひと拭き。もはや、べちょべちょとなったハンカチを傍らに投げ捨て、横から差し出された新しいものを額に充てた。
これにもう一押しと、傍らのワインで口を湿らせたフランキーは、ざっくりとした捕捉を述べた。
これまでのE級D級冒険者達とは違うのだよとばかりに。
「ふはははは……
オーガやレッサードラゴン程度なら1パーティーで屠れる者達ばかりです。
ちと可哀そうにもなりますが、致し方ありません。
これも冒険者商売というもの」
「おおっ、言いますなあ~」
「舐められてはいけませんからねぇ~。
おりしも本日は融通の利かぬ7番隊が非番の日。
今日の番周りは鼻薬の利く者達ばかり。
イキリ屋様には、大船に乗った気で戴ければと……」
「……奴らが肉を焼き始めたらやってしまえ」
「了解致しました……」
フランキーは恭しく一礼すると、コンコンと傍らの窓を叩いた。
すると、その向こうに人影が。
これに素早く手で複雑な形を描いた。いわゆる手信号だ。
冒険者の中には、音も発てずに意志の疎通を行う事が出来る者がいる。
魔法に頼らぬ技術の1つである。
表向きフランキーは既に荒事から引退した身であるが、その技術は1級品。ありとあらゆる状況を想定して策を練る。
その知恵と、暴力装置である冒険者の力が合わさり、公都ブラックサンの裏社会の秩序を保つ、一翼を担って来たのだ。
今回は、いささか力業に頼ってしまったのだが。
多少の出費、損失より守るべきものがある。それが信頼。裏社会の信頼である。
「では、こちらも肉を焼くとしよう。
ふぅ~……
ジェフ!
こちらに、最も良い部位を焼いてさしあげろ」
「は……」
影の様に佇む男、粗挽きジェフは短く一言、そう答えると一画に備え付けられた調理台へと向かった。
既に釜戸の火は十分に温まり、愛用の肉包丁をぬらり取り出すと、予め準備しておいた肉の塊に2又フォークを突き立て、すうっと刃を沈めた。
感覚で、最も美味い肉の厚さを捕らえ、一切の迷いも無く切り刻む。
室内にカチャカチャと金属の触れ合う音が静かに流れだし、何とも言えぬ雰囲気を醸し出す。
傍らでこの様な音を聞かされ続けると、さしものフランキーも妙にそわそわしてしまい、じゅんじゅわ~っと調理されて行く肉をチラ見しては、童心に還った様な気分になっていった。
「おお……
私は、このイキリ屋様のステーキが大の好物でして」
「美味しく召し上がって戴けて肉屋冥利に尽きるというもの。
どうぞ、心行くまでイキリ屋のステーキをご堪能下さい。
代わりに、ワシは商売仇が消え去る光景を心行くまで……」
スッと手元のタンブラーを持ち上げ、イキリ屋が勧める仕草。
これを受けて、フランキーがグラスを空けて差し出すと、深い笑みを浮かべたイキリ屋は、それへ血の様に赤いワインを注いだ。
そして、次にフランキーがタンブラーを預かろうとするのを手で制し、自分のグラスへと注ぐ。
「イキリ屋様はワルですなあ~……」
「お互いな」
2人はグラスを持ち上げ、さも楽し気にそれを寄せ合い、軽やかにチ~ンと鳴り響かせるや、それを一気に飲み干す。
「「ふぅ~……
ふ、ふふふ……
ふわあ~っはっはっはっはっは!!!」」
腹の底から湧き上がる笑いは、止まる事を知らないかの様であった。
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