第40話 命と領地
イアラは、自分の判断ミスで、
「戦闘になっても、決して巻き込まれないように」
と修道院長から念を押されていたのを、聞き流してしまった不甲斐なさを悔やんでいた。
自分達は捕虜ではないと、けがをした女傑騎士団の為にも、聖人テテサに認めてもらわなければならない立場に追い込まれていた。
そして、何よりも耐えられないのは、何かと女傑騎士団を揶揄する皇太子の顔が浮かんで、女傑騎士団が捕虜となってしまっては、イアラは、王女の立場と女傑騎士団の存在意義がなくなってしまうとの不安が襲った。
聖人テテサとイアラ王女の居る、部屋の向かい扉から現れた人間種マーガレットと、
エルフ種パトラや猫人種マティーレの珍しい異種族の組み合わせを、イアラは不思議そうに眺めていた。
彼女らはテラスに向かい、聖人テテサをテラスの丸いテーブルに呼び、ガラスだけの扉を閉るのをイアラは注目している。
聖人テテサと人間種とエルフ種や猫人種の美貌際立っている四人は、テラスにおいて、活発な意見交換を交わしているが、イアラにはガラス扉で遮られているためか聞き取れない。
特に聖人テテサとエルフ種パトラの対立が、激しいようである。
テテサとパトラの対立原因は、イアラの行動結果が二人の対立原因である。
テテサは人道的にイアラ王女をかばい、パトラは戦士しての立場の違いである。
矢張りパトラも同じ女性として、女の捕虜には抵抗があるようで、言いたい事だけを言うと引き下がったようである。
四人の会話が終わったようで、聖人テテサはイアラの横に来ると、
「王女様に置かれては、今回の戦において、無関係であるが、武装した状態で、戦場に現れたのは、無知すぎでしょう。」
「確かに、無謀でした。」
「王女様率いた女傑騎士団と、エルフ種族騎馬隊の戦闘は、互いの勘違いということで、和解しましょう。」
「和解に対しては、異存はございませんが、我々は捕虜ではないと、思ってよいのでしょうか?」
「捕虜ではありません。亜人協力国領地に倒れていた負傷者です。」
イアラはベッドに横たわったまま、再び皆のベッドの並んでいる部屋へ戻された。
肩下だけの怪我人は三名だけで、殆どが肩下だけでなく手足の骨折者でもある。
命を失くした者達が居なかった事が、イアラは幸いだったと思うことにした。
夕食時イアラ等女傑騎士団は、噂で聞いた精力が付く魔物肉が差し入れられた事で、体力の回復が蘇ったのか、痛みも無くなった様に思える。
モニタースクリーンに、航宙技官の溶接技能講習を受けた猫亜人技能者による、樹海の中に傍向かい合わせに造られた檻に、ヘレニズとトマトマはハービーハン、ハスネ、ヒビイ、トトラら四人の将軍少将エルフに引かれて、それぞれの檻に収監されている。
「ここが、捕虜収容所です。安全な場所ですから、寛いでください。
もし条件を受け入れるのであれば、ぶら下げてあるボタンを押してください。
話し合いに応じます。」
と、ハービーハンは二人の捕虜に呼び掛け、檻から離れていった。
鹿島は朝食を済ませて、モニター室に出向くと、陸戦隊が全員揃っている。
昨夜の当番は、ヤンとホルヘの二人で、
「昨夜のヘレニズとトマトマは、半狂乱でした。」
と、ヤンが説明して、モニタースクリーンをアップした。
映像には、五匹の黒い猛獣コヨーテ似豚鼻が、檻に近寄り二人を威嚇しだしている。
二人はそれぞれの檻の中央で震えているが、豚鼻の爪は二人の居る中央位置までは届かないようなので、二人は檻の中央でへたり込んでしまい、トマトマに至っては、ぶら下げてあるボタンを押し続けている。
豚鼻はそれでも諦め切れないのか、檻の周りを徘徊しだした。
豚鼻が徘徊をやめて、樹海の奥を警戒する等に威嚇の体制になると、トカゲ顔似のダーホーが四頭現れた。
ダーホーは攻撃的態勢であるが、豚鼻はダーホーの爪と牙の毒を知っているようで、遠巻きに威嚇している。
互いに正面から向き合い対峙しているが、ダーホーの攻撃を豚鼻は避けているだけのようであるが、一頭の豚鼻がダーホーの背後から襲い掛かり乱戦となった。
しかしながら、ダーホーの爪と牙は、一頭の豚鼻の鼻先に爪先を食い込ませて倒した。
爪先を食い込まされた豚鼻は、もんどりうちながら、腹を上に向けて痙攣している。
残りの豚鼻は、形勢不利と思ったのか、樹海奥に逃げ去った。
ダーホー同士が、豚鼻の絶息した肉を奪い合う光景に、ヘレニズとトマトマは、小便を漏らしたのか、檻の床から水滴と液体の流れが確信された。
ダーホー四頭の胃袋は、豚鼻一頭では喰い足りないのか、檻の二人に襲いかかった。
檻の格子は、ダーホーの頭を通さない狭さで、イラついたダーホーは、頭を格子に向けて突進しだしたところ、丈夫な格子のようであるが、檻の受ける衝撃はかなりのようで、
ダーホーの頭が格子にぶつかる度々に、檻は右に左に揺れだしている。
ヘレニズとトマトマは、半狂乱に成りながら、ぶら下がったボタンを引き契り、
ボタンをしっかりと握りしめて何度も押している。
ダーホーは時々諦めた様に静かになるが、しかしながら諦め切れないのか、格子に何度も頭を打ち付けてくる。
ヘレニズとトマトマは何度目かの攻撃で、ボタンを檻の外に落とした後に、直一層大声で喚いている。
ヤンとホルヘの二人は、ヘレニズとトマトマをかわいそうと思い、救助に向かおうとしたが、ダーホーも疲れたのか寝入ってしまい、静かに成ったのでそのままにして、今に至っていると報告した。
鹿島はタゴールとキキロにカイラを伴い、二台の軽機動車で、捕虜収容所に向かった。
鹿島達が捕虜収容所に近づくと、ダーホーは威嚇する様に、首を横に激しく振り出した。
皆一斉に魔物の尾刃剣を発動させて、ダーホーに向かい、難無くダーホーの首を切り落とし、首と足首をレーザー銃で時間を掛けて墨にした。
ヘレニズとトマトマは目の下にクマを作り、顔はゾンビの如く青ざめて、
ぐったりと打樋枯れている。
鹿島達が声をかけても上の空で、目は宙に向けたままである。
絶息したダーホーを今日の食事として、耕作地に居る人と猫亜人の集落に運んだ。
車からダーホーを降ろしていると、人間の老婦人がトマトマに気付き、
小枝をもって近づいて来るなり、トマトマに襲い掛かった。
「孫を返せ、娘も返せ!」
と叫びだした。
鹿島達は慌てて引き留めて訳を尋ねた。
「食料はすべて、種籾までも搾取して、孫も娘も寒い冬を越せず、餓死してしまったのです。」
「悔しかったのは解ります。今度はトマトマの番です。トマトマの領地は、
亜人協力国の領地になります。」
鹿島達は老婦人をなだめ終えると、捕虜二人を連れて艦の迎賓室に向かった。
イアラ王女は病室での食事の後に、聖人テテサが迎えに来て、
「ヘレニズ.サンビチョ公爵様とトマトマ伯爵様に対する、亜人協力国の要求と処分を行います。立会願いませんか。」
「はい、是非とも参加させて下さい。叔父上様の処分が軽くなるように、口添えお願いできませんでしょうか。」
「私もこの国の方針を決める運営委員です。人道的介入は出来ますが、
公爵様が現状を理解せず、カジマ提督閣下の要求を断り、
交渉対応の本質をすり替えたりして、交渉決裂にすると難しいでしょう。」
「本質とは?」
「公爵様と伯爵様が、亜人協力国に攻め込む計画を建て、
他国に攻め入る常套手段である傭兵を募集したことです。
これは公爵様と伯爵様からの宣戦布告です。互いの国の取り合いです。
国の争いにおいては生か死か、取るか取られるか、又は両方共かの選択が常識であるので、公爵様と伯爵は、死か、取られるか、最低限どちらかを失わねば成らないでしょう。
両方とも失わないように、公爵様と伯爵は覚悟を決めなければなりません。」
と、テテサは冷たく宣言した。
イアラ王女はまだ歩くのは困難なので、猫種娘二人にベッドから担架なる物に移されて運ばれた先には、叔父上様と伯爵の居る部屋に案内された。
イアラ王女は叔父上たちの向かい中央に、先程ガラス壁のテラス居た人間種マーガレットと、エルフ女性の身に着けていた同じ甲冑を着けた若い男の鱗甲冑に見入った。
虹色や鳥の羽みたいに角度を変えると、いろんな色に輝いているのが見て取れる。
これが伝説の魔物の鱗甲冑だろうかと、見入ってしまっていた。
鹿島は立会人をテテサにお願いして、同意書作成は、マーガレットとパトラやマティーレにお願いした。
ムースンとミクタは傍観者として皆を召集した。
テテサは是非とも立ち会人をしいたいと言い張り、サンビチョ王国の王女イアラも立会人として、同席させてくださいと懇願してきたので、軍事上層部は軽く承諾していた。
「トマトマ、お前の領地は、白金貨五十貨だが、お前の領民だった餓死者の供養として、二十五貨、お前の取り分は二十五貨とする。異存があるか!」
と、鹿島は恫喝した。
トマトマは頭を垂れて、すでに魂が抜けたのかと思うぐらい、腑抜けた顔で同意した。
樹海で一晩過ごした出来事から来た茫然自失なのか、老婦人からの仕打ちを受けた悔恨の情なのか分からないが、自らの悪事を認めたと思うことにし、後で幾ばくかの援助をしてやらねばならないだろうが、次のヘレニズとの交渉が控えているので、
鹿島としては、この場ではトマトマに厳しい態度を示さなければならない。
トマトマに温情を示す事は、この場では出来ない事であるし、してはいけない事だと思った。
イアラ王女は、兵を捨てて、たった一人で女傑騎士団の中に逃げ込んできたみすぼらしい伯爵を思い出して、若い男と伯爵のやり取りは、仕方のないことだろうと想いながら、自分らに迷惑かけた責任問題をも追及したくなった。
イアラ王女はトマトマ伯爵の受けた、一方的な同意条約を他人事のように思えて、若い男の綺麗な魔物の鱗甲冑に見入り、角度を変えながら色の変化を不思議な思いで観察していると、出来ることならば欲しいと思った。
「ヘレニズ!お前は権利があるからと、俺等が倒した魔物をよこせと言って、戦いを仕掛けてきた。だったら、俺たちがお前の領地をよこせと言っても、お前の理屈だと可能だろう。」
「そんなの屁理屈だ。」
と、ヘレニズは強がった。
「では、どういう落とし前を着ける心算だ!」
「身代金でどうだ。」
「いくらだ!」
「白金貨五十貨でどうだ。」
「よし!白金貨五十貨で、お前の安い首を買おう!勇者の剣で試し切りだ!マティーレ、白金貨五十貨を用意しろ!」
「どういう意味だ!」
「俺とお前は交戦して、俺が勝った!だからお前の全てをいただける権利があるはずだ。
だがら、お前の領地は頂くが、聖人テテサの願いで命は取らないつもりであったが、
お前は自分の首に白金貨五十貨を付けた、俺が買ってやろう。白金貨はお前の家族に送る。」
担架で運ばれてきて、鹿島を始終観察していたサンビチョ王国の王女イアラが、横から口出しした。
「白金貨二百貨出します。命だけはお助け下さい。」
若い男と叔父上様の話が、領地の交渉から叔父上様の命のやり取りに変わったので、
つい叔父上様を庇護したくて、話の中に割り込んでしまった。
父である国王陛下であれば、頼りにしている有能な弟であり、その助命の為ならば白金貨二百貨は出すだろうと思い、つい出た言葉であった、
しかしながら若い男の言葉は、慈悲のかけらもなく、すべてを奪うと宣言している。
聖者テテサ様の言われた、問題の本質が変わっていることにイアラ王女は気付き、
叔父上様も気が付いて欲しいと思い押し黙った。
「俺は落とし前をつけたい!俺は白金貨二千貨用意しよう。
マーガレット首席行政長官、白金貨二千貨用意しろ。」
「はい、カジマ提督閣下、すぐにお持ちします。」
「俺は、人の命は金に換えられないと思っていたが、サンビチョ王国では、命が金に換えられるとは知らなかった。」
白金貨二千貨はコーA.Iの調査と、ムースンの助言によれば、ヘレニズ公爵領の十年分の税入であろう。
しばらく沈黙が続き、陸戦隊十人が金貨木箱を持ち、マーガレットに付き従い現れた。
「カジマ提督閣下、白金貨二千貨用意しました。」
と、言いながら、テーブルの上に、白金貨二千貨を積み上げた。
「王女イアラとやら、ヘレニズの首と白金貨二千貨を預ける。持ち帰ってくれ。」
白金貨二千貨は既にテーブルに積み上げられたが、イアラ王女は傍の担架を押し退け、深椅子から痛々気に起きだすと、テテサに跪いて懇願した。
「聖者テテサ様、助けてください。」
イアラ王女は狼狽して鹿島の話を遮り、交渉の本質課題に戻りたく、聖者テテサ様に口利きと助けを必死に懇願しだした。
「傭兵募集を行い宣戦布告したのは、ヘレニズ.サンビチョ公爵様です。
剰(あまつさ)え、盗賊みたいに、倒した魔物を強奪仕様とした事は、尚も許されません。
ガイア様に愛された亜人協力国とサンビチョ王国は、今戦争状態に入っているようですが、
魔物を倒して魔法の爆裂をも駆使して、
魔法の剣や勇者の剣を用いて、
魔物の鱗甲冑に身を包んで、
魔法の矢の筒で敵をなぎ倒し、
ガイア様の眷属をも従えて、
魔法の荷車で疾風迅雷出来る、
このような国を相手にしたならば、多くの死傷者が出ますので、
両国は戦争を終結して頂きたく思います。」
聖者テテサ様は、叔父上様を諭すように話し出したが、叔父上様は理解しているのか不安になり、イアラ王女は、
「叔父上様、何かを捨てでも、命が助かるなら如何にでも収めましょう。」
と、本題に戻るよう催促した。
叔父上様も聖者テテサ様の言葉は、厳しい状況であると伝えようとしている事を理解したようである。
「今、亜人協力国と戦争をしても益は無い。我が領地で済むなら休戦しよう。
そして国交を結び、互いに商取引を活発にしたい。」
「では、条約締結書類の作成をして、お互いにガイア様に誓いましょう。」
「良しなに。」
ヘレニズ.公爵領改め、亜人協力国湖領として、
トマトマ伯爵領改め、亜人国パンパ領と決めた。
ミクタに新たな指令として、パンパ領民のトマトマ被害者の調査と、白金貨二十五貨の分配を頼んだ。
鹿島はムースンを別室に呼び、亜人協力国はサンビチョ王国との交易を行なう際、
全ての商取引の窓口にヘレニズを指名して、便宜を図って欲しいと指示した。
「ヘレニズは、トマトマみたいな馬鹿ではない様になので、
ヘレニズへの売値は、小麦、イモ類、銀貨二貨で固定してほしい。」
「食料は今高騰しています。麦とイモ類の相場は、一キロ当たり銀貨三.五貨です。」
「亜人協力国に対しての、ヘレニズの恨みを少し減らしたい。
ヘレニズが、サンビチョ王国で大量の食料を安く流通すれば、領地を失くした風当たりも弱くなるでしょう。」
「先ほどの白金貨二千貨の恫喝には驚きましたが、閣下は優しい人ですね。
領地を併合したのは領民の為に、更に、追い出した領主のプライドを守ってあげて、
生活基盤を安定させてやる。できた人です。
私はいい指導者に巡り合いました。一生涯、閣下に付いていきます。」
こそばゆいムースンの言葉に、鹿島ははにかんで見せた。
その日は、ヘレニズ.サンビチョ公爵領地と、トマトマ.ドンク伯爵領地の併合条約締結祝いと、魔物の肉が手に入った事で、各集落では、亜人協力国成立以来の盛大な宴会が行なわれていた。
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