第35話 兵棋演習
門衛士兵から、傭兵らしき男がテテサを訪ねてきたとの連絡が入り、名をミクタと名乗ったらしい。
鹿島の記憶にシリーの叔父ミクタ侯爵が浮かんだ。
鹿島が迎賓室に入ると、運営委員の四名にムースンとシリーに、皮甲冑をまとった傭兵風の三十代後半の男が居る。
テーブルの中央が空席であるのでそこに向かい着席すると、テテサが鹿島に口を開いた。
「閣下、ご候掛けます。今日訪ねて来た元ヒット皇国侯爵、ミクタ.ガザーイです。シリーの叔父です」。
テテサの説明によると、トマトマ.ドンク伯爵領にて、領民の軍事協力が思わしくないので、かなりの傭兵を募集中らしく、ミクタもそれに応募する予定でパンパ街に来たらしい。
ミクタは、パンパ街での聖者テテサの噂を聞いて、噂の主は、姉上の親友であるテテサであると確認した。
今は亜人協力国に居るとの噂を知り、亜人協力国に同行した娘たちはシリー達ではないかと、一藁にすがる思いで来たとのことである。
パンパ街での傭兵募集の目的は、各地では常時と化している争いであるが、此のところ近隣国でも戦闘が激しくなり、各国は穀物不足に陥り、亜人協力国の穀物掠奪を目的に、隣領地の同じサンビチョ王国ヘレニズ.サンビチョ公爵との連合で、亜人協力国に対して軍事行動を起こす予定での軍強化であるらしい。
亜人協力国としては、まとめて二領地を手に入れる、歓迎の展開である。
総司令官の説明では、三八式歩兵銃三千丁が揃い、百の火炎放射器も製造で来たとの報告がなされていて、更に、騎士団長ヨーコーの勇者の剣をパトラの剣と交換できたことで、コーA.Iと航宙隊総出で、発動条件を調査中とのことである。
亜人協力国の戦闘準備は万全のようである。
後は鹿島達に都合の良い、何時、何処で、どの様にするかの事だけである。
シリーは鹿島達の話に関心が無いようで、ただミクタの手を握りしめている。
今日まで不安であったのか、シリーは叔父の出現に心強さを表している様子で、華蓮ささえも漂わせている。
ミクタは鹿島達の話が途切れたのを確認すると、
「僭越(せんえつ)ながら、私もお願い申し上げます。シリーは元王女でございましたが、ヒット皇国奪回を諦め、亜人協力国に迷惑をお掛けしない形で、かたき討ちの目的を果たしたいので、愚生なシリー達全員と私奴を、亜人協力国の住民にしていただきたいのです。
我ら全員、ガイア様に誓い、亜人協力国に忠誠を誓いますので、提督閣下の配下にお加えください。」
ミクタはかなりの苦労と、ヒット王国の奪回に向けて仲間を募り試みたが、しかしながらヒット王国の防御は固くて、仲間たちの勢力では出来ない事を悟り、未熟な自分の力を感じたと、うなだれている。
ミクタ達には、かなりの配慮が必要であろうと、鹿島はミクタの心意気を受け止めた。
「かたき討ちには必ずや協力する。それまでは亜人協力国の軍人として協力願いたい。
敵討ちができた暁には、亜人協力国と共にヒット皇国の運営に携わるもよし。自由に行動する希望があれば許そう。」
シリーの目に涙を浮かべさせている原因は、シリー達だけでのヒット皇国奪回を諦めることに、ミクタのかなり強い説得があったのであろう。
見かねたテテサは、
「敵は打つべきです。シリーにもこの国にも不可能はありません。これから将来何を為すべきか心得るのに、この国をよく観察して何が住民の幸せであるか、自分の幸せである事を学ぶべきと思います。」
ミクタも頷いて、まだ自分達だけでのヒット皇国奪回を諦めきれなさそうな、シリーの背中を軽くたたいた後に、かたき討ちだけは必ず行うと、シリーの手を握り返している。
この事の結果は同じでも、シリーのプライドに由来する問題だけのようであるが、
鹿島はこれも配慮しなければ成らない事だろうと思えた。
ミクタとシリーたちの忠誠式は滞りなく終わり、シリーたちはそのままトーマスの下で行動する事となった。
鹿島はエルフ族三千戦士をまとめる為に、軍隊階級を発令した。
パトラ師団長格一級将軍中将、旅団長格二級将軍少将にパトラの従兄弟ハービーハン、ハスネ、ヒビイ、トトラ、ユイヤ等五人を指名した。
大隊長、及び中隊長を、陸戦隊による教育訓練を受けた分隊の中から、大佐、中佐、少佐等をトーマスは選んで任命した。
陸戦隊の階級は、トーマスを元帥とし、ビリー、ヤン、ポール、シーラー等を、教育参謀中将に昇格させて残りの陸戦隊を副教育参謀少将に指名して、組織の機能を充実させることにした。
ヘレニズ.サンビチョ公爵軍と、
トマトマ.ドンク伯爵軍の
サンビチョ王国連合軍相手の駒を使った兵棋戦闘訓練は、大ホールを仮の作戦室にしてパンパ草原を戦場とした。
トーマス元帥は、小隊長以上を集合させて駒兵棋戦闘を展開させた。
敵方参謀はミクタとコーA.Iで、四千人の敵兵を想定した。
カジマ提督が付けた条件は、作戦条件は味方戦士の負傷者がなく、敵を戦闘不能にする事で、敵といえども殺すことや再起不能が無い様に条件を付けた。
エルフ族三千人対、サンビチョ王国軍四千の仮想戦いが幕を上げた。
エルフ族は弓矢の代わりに、レーザー銃では無く三八式歩兵銃を持たせての戦闘である。
敵味方の動きのシミュレーション映像が、中央壁一面に映し出された。
エルフ族においては、初めての本格的な戦闘であったが、人種にとっては、戦いは常であったので、兵の強さは四対六に設定した。
銃の狙いは肩か足だけであるが、三八式歩兵銃の射程は四百メートルで、弓矢の百五十メートルよりはかなり有利であるはずが、エミューの突進に対応することができず、接近戦になってしまった。
両方に負傷者が出たことで、一回戦はミクタとコーA.Iの勝ちである。
トーマスはパトラと従兄弟達を呼び、作戦の練り直しを命じて、アドバイスを交えながら指示した。
ビリー、ヤン、ポール、シーラー等も、各中隊長らを呼び、戦術のアドバイスを各自が指導している。
ホルヘ等副参謀教官も小隊長を呼び出して、自分の意見を伝えようと必死になっている。
パトラと従兄弟達は、エルフ族の前に柵を設けて迎え撃つ体制を整えた。
柵の攻防は上手くいっていたが、矢による攻撃を防ぎきれないために、自軍に負傷者が多く出た。
パトラと従兄弟達は、相手を殺さない戦闘は無意味だと言い始めた。
確かに、難しい注文であるがしかしながら、戦う相手は将来の自国民人である。
パトラが鹿島に意見を求めてきたので、
「最大の目的は、敵の戦闘力を挫く事であり、戦闘意欲をなくすことに努める事である。」
と、鹿島は答えた。
「敵の指導者の捕獲!」
パトラの発言で従兄弟達は、ざわめきだした。
パトラは全員の前で、敵の指導者の捕獲を命じた。
ハービーハンは敵陽動作戦をパトラに要請して、自分で隊を率いて敵の指導者の捕獲の許可を求めたので、トーマスとパトラ等従兄弟を交えて再度の作戦会議を始めた。
ハービーハン隊をどう上手く敵の本陣に向かわせるかの、検討に入ったようである。
トーマスは、レーザー銃以外はすべて使用してもよいと気付き、爆裂砲と火炎放射器の使用を提案した。
「敵を死に至らしめなければ、爆裂砲も火炎放射器も使えるので、これ等を使い、敵戦闘意欲を無くしましょう。」
柵はそのままで、火炎放射器を柵の外に配置して、爆裂砲を柵の中に置き、騎兵銃を装備したハービーハン隊六十騎兵を側面に待機させた。
三度目の仮想戦闘開始である。
敵前方二十メートルとハービーハン隊のコース上に爆裂が始まり、さらにハービーハン隊のコースと敵との内側に煙幕弾が撃ち込まれた。
敵エミュー隊にだけ銃弾を浴びせると、エミュー隊の突進を阻めることができ、
敵が怯むのを確信して、火炎放射器の一斉放射で敵の進撃が止まった。
敵本陣と敵軍団の間は煙幕弾により、ハービーハン隊六十騎兵は煙幕の中に隠されたので、難無く敵将を捕獲した。
エルフ族戦士らの勝利である。
コーA.Iからその後二度挑戦されたが、エルフ族戦士等は二度共やはり勝利した。
後は地上での仮想戦を想定しての、エルフ戦士による実践的な訓練である。
別室にて敵役作戦を遂行していたミクタが現れて、
「今回は負けてしまいましたが、女性アドバイザーの、適確な用兵の判断に驚かされました。あの方が傍にいて下さいました等、この大陸で亜人協力国以外なら、連戦連勝だと思います。」
この演習に置いて、敵方の細かい作戦は、この大陸の戦い方を知り尽くしている、ミクタならではの指導があったようである。
いざ実践してみると、コーA.Iからのエルフ戦士に対する評価は低い点数である。
爆裂砲隊の着弾は不正確で、火炎放射器の火炎は風向きの計算がなされていなくて、ハービーハン隊六十騎兵に至っては、煙幕の中での方向違いが多く出た。
不慣れな戦闘戦術は、いろんな支障が出てしまい、克服するのは難しいようである。
この作戦指揮官はコーA.Iに任せて、その指図に従うことに決まった後は、
コーA.Iの指図は的確で、何の支障もなく短時間で遂行できた。
コーA.Iの推測できる限りにおいて、全ての仮想の敵との演習は完璧な勝利へと前進したようである。
そして、猫亜人による救護班も、この時から新設されたのである。
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