第32話 勇者の剣

  聖騎士団は、エルフの魔法杖から出た光矢に驚いっていたが、騎士団長ヨーコーはパトラの剣に見入っていた。


 騎士団長ヨーコーは、昂ぶり顔でパトラの傍に駆け寄り、

「エルフの族長殿、その剣は勇者の剣ですか?」

と、興奮気味に声を掛けてきた。

「いいえ、物理学の剣です。」

と、微笑んだ顔を鹿島の方へ向けた。

「物理学?魔法の宗派のことですか?」

「亜人協力国を建国した守り人達故郷の技術で造った武器です。」

「勇者の剣ではないと。魔法力が発動しているように見受けられたのですが?」

「勇者の剣は、伝説だけでしょう。」

「勇者の剣は、ここにあります。」

と、何か試案ありげな顔で、騎士団長ヨーコーは自分の剣を鞘から抜き、パトラに差し出した。


 勇者の剣は刃全体の輝きから、ステンレス鋼のように銀色に輝いていたが、鉄の持つ冷たさの感じはなかった。

「この剣は勇者の剣ですが、誰も発動できませんでした。発動条件を知っているのなら、御教え願いませんか。」


パトラは勇者の剣を受け取り、キャルドの切断された頭に刃を振り下ろしたが、普通の剣並みに耳を二つに破くだけで、パトラの剣技では頭蓋骨を割る事など出来なかった。


 鹿島の中では勇者の剣とやらを、持って感触を確認したい衝動に襲われて、

「持たせていただけませんか?」

と、パトラに声掛けした。


騎士団長ヨーコーは怪訝そうな顔だが、鹿島は勇者の剣をパトラから受け取り、キャルドの頭を持ち上げると五十キロ位あろうと思われたが、頭を空に放り投げた。


 鹿島に握たれた勇者の剣は、血の色にも似たような輝きをだした。


勇者の剣は刃の先から一瞬赤い光を放って赤くなり、直一層、刃全体は徐々に真っ赤に染まった。

此れは、魔物と戦っていた時、魔物尾刃の輝きに似ていると鹿島は思い出さされた。


 勇者の剣で落ちてくる頭を両断にしたときの感触は、チェーンソー剣より速く切れ込んだ様だが、切った感触は肉だけのものを切る感じで、骨を切ったとは感じではなかった。

ただ空を切り裂いた緩衝だけにも思えた。


 勇者の剣はチェーンソー剣より軽く、鹿島の剣より五ミリ幅程広い反りのない片刃直刀で、刃の表面半分ほどから刃先の方に向かう赤い波は、生き物のように振動していると感じさせた。


 鹿島は、刃の表面半分から醸し出される振動を見つめながら、星座連合軍の武器研究技術者が挑戦している超波動刃とは、このような剣の事かもしれないと想った。


 パトラは呆然としているが、騎士団長ヨーコーは茫然自失のようである。


「閣下は間違いなく勇者です。赤く発動したその剣は、魔物の尾刃を加工した剣で、柄の中に赤い石を埋め込んであります。間違いなく勇者の剣です。」

と、パトラはかなりの興奮状態になっている。


 パトラは騎士団長ヨーコーに向かい、

「この剣は!われらの指導者に相応しいです、是非ともお譲りください。」

「勇者の剣はガイア教会の所有物ですので、譲る事は出来ません。」

「しかしながら、発動しないのであるなら只の剣です。私の物理学の剣と交換しましょう

とパトラの言葉に鹿島は慌てて、

「パトラの剣は亜人協力国の所有物です。パトラの剣は私物ではありません。」


「閣下!私は騎士団長ヨーコー殿と交渉中です。これは両方にとって理のある事です。」

パトラは、反論を許さない気迫のこもった返答だが、

「り?理由の理か?利益の利?どちらだ?」

「理由の理です。利益の利も多少は含んでいますが。」

「ヨーコー殿。私の持っている物理学の剣は、貴方の正義の為の活動に必要だと思います。」

「確かに族長殿の剣ですと、困難な状況でも正義の為の活動に貢献できるでしょう。」


 二人は睨み合いってしばらく沈黙が続いたが、パトラはニッコリと微笑んで自分の剣を騎士団長ヨーコー渡すと、使い方を説明してキャルドでの試し切りをすすめた。


 騎士団長ヨーコーはキャルドの二つに切割れた頭の一つに近付くと、それを持ち上げようとしたが、持ち上がらないのに気づいたようで、キャルドの頭に向かって、チェーンソー剣を振り下ろした。


見事に残りのキャルドの頭を、二つに断ち割った剣の腕前は一流であろう。

騎士団長ヨーコーは、二つに切割れた頭の切れ込みを確かめている。

そして、長い時間チェーンソー剣に見入っていた。


 騎士団長ヨーコーは、心中ではかなりの葛藤が起きている様子に気付いた白色甲冑の騎士団も、騎士団長ヨーコーの周りに集まりだして協議している。


 鹿島は、正常な理性があるならば、勇者の剣はガイア教会の所有物であるので、騎士団長ヨーコーの判断で交換など出来ないはずであるのに、何故か、騎士団長ヨーコーが悩んでいることを不思議に思った。


 そして、何故かパトラは、事の顛末を確信しているように、頷きながら騎士団長ヨーコーと白色甲冑の騎士団を眺めているのに気が付いた。


 鹿島は残りの九家族が見えだしたことで、絶息したキャルドをムースン達と耕作者の幌荷車にそれぞれ引き取って貰い、今夜のおかずにしてもらうことにした。


 幌荷車にキャルドを乗り入れていると、パトラの運転で軽機動装甲車が鹿島の方へ迎えに来てくれた。


「勇者の剣と、交換できなかったのですね。」

パトラの腰にあるチェーンソー剣を、鹿島は確認しながら訊ねた。

「今回は無理だが、時間が解決します。あの剣は、切るだけではありません。勇者の証です。」

「俺が勇者に成らなければ成らない理由は?」

「マーガレット総司令官殿とコーA.Iの指示です。この世界を全て併合する為の近道は、閣下をガイア様の使徒とするか、勇者にするか話し合いました。」


「使徒か勇者。どんな違いがある。」

「テテサが言うには、閣下は勇者であり使徒です。今使徒だと宣言すると、諸々所からかなりの反発が起こるだろうと推測しました。しかしながら今の閣下の強さだと、勇者なら自然です。」


「テテサも関係していると?」

「マティーレも関係者です。仮の戦略室員四人とコーA.Iで話し合いました。」

総司令官から既に戦略室員の追加は必要だと聞いていたが、稼働しているとは思わなかった。

「仮の戦略室とは?」

「戦略室の会議員は、閣下の許可が必要なので、仮の会議でスタートしました。」

テテサとパトラにマティーレ等三人の、亜人協力国に対する忠誠度を、マーガレット総司令官とコーA.Iは知りたかったのだろう。


鹿島は、確かにこの四人なら、表の運営委員を兼ねた影の戦略参謀的なことに向いていると確信した。


「テテサは、騎士団長ヨーコーと同じ様にガイア様の僕(しもべ)でしょう。」

「閣下を皆が、仁、礼、信、義、智、絆を持つ人だと確信しています。だからこそ、テテサはガイア様の僕(しもべ)なので、亜人協力国をガイア様の使徒国と思い、亜人協力国の建国に力を入れているのです。ヨーコーの思いと同じではありません。」


確かにこの四人なら、一人一人でも亜人協力国の指導者に相応しいだろう。

「勇者の剣を作る材料は、魔物の尾刃だとわかっていますが、仕組みがわかりませんので、勇者の剣を手に入れる為、みんなと一緒に考えて、打ち合わせしていました。

この後テテサは私の剣と引き換えに、勇者の剣を手に入れるでしょう。」

「騎士団長ヨーコーが、勇者の剣を持って来ることを、知っていたと?」

「テテサは、どんな魔法でヨーコーを呼び出したのかはわからないが、テテサの言う通り、ヨーコーは勇者の剣を持って来ました。」

「勇者の剣が必要なのは理解した。その後でパトラは自分用の剣がなくなるが、どうするの。」

「閣下の剣を私に下賜(かし)せられますよう、お願いいたします。」

「しかし、それは、何故。」

「勇者の剣は閣下に馴染んでいた様ですが?」

「確かに、俺も快感があった。」

「じゃ~決まりです。」


 鹿島の手に深く馴染み付いている刃を手放したくない鹿島の意思は、パトラの意見で何処に弾き飛ばされたようで、パトラの一方的な決まりで進行してしまったようである。

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