第30話 訓練 

 トーマスと鹿島は訓練所に向かったが、残りの陸戦隊と亜人たちは、お気に入りの乗馬場へ向かうらしい。


 アーロ星総督府管理の放牧場にて、飼育予定だったらしい馬のDNAを培養液の中で育てていた事で、三十頭ものクローン馬が生まれた。


 生まれた馬たちをエルフの放牧場に預けると、エルフ達は最初見慣れぬ馬を怖がっていたが、馬の人懐こい事を知ったエルフたちは喜び出した。


 隊員たちが輸送品の中の鞍を付けて乗馬しだすと、エルフと若い猫亜人も隊員たちと一緒に、馬のスピードに歓喜しながらかなり遠くまで遠征しだした。


 猫亜人達は農耕用にも馬は使えると聞いて馬を欲しがったが、鹿島としては此れからの計画では、軍馬用で優先的に使いたいと説明しなければならなかった。


 鹿島はコーA.Iにエミューに農機具を取り付けることは可能かと聞くと、可能との事なので、農機具の図面作成を注文した。

 

 亜人達は初めて鞍を使っての安定と起動性に気づくと、猫亜人とエルフの合同意見に革職人が挑み、エミューの鞍をも革と木材で製作している。


 早くも、亜人協力国では、技術的な進歩が見えてきた。

 

 特に驚くのが鞍を付けたことで体が安定したのか、エルフたちはエミューや馬の鞍上から矢を射る技術を身につけたようで、逃げる猛獣や魔獣を的確に倒していた。

 

 トーマスと鹿島は武器と防具を解除する為に更衣室に行き、愛用刀の形状と重さに調整した訓練用木刀を下げて訓練場に向かった。

 

 訓練所に着くと、甲高い女性の気合声が部屋いっぱいに、複数響き渡っている。


 鹿島は、長身のパトラをいの一番に探しだして、にこやかに注目している。

パトラは凛々しい姿で、鹿島と最初に会った時の茶色の革製鎧を付けていた。

鹿島はみんなの注目を感じたのか、慌ててパトラから目をそらすと訓練場を見渡した。


 複数人の白色甲冑を付けている者共は、シリーと女性従者たちだろかと注視して、一人一人を確認したが、兜の中での見分けは困難であった。


 鹿島が驚いたのがマーガレット総司令官の装いであった。

剣道衣に袴を着衣した薙刀訓練姿は、めったに見る機会のない鹿島の故郷の武道であった。


きちんと着こなしている道衣の薙刀訓練姿であるのは、鹿島は直ぐに祖母の影響だろうと思った。


 脳筋ムキムキ娘相手に、イラついているマーガレットの薙刀切込みは鋭いが、脳筋ムキムキ娘相では、実戦経験者と練習試合だけの差は、格段に違いが出ている様子で、簡単に間合いを避けられて懐に入られている。


 パトラの方ではキキロ一等陸士を相手に、突きだけの攻撃で攻めているが、軽くいなされているのは獲物相手に槍を使う事で、突き出すだけの攻撃しか知らないようである。


 白色甲冑を付けている娘たち四人は、互いに木刀合わせの打ち合いだけであった。


シリーはビリー一等陸曹に、ジャネックはカイラ二等陸士と向かい、三十センチ位の丸楯を片手に、ただひたすらに叩いているだけの様子に見える。

甲冑相手には切るよりも、叩くのが常識だからであろう。


 パトラと白色甲冑を付けている娘たちは、鹿島達に気付き動きを止めて挨拶をした。


マーガレットの方は熱くなっているのか、夢中で脳筋ムキムキ娘相手に奇声を上げて、攻撃を続けている。


 パトラは鹿島に駆け寄り、

「閣下、私の木刀、キキロ殿に当たりません。勝ち方を教えて下さい。」

シリーとジャネックも頷いている。

「当て方でなく?勝ち方?」

「当てると、勝ちだからです。」


 陸戦隊から見ると、女性達の剣術はあまりにも幼稚な剣術らしいのか、いなすだけの防御で、相手の攻撃練習に付き合っている様子である。


 鹿島はビリーを呼び、

「初年兵は、まず素振りからだろう。」

「その様に教訓しますと、素振りは以前から充分に練習しているので、実践をしたいとのことです。」


 鹿島はパトラとシリーたちを呼び、それぞれの剣を持って集合するように命じた。


剣を片手にパトラは満面笑顔で鹿島の傍に駆け寄ると、改めて出迎え挨拶をし直した。


 パトラは顔年齢十七~十八の娘ながら、サラサラの薄青銀髪に、切れ長目をした卵顔に薄化粧をして現れた。


パトラの化粧顔は、女をアピールした華やかな美しさである。


 やはり片思いは鹿島の専売特許なのか、鹿島の中に二人目の新しい妄想青春ラブコメに陥るかもしれない、パトラの麗しさをも感じる幸せな気持ちにさせられている。


 シリー達も現れて、こちらの小娘達は、濃い化粧に大きな目を大人風にアピールする化粧をして、ジャネックは二十歳代だが、シリーに至っては十六~七位らしいがまだ子供風の小娘であり、従者四人は十五才前後のまだ子供達である。


 子供達にしてはケバイメイクと思いながらも、化粧顔のかわいい顔立ちに見惚れた鹿島はケバイメイクを許してしまったようで、変態の素質もあるのかと、罪の意識を感じながらもケバイメイクをにこやかに受け入れていた。


 鹿島は昨夜の宴会中に起きた共同運営の話が続くことがあれば、罪悪感を持っての確信犯である。


 脳筋ムキムキ娘は、マーガレットとの訓練を中止して、鹿島に近づいて声を掛けてきた。


「ここは訓練場と思っていたのだが、美人コンテスト場なのかな?誰かさん、総司令官殿を諦めて、他の人に目が移りそうですか?」

と、鹿島を下からのぞき込んできた。


脳筋ムキムキ娘の言葉に、近づいてきたマーガレットも周りの女性たちを見回しながら顔を赤からしめた。


パトラは、その場の雰囲気を意に介さぬがごとき、凛として、負けん気の顔付きでマーガレットの目をにらみ返している。


 シリー達は一カ所に集まり、やり過ぎたのかと相談しだしたが、ジャネックはシリーの背中を叩き、

「大丈夫です。私たちは女です。化粧は身だしなみです。」

と、励ましの言葉を使っている。


 訓練場の緊張感に気づいた鹿島は鹿島なりに、この場は自分が納めなければならないと感じて、パトラの剣を受け取り鞘から抜いた。

「重さと長さは、どうですか?」

と、鹿島は訓練場の緊張を無視するように、とぼけた声でパトラに話しかけた。


「剣を持つのは初めてですが、頂いた剣の中で、一番のお気に入りです。」

預けてあったチェーンソー剣の中から、細身の両刃チェーンソー剣を選んだようである。

「両刃だと、触るものみな切り落とすことなので、腕の力が必要です。

刃から身を反しながらの、突き出す戦法と切込みの訓練もしましょう。」


鹿島はパトラに毎日腕の力を付けるように言い渡すと、キキロを呼び、作動してないチェーンソー剣にて、身の反し方訓練を再開するように指示した。


 シリー達を呼び、剣を見せてもらい鞘から抜くと、シリーとジャネックの剣は短く太い。高炭素鋼のようで刃先は剃刀のようだが、女性が持つにはかなりの重さである。


従者四人の剣も短く重い、焼き入れなしの鋼材を研いだだけのようである。


 ジャネックの白色甲冑を脱いでもらい、アルミニュウムと銅の合金らしいが、他にもいろんなものも入っている合金のようである。


重さを確認すると、陸戦隊の完全武装備した防護服の五倍以上と思われる。

これが一般的なこの大陸の戦闘装備であるらしいが、大の大人でもかなりの重さである。


 鹿島はトーマスとビリーにカイラを呼び、

「白色甲冑組の訓練に対しては、各自の剣と楯を使い、突きを重点に一撃離脱の訓練を行うよう。」と指示した。


パトラと白色甲冑娘たちの剣は、各自に似合いとは思わないが、今は各自の剣に似合いの訓練をするだけでの様子である。


「わたくしはどうですか?」

不意に後ろから来たマーガレットに鹿島は緊張した。

「薙刀刃先は鋭いが、間合いの取り方がいまいちと思います。」

「シーラーの動きが速すぎです。」

「薙刀刃先は、槍の要素もあります。それを意識しますと、間合いを継続できるでしょう。」


「シーラー再開しましょう。」

と、総司令官は何かを悟ったかのようで、再び訓練場中央に向かうと、薙刀刃先を突き出す余裕と、引く手余裕を持って、脳筋ムキムキ娘の胸に向けて構えた。


 流石に脳筋ムキムキ娘は、総司令官の冷静沈着な本気度を感じた様子で、今度はうかつに飛び込まない。


薙刀刃先を脳筋ムキムキ娘は、払いのけようと一歩前に出ると、薙刀刃先は引かれて、脳筋ムキムキ娘の木刀が空を切り、刹那、薙刀刃先が脳筋ムキムキ娘の胸に襲いかかったが、

薙刀刃先の動きは、トカゲモドキの腕先出刃包丁攻撃に似た動きであるために、

脳筋ムキムキ娘は横跳びしてこれを交わし、再度、いっぱいに伸び切った薙刀刃元に木刀を当て、薙刀柄沿いに滑らせて手元で押し下げると、薙刀刃先は床を切り裂くように落下したのちに、脳筋ムキムキ娘の木刀にて床に固定された。


「総司令官殿、今の動き、紙一重で私の勝ちですが、トカゲモドキの腕先出刃包丁攻撃に似た動きで、びっくりしました。」

「私の薙刀が、トカゲモドキの腕先出刃包丁攻撃に似ていると?」

「よく似ていました。」

「シーラーより強い、トカゲモドキはいるの?」

「弱いトカゲモドキより、強いトカゲモドキの方が多いです。」


 マーガレットは今日の訓練に納得がいかないようで、

「では、トカゲモドキを研究するわ!」

と言って、マーガレットは、訓練場から引き揚げた。

 

 他の陸士であれば、善戦できたかもしれないが、脳筋ムキムキ娘相手だと、マーガレットには分が悪い相手だったようである。


 パトラの方を見やると、キキロの攻撃をチェーンソー剣で払いながら、すり足で身を左右に振り、舞踊のように受け流しの練習をしている。

パトラも様になってきたようである。

 

 白色甲冑組の動きは、楯の裏に剣を隠すようにして、敵の攻撃に対しては楯で受けて、反射的に剣を不意に突き出す、その後すぐに一歩飛び引く事の訓練をしている。

かなりの運動量であろう。


 遅めの昼食になってしまったが、訓練者全員が食堂室に向うと、エルフと猫亜人の娘たちもくつろいでいる。

鹿島達の突然の訪問に驚いたのか、蜘蛛の子散らすように調理場に向かったのは、食堂賄の手伝いに来ているようだ。


これもマティーレとパトラの配慮であろうと、皆はありがたいと思った。

鹿島にすれば、貨幣の獲得を真剣に進めなければならないと思えた。

白色甲冑組の六人も甲冑を脱いで、食堂賄の手伝いをするようである。


 鹿島が席に着くと、素早くパトラが隣席に座り、

「半月後に百八十歳になります。特別な誕生日ですので、閣下をお招きしたいのです。宜しいでしょうか?」


「え~、パトラは百八十歳ですか?エルフ族の寿命年数はどの位ですか?」


「死を望むまでか、病気で死ぬかです。十五歳前後までは、人種と同じように成長しますが、それから大人の体になるのに、百五十年かかり、千年かけて老いていきます。私の父は、千年生きています。父はあと一つの望みがあり、それまで生きると言っています。」


 パトラの母と兄二人は百年前に、魔物の食い散らかした魔獣や動物の死骸から、病気の気が出た時に倒れて、今だとベッドで寝るが、その時は牧草に革製のシートを敷くだけで、蟲の侵入に気付かずに蟲に卵を産み込まれて、万能薬の効果なく死んだらしい。


「特別な誕生日は是非もないが、何か必要であるならお呼び下さい。喜んで最優先で駆け付けます。」

「六月十二日に百八十歳の誕生日です。その日に併せて、族長の宣言を行います。四日間の宴ですので、四日間お付き合いください。

百八十歳の誕生日は、晴れて私も大人になれるので、『四日夜の儀』よろしくお願いいたします」


「六月十二、十三日、十四日、十五日、最優先で必ずお伺いします。」 

パトラは真っ赤な顔で、麗しさ漂わせて何度も頷いている。

 

 鹿島は食事をしながら、パトラとトーマスにエルフ族戦士三百二十名の分隊分けを決めて、 エルフ族戦士各自の訓練と、戦術的な行動を行わせる事を決議した。


 決議に沿い、パトラの分隊五十名を遊撃隊に任命して、エルフ族戦士の中核となすよう伝えた。

 ビリー一等陸曹に陸士一名を付けて、二人を教育将校に任命した事でエルフ戦士三十名指揮官の教育を任せた。

 

ヤン一等陸曹にポール三等陸曹にシーラー陸士長もビリー一等陸曹と同じように、エルフ族戦士三十名を率いる指揮官教育として教育将校に任命した。


トーマスにはパトラの分隊を含め、全体の管理と陸士二名を補佐に付けると、更に連絡係に白色甲冑組娘六名をつけた。


エルフ族戦士三十名を率いる全ての指揮官の教育も任せて、一級教育将校の兼務役割を頼んだ。


 パトラの従兄弟ハービーハン等四名に、各三十名の分隊に分けて騎馬隊とした。


現在のところ馬三十頭であるが、バイオバンクを稼働させて、あと百頭の追加をコーA.Iに注文しているので、程なく騎馬隊の結成は可能であろう。


将来的には、エルフ族戦士だけの隊にする予定で、次に移住して来るエルフ支族を指揮する戦士の育成でもあり、陸戦隊全員がそれまでの教育将校である。


各隊は切磋琢磨して、警護と各戦術を学んでほしいと教訓した。


 パトラは怪訝そうに、

「私の遊撃隊とは?」

「他の隊は警護を含め、偵察任務等を常時行います。パトラの部隊は、俺とトーマスが補佐して、レーザー銃を携帯しての、砦の内外の巡回と緊急時の控えで、将来的にはエルフ種族戦士の中核をなして貰いたい。」


「レーザー銃とは、パンパ街衛兵の頭を消した魔法の杖ですか?」

「魔法ではない。物理学です。レーザー銃を使うのは、パトラの隊員たちだけなので、有能な方を選んで下さい。」

「皆勇猛で、有能です。」

「パトラには、エルフ族戦士三百二十名の、十分隊の組分けをお願いします。」

「合点承知!」

「はあ~、何ですか?」

「エルフ族の戦闘前の、気合入れです。」

「特有ながら、合点承知!明日から、訓練と警護の実行です。」

鹿島はその日から、パトラの剣術指南に夜遅くまで突き合わされ、毎日が遅いベッド入りであった。


 エルフ族戦士と白色甲冑組の訓練は、仲間の救助法から始めて、体力増強を兼ねた仲間意識を構築する為に、連帯責任としての過酷な訓練に明け暮れた。


兵士の心得として、戦闘中でも、決して仲間は見捨てない事を教えて、過酷な訓練の中に落ちこぼれが出ると、連帯感を意識するように分隊全員の責任として、更に訓練を過酷にした。

 

 訓練将校としての役割を担う陸戦隊は、かなりの恨みを買うが、エルフ族戦士を強兵にする為と、生き残るためには、これは必要なことであると陸戦隊全員が知っているので、訓練将校としては妥協などしなかった。


 パトラは従兄弟達を含めた戦士等から、毎日過酷な訓練の苦情の嵐に晒された様子だが、

パトラは持ち前の勝ち気で、逆に従兄弟達を含めた戦士等に、魔物を倒せるようになってから出直せと、怒り出す始末である。


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