第38話エピローグ・其の6
「悪かったな、技術がつたない未熟な文章で」
「ああ、すいません。アラタさんの『十六角館の殺人』を悪く言ってしまって。ですが、技術なんていくらでも身につけられますよ。なんならあたしがレクチャーしましょう。そうですね、押しかけ女房ならぬ押しかけ編集ってところですか。『アラタ君。君は磨けば光るものを持っている。それを一緒に作り上げていこうではないか』なんて」
「『磨けば光る』ねえ。何十年間も引きこもってきた俺をいまさら磨いてもどうにもならないんじゃないか」
実際の編集なんて俺の年齢を知っただけで鼻で笑いそうなものだが。
「そりゃあ、出版不況で余裕のない営利目的の編集ならそうも思うかもしれませんが……あたしはカスミ食って生きているような女神ですからね。中年のアラタさんでも気長に付き合っていけますよ」
「それはどうも」
「とりあえず、改善すべきは16進数の説明のくだりですね。あそこはわかりにくいです。例えば、『DEAD』とドット絵になっている部分。あそこは16進数の伏線になっているんでしょう。ドット絵と言えばゲーム。ゲームと言えば16進数。なら、探偵役にあたしにうまく16進数を読者にもわかるよう説明しなきゃだめですよ」
そんなこと言われてもなあ。俺は『十六角館の殺人』を最初から16進数を知っている人間が、『うしゃしゃ、こいつら16進数もわからないのかよ。なんでこんな簡単な暗号が解けないんだ。そんなんだから殺されるんだ』なんて楽しむために書いたからなあ。
「アラタさん、『どうせ16進数の説明なんて解説動画がネットにいくらでもあるから読者はそれを見るだろう』なんて思ってたんじゃあないですか」
「その通りだけれども」
「それじゃダメです。ちゃんと読者に伝える書き方をしないと。それこそネットに解説があふれているからそれを参考にすればいいんです。そうすれば、アラタさんの『十六角館の殺人』が人気になるかもしれませんよ」
「そううまくいくかね」
どうも信じられない。そこまで話がうまくいくとも思えない。そう思った俺は22世紀から来た猫型ロボットが『石器時代に戻って現代文明の利器を原始人に見せつければ王様になれる』なんて夢みたいなことを言うダメ少年に言うようなセリフを吐く。だが、かい子さんが俺を励ます。
「いきますって。この女神さまがつきっきりで面倒みてやりますから」
このセリフは猫型ロボットが第1話でダメ少年に言ったセリフだな。この女神さま、夢見がちなダメ少年とそのお世話ロボットの両方が言うようなセリフを使うなあ。
「ね、ね、アラタさん、どうします? 『十六角館の殺人』が書籍化、メディアミックス、アニメ化、ゲーム化、実写映画化なんてことになったら」
「いや、いくらなんでもそこまでは……だいたい、書籍化はともかくアニメ化なんてありえないよ。叙述トリックを使った作品が映像化しにくいなんてのはお決まりじゃないか。サッカー部の連中が女だったなんてどうアニメ化するんだ。」
「それは、聞き手であるあたしの妄想オチだったってことで済みますよ。アラタさん役の女性に受けそうなキャラデザのアニメキャラが男性を殺していくシーンを表現してですね、終盤でアラタさんの話を聞いているあたし役の女神キャラが、
(´-`).。oO(殺されているのは男だな)なんて勝手な想像をしているシーンを入れれば済む話です。で、事実が明らかになって『殺されたのは女だった! きゃあ、あたしも殺されたい!』なんて女オタクさんがきゃあきゃあ言う事が請け合いです」
「しかし、妄想オチは叩かれるからなあ。それにゲーム化なんてどうするんだ。誰かほかの人にオリジナル脚本を作ってもらうのか」
「それもいいですがね、プレーヤーが操作するアラタさんのキャラクターが計3回の殺人を犯した後、プレイアブルキャラクターが探偵役のあたしになって、憎たらしいキャラデザの先生を冤罪推理で追い詰めていくなんてのはどうですか。攻略サイトを見つつのファーストプレイから最適解でゲームを進行させるゲーマーには受けると思いますよ。なにせ、謎解きもない一本道のゲームなんですから」
「そんなものがゲームと言えるかねえ。そういうのは選択肢のないサウンドノベル……そういうのもあるけども」
「そして実写映画化ですよいやあ、夢が広がりますねえ。新型ウイルスのおかげで撮影、公開ともに自粛となった映画業界。そこにさっそうと『十六角館の殺人』があらわれる。役者、スタッフをウイルス検査したうえで陰性と判断されたら全員を無人島に隔離。そこで撮影される『十六角館の殺人』! どうですか、これ」
こら、そのあたりはデリケートなんだ。下手なことを言うと削除されかねないぞ。
「パンデミック騒ぎが起こる中、映画の撮影ができなくなる! そこでウイルスに感染されていない人間が、すすんで無人島で孤立されて外界から隔離された状態で最初からから十六角館を建設して映画撮影!」
「それこそ連続殺人が起きそうなシチュエーションじゃないか、かい子さん」
「おお、気に入っていただけましたかアラタさん。どうですか、このシチュエーションで1本書けませんかね」
そんなややこしそうな設定を無茶ぶりされても……
「まあ、とりあえずはアラタさんの小学校時代の怨恨を小説と言う形で話してもらいましょうか。ささ、プロットを早く」
「小学校時代の怨恨を晴らすのはいいんだけれどさ。かい子さん、あんたのほうはそれでいいの? 女神には女神の付き合いがあるんじゃないの?」
「それなら問題ありませんよ。あたし、女神界ではハブられていますから」
ずいぶん衝撃的な発言だな。
「どうもあたしって空気読めない発言をするところがあるみたいで……自覚はないんですけれども」
「だろうな。いままでの俺への発言からすればそうなるのも至極当然だ」
「なんなら、あたしのいじめ体験談聞きますか、アラタさん? アラタさんの受けたいじめにも決して劣らぬものだったと自負しているんですが。女神のいじめと言うのはそれはもう陰湿で……」
「いや、いいよ。それよりおれの体験談をもとにした創作をさせてもらおう」
この女神さまもぼっちだったのか。いままでのデリカシーのない発言は俺にだけ向けられるものと思っていたが、ほかの女神さまにもこんな調子だったらうざがられるのかもしれない。この女神さまは俺みたいにこじらせていないようだが。
「で、あんたの名前はなんなんだ」
「名前ですか? 社かい子ですが」
「それは仮の名前だろう。そうじゃなくて本当の名前。社会的弱者が行政の福祉を受けられずに書類上の番号だけでしか呼ばれないことにいきどおって、施設の壁に『わたしは、ダニエル・ブレイク』なんて書くような名前」
俺がこの女神さまの本当の名前を聞いた。しかし、返事は本当の名前を教えてくれるものではなかった。
「名前ですか……そうだ、アラタさんがつけてくださいよ。へたをすればあたしはアラタさんの養子になるかもしれないんですよ。だったら名前のひとつやふたつつけてくれてもいいじゃないですか」
「名前……考えさせてくれ。いいかげんな名前を付けてあとで後悔はしたくない」
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