第37話エピローグ・其の5

「あんたもくどいね。だいたい、そんなことして俺に何のメリットがあるんだ。あんたは俺に何のチート能力も与えられないくせに、俺がなんで自分の恥をさらさなけらばならないんだ」


 かい子さんが俺の小説をべた褒めした気もするが、俺はついつい売り言葉に買い言葉で声を荒げてしまう。


「メリットはあると思いますよ、アラタさん。あたしのこの実体化した姿を見て何か思うところはありませんか」


「そう言われても……ちんちくりんの幼女と言うか。とてもこんな姿をそのまま描写したらガイド役は不自然すぎるから『十六角館の殺人』ではかい子さんの描写はしないでいたけれど」


「そうです。アラタさんの『十六角館の殺人』ではあたしの描写はほとんどされていませんでした。しいていえば白いワンピースくらいですね。読者に想像をゆだねると言う小説ならばそれもいいでしょう。しかし、現実のあたしはこの通りどう見ても年齢一桁の女の子だなと言った外見です」


 もし、いまここでかい子さんが悲鳴を上げたら俺は引きこもり続けた末に近所の女の子を誘拐した精神異常者となってしまうこと請け合いだ。


「あたしの外見は人間の幼女です。女神が実体化したわけですから当然戸籍もありません。と言うことは……」


「と言うことは……」


「そうですね、アラタさんが子持ちのシングルマザーとお付き合いをしていましたが、そのシングルマザーが娘とアラタさんを残して逃げたと言うのはどうでしょう。その娘を引きこもりであるアラタさんが育てていたと。いっそのこと実の母親の娘への虐待を見かねてアラタさんがあたしを保護したことにでもしますか。実の母親は手切れ金を渡してさようならさせたことにして」


 さすがミステリーを読み込んでいただけはある。大した発想だ。戸籍がない子供。何も考えずに快楽をむさぼった若い男女がやればできた結果、できた赤ん坊を役所に届けもせずにほったらかした結果の現代社会の貧困の闇だ。


 そんな社会の闇の虐待を受けた無戸籍児童と、同じく社会の闇である子供部屋おじさんの一つ屋根の下どころか一つ部屋での共生生活。社会派ミステリーが好きなこの女神さまが好きそうなシチュエーションだ。


「しかし、幼女を中年のおじさんが人知れず育てると言うのは社会的に見て気持ち悪い絵面じゃないないかなあ。二枚目男優と無垢な女の子の子役が演じる映画なら世の女性はほめそやすかもしれないが……あんたはともかく俺の外見はとても世間のご婦人方が擁護しそうなものじゃないぞ。そういう事実が発覚したら、その娘は児童相談所送りになると思うが」


「安心してください。仮にあたしが児童相談所送りになったとしても、そこでアラタさんがいかに良い父親だったかを力説します。もちろんそんな事実はありませんからアラタさんと口裏を合わす必要がありますが、それはおいおいと言うことで」


「で、あんたが児童相談所送りにならなかったら俺にメリットがあるのか」


 俺の質問にかい子さんがやれやれと言った表情で返事をする。


「これだから自称本格ミステリー作家さんは。ロジックだのトリックだのなんてものにやっきになって世間に目を向けようとしない。いいですか、引きこもりの育ての父親とその父親のもとを離れたがらない幼女。これは明らかに福祉の対象となります。アラタさん、これから引きこもってはいられなくなる日が来ますよ。その時にどうするんですか」


「『どうするんですか』と聞かれても、『親が俺を養わなくなったらどうするかなんて』考えないようにしてたからなんとも言えないけれど」


「そんなダメ人間のアラタさんにあたしが手を差し伸べます。お役所から生活保護やらなにやらをぶんどってきます。そうですね、チート能力で豪遊とまではいかなくても、いままでの生活を続けていけられるくらいにはさせましょう。面倒な事務手続きも任せてください」


 なるほど、引きこもりのダメ人間と無戸籍の幼女のコンビか。これは福祉のうまい汁をすすれそうだ。


「それでどうしますか、アラタさん。お望みならアラタさんが死ぬまでこのまま実体化していられますよ。女神の寿命は長いんですから」


「たしかに死ぬまであんたに俺の積もり積もった恨みつらみをぶちまけていれば、それで生活が保障されるというのは魅力的だな。異世界に召喚されるエンタメ路線な展開ではないが、意識高そうな映画監督に社会的弱者として描写されそうな生活もそれはそれで悪くないかもしれない」


「言っておきますが、あたしはアラタさんのために万引きしたりはしませんからね。それと、ひとつ勘違いをされていますね、アラタさん」


 かい子さんが、俺にちっちっちと指を振る。


「アラタさんはあたしに恨みつらみを話していればそれでいいというわけではありません。その恨みつらみをしっかり文章にしてもらいます。そしてその文章を世に出してもらいます。ネット投稿が手っ取り早いですかね。実際アラタさんは何度かネットに小説を投稿していらっしゃるんでしょう」


「なんでわざわざそんなことを。俺の社会への恨み節を喜んで聞くようなのはあんたくらいのものだぞ。どうして好き好んでそんなものをネットで公開して酷評されなければいけないんだ」


 実際、かい子さんと言う存在に自分が創作した『十六角館の殺人』を講評されるのは新鮮な体験だった。自分の創作を好意的に読んでくれる存在が一人でもいることが、これだけ作者の俺の励みになるとは。あれはあれでよかったかもしれないが、これ以上ネットで酷評されるのは精神的にきつい。


「いやあ、アラタさんはなかなかいいものを持っていると思いますよ。ただ、それを伝える技術がとぼしいだけで」


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