第8話登場人物紹介・其の2

「ささ、アラタ様。これを」


 かい子が俺に船長っぽい服装と包帯とサングラスを差し出す。


「なんだ、これは、かい子」


「アラタ様もこの『十六角館の殺人』の登場人物になってもらうんです。どうせならアラタ様も参加された方が楽しいですよ。監督兼脚本兼脇役ってところですかね。ああ、安心してください。いつでもふわふわした存在と実体化とで切り替われますから。それとも監督兼脚本兼主役じゃないといやですか」


 ふむ。ふわふわした存在となりながら、サッカー部の連中のあわてふためくさまを見物するのも楽しそうだが、実体化して直接サッカー部のやつらをひっかきまわすのも楽しそうだ。そのうえ、いつでも切り替われるか。かい子、いい仕事をするじゃないか。


 監督兼脚本兼主役というフレーズにも心惹かれるが主役の探偵役はかい子、お前に譲ってやろう。


「いいだろう、かい子。お前の提案に乗ってやろう。それで、俺がアラタであることがばれないための包帯とサングラスか」


「そうです、アラタ様。やたらとあやしい顔を隠した覆面キャラも本格ミステリーの鉄板。アラタ様にはそんな覆面キャラとしてクルージング船の船長を演じてもらいます。ちなみに、出航直後に謎の嵐に襲われて十六角館の島に漂流する予定ですからアラタ様は船を操縦する心配はありません」


 ふふふ、俺が『犬神家の一族』で言うところの助六を演じることになるのか。ちょっとドキドキしてきたな。しかし……


「かい子や、顔を隠しただけで俺の正体が隠し通せるかな」


 かい子がタイムスリップさせてくれたから、中学生の俺の死亡事故から1万日たっているはずだ。そんな長い時間が経過したらサッカー部の連中は俺の風体はおろか声だって覚えていないと思うが、万が一と言うこともある。


「そうですねえ、だったら実体化するときは女体化しますか、アラタ様? せっかくだからナイスバディにしてあげますよ」


 ほう、女体化か。それならば俺がアラタであることはばれはしないだろう。


「じゃあ、お願いしようかな。かい子、俺を女にしてくれ」


「わかりました、アラタ様。えいっ」


 ほう、これが女の子の体か。どれ、さっそくおっぱいやお尻の感覚を満喫しなければ……


 ふわんふわん


「おい、かい子。おっぱいやお尻の感覚がないぞ。どうなっているんだ」


「そりゃあ、アラタ様は今ふわふわした存在ですからね。自分のおっぱいやおしりの感覚を楽しもうとしても無理ですよ」


「だったら、早く俺を実体化させてくれ。いつでもふわふわした存在から切り替えられるんだろう」


 俺の頼みにかい子は注意を付け加える。


「いいですか、アラタ様。アラタ様が女性の船長。そしてあたしがガイド役をやります。で、そのあたしのガイド役ですが……このままの格好ではいけません」


 確かに。かい子の服装はファンタジーな世界観の女神のそれだ。ホームズやポアロの世界ならまだしも現代日本では怪しすぎる。怪しい見た目担当は覆面の船長、つまり俺だけでたくさんだ。


「それでは……変身! どうですか、アラタ様。この姿は」


 かい子の服装はセーラー服になった。たしかに女の子がミステリーで探偵役をするパターンだったら女子高校生でセーラー服を着ると言うのはありきたりだろう。しかし……


「その顔はお気に召さないようですね、アラタ様」


「まあな。船長役の俺はともかく、サッカー部の連中は中学生から30年近くたった中年。サッカー部の顧問に至っては定年間近だぞ。そんな中でかい子一人がセーラー服と言うのは……セーラー服の女子高校生探偵と言うのはやはり同世代が大勢いる学校とかのシチュエーションでこそ映えるんじゃないか」


「なるほどお」


「それにだ! セーラー服と言うのはもともと男の水兵が着ていた制服だぞ。そんな服を着たかい子が船のガイドをするとなれば読者に『あれ? かい子って男なんじゃね』なんて邪推をされかねないじゃないか」


「ほう、さすがはアラタ様! その発想はありませんでした」


 本格ミステリーともなれば叙述トリックも意識しなければならない。そもそも『十角館の殺人』からして……おっと、これ以上はネタバレになってしまう。


「では、アラタ様があたしの服装をコーディネートしてくださいよ。リクエスト通りの服装になりますから」


 俺のリクエストか。舞台は孤島。そこになぜか建築された十六角館。そこで活躍する女名探偵。となると……


「よし、かい子。お前は探偵役だけで解説役も担当するのだ。島に漂流した俺たちに『ここにはなぜか十六角形の形をした館があるが、国境問題や自然環境の保護と言った問題で外界から隔離された島である』なんて訳知り顔で解説する役柄も担当してもらうぞ」


「やや、監督兼脚本兼脇役のアラタ様はあたしに探偵役だけでなく解説役もしろとおっしゃられるのですか」


「いやかね、かい子」


「いいえ、せんえつながらこのかい子。アラタ様が決めた役柄を精いっぱい演じて見せます」


「そして、俺のプランではセンターフォワードとトップ下、それに補欠ともとサッカー部の顧問を十六角館の特定の部屋に宿泊させる必要がある。そうさりげなく導くために、かい子にはうまいこと会話でそんな流れになるように誘導してもらうぞ」


「えええ、このあたしが探偵役兼解説役兼誘導係をやるんですか」


「そう、俺だけでなくかい子にもひとり三役をやってもらう」


 なにせ、十六角館には宿泊用の小部屋は十五部屋。そこにもとサッカー部員十二人ともとサッカー部顧問を押し込むと残りは二部屋しかない。そこに俺とかい子が滞在するのだから、俺とかい子は一人で何役もこなさなければならないのだ。


「そういうことだから、かい子にはもとサッカー部の連中の気を引けるような服装をしてもらおう」


「こんなものでどうでしょうか、アラタ様。シークルーズをする船上にあたしと言う一輪の花を演出するためにシンプルに白のワンピースのみにしました。上下が一体になった半袖ロングスカートの、避暑地のお嬢様が着てそうなやつです」


「0よし、そんなものでいいだろう」


 それでは……


「かい子。俺とお前が実体化だ」


「はい、アラタ様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る