第6話 野良ゾンビ対ボクのゾンビ
見えていたものに近づいたことで、
「冒険者! あれはゾンビの群れだ!」
二十歳前後くらいに見える二人の女性が、ゾンビの群れを相手に戦いを繰り広げていた。一人は革の鎧で要所を覆った軽やかな動きの剣士で、もう一人はゆったりとしたローブを着て盾と戦槌で堅実で重厚な戦い方をしていた。
こんな野原でモンスターを相手に戦う戦士であれば、冒険者ギルドに属する傭兵、つまりは冒険者と思われた。
「余裕を持って戦っているけど……、あれはまずい」
思わず唇の端を噛んで、才は唸っていた。二人の女性冒険者はどちらも優れた身のこなしで、大量のゾンビを相手に全く危なげがなかった。しかしこの状況は明らかに危険の大きいもので、それは動きに焦りが含まれる二人の冒険者にも当然わかっているようだった。
「あ、君! もしかして冒険者!? この群れなんとかできないかな? このままだとキングモンスターが!」
「と、とにかく加勢します!」
剣士の方があげた言葉に、才の胸中でも焦りが膨らんでいく。その原因であるキングモンスターとは、通常のモンスターの中でまれに現れる格別に強い存在のことだった。
その出現原因はモンスターごとに異なっていて、ゾンビやスケルトンなどのいわゆるアンデッド系モンスターでは、大きな群れが原因となって発生することが有名だった。ゾンビは下位モンスターで、例え群れたところでプロの戦闘職である冒険者にとっては脅威ではない。しかしキングモンスターは単体でも十分に脅威となるという事実が、慎重な才を深く考えもせずに加勢するという行動へと後押ししていた。
「こいつらはウチらが抑えてるから、なんとか数をがばっと減らせない?」
才が参戦を表明したことで、剣士がそう注文してくる。しかしこれまでの人生で身に着けた戦闘技術といえば、単体を相手にする武器戦闘くらいしかない才は反射的に鼻白んだ。
「無理ならガットムまで走って援軍を呼んでぇ! あたしが『治癒魔法』を使えるからキングモンスターさえ出なければ時間は稼げるのぉ」
その反応をみて戦槌の重戦士の方が、状況に合わないのんびりした語尾で声を上げる。
「ごめんなさい! そのガットムの場所がわからないですっ!」
ガットムという街の名前は才も聞いたことがあった。しかしそれを聞いて自分が今ネレイダ王国の国境近くにまで来ていたことに驚いている才には、そこまでの道順などわかるはずもなかった。
とっさに短剣を抜き放っていた才は、何かをしようとしていることを察した二人の女性が再びゾンビとの戦闘に集中した背中を見ながら、一瞬だけ躊躇する。
「(ボクが武器で戦ったって足手まといにしかならない……。お願い! もう一度力を貸して!)」
内心で祈るような気持ちで、つい先ほど念願の初召喚を果たした自らの異質な召喚獣を思い浮かべた才は、食い止める二人の向こうにうごめく大量のゾンビを睨みながら、大きく息を吸いこんだ。
「ゾンビ召喚!」
「へ? ゾンビ?」
「召喚?」
スキルの発動に絶対的な条件はないものの、イメージを固めるための言葉を発することは多い。そして才が叫んだ言葉に、範囲せん滅が可能な魔法系スキルを期待していた剣士は聞こえたモンスターの名前に落胆の声をこぼす。一方で重戦士の方は召喚という言葉に、目の前の大群を圧倒するような数を期待して呟いていた。
ぼこり、と鈍い音がして地面が盛り上がり、幼い顔立ちで精一杯厳しい表情を浮かべる才のすぐ前の地面から、仮面の大男が立ち上がる。
「じぇ~っ!」
「くそっ、一体だけか! いや、今はそれでもありがたいっ!」
「え、それよりゾンビって、言わなかったぁ?」
現れた異質な召喚獣に二者二様な反応を示す。しかし才はというと、また別のことに驚いていた。
「え? 斧……?」
呼び出された仮面ゾンビは、あちこちがほつれた服を着た偉丈夫。しかし前回と違うことに、その右手には木こりが使うような武骨で丈夫そうな斧をしっかと握りしめていた。
才の中に純粋な驚きと、『召喚魔法』というものへの好奇心が沸き上がるも、明らかにそれに構う状況ではないことに気を持ち直す。
「えっと、ジェイさん! いけぇっ!」
「じぇ!」
とっさに名付けて叫んだ才の号令に力強く応えた仮面ゾンビことジェイは、力強く吠えると突進を開始する。
「へ?」
巨体に見合わぬスピードで剣士の横を走り抜けたジェイが、驚きの息を吐く剣士が斬りかかろうとしていたゾンビへとぶち当たると、それは唸りをあげて吹き飛び後ろの何体もの別のゾンビを巻き込んでいった。
不意に出来上がった空間へと一歩進み出ると、ジェイは余裕すら感じさせるゆったりした動作で右手の斧を振り上げる。
「じぇえっ!」
空間を圧するような轟音が響き、突如才たちの目前に壁が出現する。それはジェイが斧を振り下ろしたことで巻き上がった、膨大な量の砂礫だった。
そしてすぐに地へと砂礫の壁が落ちると、途方もない大群に見えていたゾンビの数は半減していた。
「はぁっ!? なんなの、あれ!」
「……上位冒険者みたいだねぇ」
目の前にはゾンビがいなくなったことと、あまりの状況に剣士と重戦士は完全に手を止めて唖然とした表情を見せる。
「…………、え? こわ」
「「――っ!?」」
しかし才が呟いた言葉を聞いて、二人は唖然を驚愕に塗り変えて視線を向ける。圧倒的な強さを見せる謎のゾンビ召喚も驚異的だが、それをみて自分達と同じくらい驚き引き気味な反応すら見せる才の反応は意味不明だった。
「じぇ~!」
しかしそんなやり取りは聞こえていないのか、あるいは気にしていないのか、ジェイは離れた場所に固まる残り半分のゾンビへと吶喊し、再び驚異的な斧の一撃を見舞っている。
先ほどより遠いおかげで少し小さく聞こえた炸裂音を聞きながら、才と二人の女性冒険者の目には、ゾンビがすっかりいなくなり、きれいに耕された地面が見えていた。
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