第4話 ゾンビって何だったっけ?

 少し風変わりなデザインの、あちらこちらがほつれた服を着た大男。それも顔の前面を完全に覆う、不思議な光沢を放つ白い材質の仮面を被った怪人だった。

 

 「じぇ~っ!」

 「――っ!? ……えぇ?」

 

 足を掴んだゴブリンを逆さに吊るし上げる異形の偉丈夫は、とぼけたとしかいいようのない声を、それも大音声で言い放つ。あまりの状況に、さいは必死で暴れるゴブリンを見る余裕も無く口を開いて固まってしまう。

 

 「じぇ」

 

 そして才の驚愕に構うこともなく、仮面の大男はゴブリンを掴んだままの腕を振り上げる。

 

 「ギィィェ」

 

 振り上げられた反動で浮き上がったゴブリンが、浮遊感に不快さでも感じたのか小さく苦鳴を吐き出す。

 

 「じぇい!」

 

 そして多少気合いの乗った声と共に、大男の腕は振り下ろされ、鈍い轟音をたてて大量の砂埃が巻きあがる。

 

 「えぇ……、あの、えぇ?」

 

 才はあまりに現実味の無い光景に、逃避気味な思考で自分がしたことを思い返していた。

 

 「ボクは、確かゾンビ召喚って」

 

 記憶にあるのはその言葉だった。つらい現実から続いた非現実的な出来事に、視界に映った“召喚”の文字。それに対して才はもちろん己の渇望したスキルの真なる開眼を期待していた。

 

 ゾンビは強くないモンスターなので、『召喚魔法』で呼び出せる対象としてはいってしまえば“はずれ”だった。しかし戦力としてどうかというのは呼び出せる数にもよるので、例えば見渡すかぎりを埋め尽くすほどのゾンビを召喚できるのであれば、伝説にも名を残せるほどの使い手にだってなれる。

 

 そんな英雄願望とも、辛い現実からの逃避ともとれる才の期待は、本当に予想外の方向へと猛スピードで展開していた。

 

 立ち尽くす才の前で、巻きあがっていた砂埃が晴れていく。

 

 当然のようにそこには仁王立ちする仮面の大男の姿があり、しかしその手にも、また地面が抉れた足元にもゴブリンの姿はいなくなっていた。

 

 「じぇ~」

 

 心なしか、これまでで一番のんびりしているように聞こえる声で、大男はその手の平を見せて何もいないことをアピールしてくる。

 

 「あ、あぁ、うん、倒した……ね」

 「じぇ!」

 

 才がこくこくと首を上下させながら、確認の言葉を返す。すると大男は満足げに一声上げると一歩隣へと移動する。そこは初めにこの大男の手が出現した位置、つまり現在はちょうど常人であれば二人位が入れそうな大穴が空いていた。

 

 「え!? あ、と、その……ありがとう」

 

 何となく大男が“帰る”と直感した才は、何を聞くべきか、あるいはするべきか、懊悩した後で結局は素直に思い浮かんだ言葉だけを口にした。

 

 するとお礼を言われることは意外であったのか、大男がその不気味な仮面の顔を才へと向けて、しばし動きを止める。

 

 「じぇ~」

 

 しかし何事もなかったように再び動き出すと、仮面の大男は軽く手を振り、そして大穴へと飛び降りていった。

 

 「あ! ……いない」

 

 大きい穴とはいえ、才の位置からでも底が見えるくらいであるはずなのに、すでにぼろをまとった大柄な体躯は見えなくなっていた。驚いた才が穴の縁まで近づいて覗き込むものの、やはりそこには掘り返された土と小石くらいしかなかった。

 

 「助けて……くれたんだよね? ボクの召喚獣のゾンビが…………ゾンビ?」

 

 状況から推測される仮面の大男の正体を口にした才は、自分が言った言葉が受け入れられないとでもいうように、首を傾げて口を開いたまま、しばし静止していたのだった。

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