第2話 奈落の底でボクの人生は本当の始まりを迎えた

 「暗い……、痛い……」

 

 何も見えない暗闇の中に、さいの悲痛な呟きが響く。しかし答える声はなく、才が呻く声は徐々に小さくなっていく。

 

 「だ、れか……。救けて……」

 「チャイルド・ゼロゴの要請を確認。緊急性から受諾プロセスを省略、治療を開始します」

 「――!? え?」

 

 視界は利かなくとも誰の気配もしなかったはずの空間に、突如才以外の誰かの声が聞こえる。そして異常はそれだけではなく、才の全身を苛んでいた激痛というのも生ぬるいほどだった鈍痛が急激に和らいでいく。

 

 「君は誰? 何が起こったの?」

 

 才は起こっていることの何も理解が出来ず、不安を感じながらも普通に動くようになった腕で自分の体を触っていく。

 

 「血……、だよねこれ。でも傷はない、というか治った?」

 

 思い出すのも辛い現実ではあるものの、才は父である厳正げんせいの手によって奈落の底へと落とされたはずだった。その具体的な高さはわからなくとも、少なくとも自分の体が無事ではなかったことだけは痛みの記憶と共に確信が持てていた。

 

 そして状況を把握しようと思いを巡らせたことで、才は自分の受けた仕打ちについて実感が湧いてくる。

 

 「ボク、捨てられたんだ。父上……、ううん藤堂とうどう家に……」

 

 暗澹あんたんとしか言い表しようのない、黒く淀んだ感情が才の胸に渦巻く。それは恨みや怒りといったものではなく、純粋な絶望だった。

 

 「ボクがせっかく授かったスキルを全然使えない無能だったから……」

 

 本人の技量に関係なく保有しているだけで有能とされるスキル『召喚魔法』が確認された時、才は誇らしい気持ちで一杯であった。自分の育った家である孤児院への恩返しが出来るといった思いもあったが、当時十歳の子どもだった才にとって自分が特別な力を持った存在であるという事は優越感を含んだ強力な自己肯定感となっていた。

 

 しかしその後の五年間――現在に至るまで――にその『召喚魔法』を使って何も呼び出せないことは、才の自己肯定と自尊心を打ち砕いていた。最後に縋った魔術の勉学についてすら、つい先ほど最悪の形で否定されたことで、才はもはや自分の存在意義を見出せなくなっていた。

 

 「ボクもなにか、少しでも力が欲しかったなぁ。『召喚魔法』がちゃんと使えれば、違った人生があったのかな?」

 「チャイルド・ゼロゴの要請を確認。権限チェック――」

 

 再び無機質な、男とも女とも、老人とも若者ともつかない声が聞こえ、才の前方、少し離れた位置に緑色の光が小さく灯る。

 

 「へ?」

 「――『魔導兵装・召喚』の権限を確認。要請を受諾しました。兵装の積載を開始します」

 

 戸惑う才に一切構う様子を見せずに声は続き、そして小さく灯っていた緑色の光が急激に発光の度合いを高めていく。

 

 「――っ!?」

 

 あまりの眩しさに、才が声も出せずに驚愕していると、その光は嘘であったかのようにすぐに消えてしまう。

 

 「うぅ……、目が……」

 

 再び暗くなったことで、眩んだ目が見えているかを確認することもできず、才は痛む目を押さえて頭を軽く振る。

 

 「あれ? なに?」

 

 そしてしばらくして、手を離して目を開いた才は、何も見えない暗闇の中にまた何かが灯ったのを見つける。が、それは一瞬で、それが何かを確認することもできなかった。

 

 「ううん、気のせいかな? まだ目が眩んでいるのかも」

 

 一瞬見えたものは緑色に光っていたようであったために、先ほどの瞬間的な光がまだ焼き付いていると判断した才は、もう一度軽く頭を振って正常な視界を取り戻そうとする。

 

 「どちらにしろ何も見えないけど。出口ってあるのかな?」

 

 理解できない状況と現象が続いたことで、うまく気持ちの切り替え、あるいは現実からの目線逸らしが出来た才は、恐る恐ると手を伸ばして周囲を探ろうとする。

 

 「チャイルド・ゼロゴの要請を確認。権限チェック――受諾しました。施設外部への排出を開始します」

 

 しかしその手が何かに触れる前に、再び無機質な声が反応し、また一瞬だけ緑色の光が灯って消える。

 

 「え? え? え?」

 

 何度聞いても何をいっているか理解できないその声に、才はやはり戸惑うことしかできない。未知の言語ということでは無く、知らない単語が多い上に、一方的で確認を差し挟む余地すらない。

 

 「あれ、足元?」

 

 しかし混乱する才を待ってくれず、またもちろん説明もなく、今度は足元が揺れ始める。

 

 「――! ええええええ!?」

 

 そして才が小さく衝撃を感じた瞬間、それは臓腑ぞうふをかき乱すような浮遊感へと変わり、驚愕の悲鳴を残してその場から才の姿は消えていくのだった。

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