最強で最恐で最驚の召喚獣 ~名門貴族家から追放された役立たずのボクは、奈落の底で無能スキルの真の力を解放する~

回道巡

第1話 ボクは愛されていなくても、憎まれてはいないと思っていた

 「そこに立て、さい。下には何が見える?」

 

 暗い遺跡の中で、重厚という概念をそのまま音にしたような声が響く。

 

 「は、はい、父上。えっと……」

 

 それに応えた才と呼ばれた少年は、声も見た目も良くいえば優しく、率直にいえば頼りなかった。

 

 そして才は、自分とは正反対な分厚い体格と厳めしい顔をした父、厳正げんせいを恐れるように顔色を窺いつつ、指示された場所へと移動する。

 

 「暗くて、何も見えないです」

 

 奈落の遺跡と呼ばれるこの古い神殿跡は、まさに今才が覗き込んでいる穴の通称こそが呼び名の由来となっていた。

 

 「お前を引き取って、五年になるか?」

 「え? あ、はい。学校に入る歳で、ちょうど十歳の時でした」

 

 急に話題を変えた厳正の言葉に戸惑いを感じながらも、才は言葉を選んで返答をする。

 

 というのも、才の頭に初めに浮かんだ十歳の例えは入学年齢ではなかった。スキル開眼――それが浮かんだ言葉であったし、また間違いなく孤児院で育った才が名門貴族である藤堂家に引き取られた理由だった。

 

 「そうだ、お前が『召喚魔法』を開眼した歳のことだった」

 「……」

 

 自分が避けた言葉を改めて口にされた才は、思わず押し黙る。その内心では奈落を覗き込んでいて、目を逸らす言い訳を探さなくて良いことを喜んでさえいた。

 

 スキルの開眼、それはこの世界のだれであっても例外なく十歳になると起こる、一種の成長だった。スキルの種類は多様で、『腕力強化』など身体能力を一時的に上昇させるもの、『斬鉄剣』など特定条件下で驚異的な一撃を放つもの、そして『炎魔法』など超自然の力を操れるようになるものなどが存在していた。

 

 ほとんどのスキルは同じものであってもその効力に個人差があるため、結局は他のあらゆる技能や才能と同じで、スキルそのものに上等下等は存在しないと世間では認識されている。そして一握りの例外の内の一つが『召喚魔法』だった。

 

 人類の天敵である超生物モンスターを行使者の支配下に置いた状態で出現させるこのスキルは、戦いにおける至上の価値である“数”を増やすことができるために、こと戦闘系スキルとしては別格視されていた。

 

 「一月前にも確認したが、もう一度聞こう。才よ、何か召喚できるようになったか?」

 「……、…………いいえ」

 

 遺跡の古い石壁に吸い込まれてしまう程の小さな声で、才は己の無能を告げる。王城で行われたスキル確認において『召喚魔法』に開眼していることが確認された才は、しかし十五歳になる今になっても、何も召喚することができないでいた。

 

 「儂が、いや藤堂家が、お前を引き取った理由はわかっているな?」

 「……魔導の名門であることが、藤堂家のあるべき姿だからです」

 

 スキルで扱うものが魔法、純粋な技術によるものが魔術、そしてそれらを合わせて魔導と呼ばれていた。その魔導に秀でることが強みである藤堂家は、名門貴族でありながら積極的に養子をとることでも知られていた。いうまでもなく、強力な魔法系スキルを持ったものを取り込むために。

 

 発現したスキルが全く使えないことに焦った才は、必死で勉強に打ち込み、学校の卒業時には主席として表彰を受けるほどに魔術を学んでいた。しかし厳正の実子であり、才の姉であるしずくも主席であったし、兄の厳治げんじも次席として卒業していた。

 

 養子として引き取られながら、その理由であったスキルを使うことができない才への家族からの感情は冷たく厳しいものであり、特に後継ぎである兄厳治からは面と向かって「役立たず」と度々罵倒されるほどだった。

 

 唯一才の事を庇ってくれるのは優しい姉の雫のみであったが、優しさ故に押しの弱い雫では、スキルが使えないまま成人である十五歳を迎える才を庇いきれなくなってきていた。

 

 「そのあるべき姿に、藤堂の家を保つことが、当主である儂の役目だ」

 

 いつも通りの低く平坦な厳正の言葉に、才は背を向けたままで唇を噛み、己の不甲斐なさと自分のスキルしか見ようとしない義父への感情に無言で耐える。

 

 「……えっ?」

 

 しかし才の懊悩は、軽い衝撃と突然の浮遊感に驚いて中断される。

 

 「……許せ」

 

 感情らしい感情を表に出さない厳正の、ひどく掠れた老人のような声が聞こえた才は、それが現実か、あるいは自分の願望からの幻聴かを判断できなかった。なにしろこの瞬間までは、いかに疎まれ冷遇されていても殺されるほどに憎まれているとは、露とも思っていなかったのだから。

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