74 処刑場にて1

 本日は絶好の処刑日和……かは知らないけど嬉しくもないマイ処刑日。

 ニコルちゃん達は忙しく東奔西走してくれていて暇もなかったのか二度目の面会はなかった。

 高みの見物と称してわざと丸投げしていったアーネストも勿論来なかったわー。

 残された時間私はひたすら日記と策を練った。

 だけどいくら考えてみても、私と日記の貧相な脳みそじゃ脱獄案と逃亡案しか出てこなかった。一度二度じゃなくそれはもう何度話し合っても結論は同じだった。

 因みに、日記に脳みそがあるのかって疑問は声帯があるのかって疑問と同じだし、発展問題的にスライムに云々ってのと同じだから敢えて考えない。

 昼夜を問わず私が日記に向かって話しかける姿を見かけた巡回兵からは牢に入れられておかしくなった可哀想な娘扱いされて絶対に目を合わせようとしなくなった。

 どう見ても病んだ目をした私に呪われるとでも思ってるのかしらねー、失礼しちゃう。

 日記はワル魔法使いが現れた件はさすがに驚いていたけど、血を欲されて求婚されたって話したら「君さ~ヤンデレ限定のモテ期じゃないの~?」だって。そんな面倒なモテ期要らないわよ!


 それにその言いようじゃ、アーネストとニコルちゃんだけじゃなくウィリアムもヤンデレの括りよね。


 うーんそうかしら? 人並みの嫉妬とか独占欲はあっても尊大が専売特許のウィリアム様よ? 葵の時だって別にそんなじゃなかったし。

 まあとにかくヤンデレ云々は置いておくとして、いっそ脱獄してあのバッハ判事のとこに直談判しようかって思いもしたけど、心証を悪くするのは得策じゃないしニコルちゃん達が頑張ってくれてるだろうからと動かずにいたの。


 だけど釈放のしの字も見えないままとうとうこの日になっちゃったってわけ。


 処刑後の私の死体の後処理を考えたそうで朝食は抜きだった。

 健康診断でもないのに朝は水だけなのって文句を言ったら、空腹は水で満たせと言わんばかりに粗末な水差しごとを牢内に入れた兵士が無情にもそんな裏事情みたいな話をしていったけど、リアルにこれから自分が殺されるんだって実感が湧いたわ。でもさあ、慈悲の心で最後の晩餐くらいさせてって感じよねー。ケチくさッ。

 そしてたぶんお昼前くらいだと思う。


「アイリス・ローゼンバーグ、お前を今から処刑場へ連行する」


 敢えての無表情なのか元々なのかは知らないけど強面の兵士達が黄泉路への第一歩を踏ませに来た。牢屋を出る際には手足に再び重くて締めつけのキツい枷を嵌められた。


「あっねえ、日記も一緒に持って行かせて」


 そうお願いすればやってきた兵士達の中でも連行の責任者だろう中年兵士は少し思案してから「自分で持つなら良いだろう」と許可してくれた。だってこんな場所に置いてっちゃったら日記ってば湿ってカビどころかキノコまで生えちゃうわよ。

 時々結構ムカつく奴だけどそんなでも離れるのは嫌だった。


 だってこれから私は人生の大きな選択を迫られる。


 その時はやっぱりNPCが一緒にいなくちゃね。


 どこまで歩かされるのか地下牢を出て王城の敷地をしばらく歩いた。

 その間ずっと鉄の枷の重さに加えて日記の重量も腕に加わって痺れたけど、この疲れすら自分が生きている証拠なんだって何か言いようのない尊いものを自覚した気がした。でもまあやっぱり結構腕に来るー。


「ねえ、どこまで行くの?」

「着けばわかる」


 もしかしてこれは延々歩かせの刑なのかと自分の中で下手な冗談を飛ばしつつしばらく歩くごとに同じ問いを繰り返したけど、私を連行する兵士は誰も彼もにべもなかった。

 無駄に敷地が広いってのも考えものだわね。魔法でセグウェイっぽいのくらい開発しなさいよっての。

 枷に足首がすれてヒリヒリしてきた所で前方に高い壁が見えてきた。


 あれって城壁よね?


 高さや色合いが護送の馬車から一度見たものと同じようだからたぶんそうだわ。

 一応横の兵士に確認したら肯定が返った。じゃあこのまま行くと王城の敷地から出ちゃうんじゃないの? ああもしかして罪人の処刑を城でするのは不吉だとかで処刑場は外にあるとか?

 見えているのは正門じゃなさそうな別の門だけど、それは一体どこへ繋がっているんだろうってこんな時なのに呑気にも私は少しの好奇心を持って見るからに堅固な城壁を見上げた。


 そして辿り着いた先、連行の兵士と共に潜った城外への大きな扉の向こうに私は唖然となった。


 人、人、人、人、人、人人人人人――……人ッ!


 大きく目を見開いた視界一面には大勢の人間の姿が映し出された。


 出た先は大きな広場で、そこにはまるで王都中ううん近隣地域からも集まったのってくらいに本当に多くの人々が溢れている。

 ちょっと嘘でしょ? 斬首っては言い渡されたわよ。でもまさかこんな形だなんて聞いてない。


 ――こんな、公開処刑だなんて。


 てっきり人知れず刑を執行されるものとばかり思っていた。だけどそうよ、アイリスは悪役令嬢なんだもの、処刑フラグと言えばテンプレの公開処刑だって有り得たんだわ。

 きっとこれもアーネストのお膳立てね。

 全く以て憎たらしい奴!

 人垣の向こうに地面から一段高くなっている舞台が見えて、きっとそこまでも歩かされるんだろうって確信した。遠くからでも処刑が見えるようにって配慮ね。地球の中世辺りは処刑見物がある意味娯楽の一つみたいに思われていたって聞いた記憶があったっけ。

 ここの人々もそうなのかしらね。はーあ悪趣味。現代日本じゃ野蛮の一言に尽きる娯楽だわ。もっと他に時間と脳みそ使えばいいのに。でもこれも長い目で見た時のこの国の習慣や文化の一通過点なのよねきっと。そんな達観も抱きつつ私は遠い目をした。

 さっきまでは処刑場は一体どんなに暗くて寂しくて血生臭い場所なのかって思っていたけど、蓋を開けてみればあらまあ何と清々しい程の青空の下だった。あっはっは!


 開演前の劇場のようにがやがやとした喧騒に包まれていた王城前広場内だったけど、城門付近の人々が囚人の登場に気が付いて、そこから情報が波紋のように伝わって、いつしか水を打ったように静まり返った。


 枷に繋がる鎖の端を持って先を行く兵士の促しに人垣が割れて細い道が作られる。兵士に続いて進む中、私は否応なく極度の緊張を強いられた。

 だって皆が私に注目している。

 しかも心底憎々しげだったり軽蔑嫌悪するような視線が刺さってくる。国家転覆を画策した大罪人だと思われているのなら当然の反応かもしれない。

 そう理解はしているけど、法廷とは比較にならない数の他者からの敵意に晒されて何も感じないほど私は図太いわけでも肝が据わっているわけでもない。


 日記を強く抱きしめてその感覚を意識して、これが現実なんだって自分に言い聞かせながら進んだ。


 よくドラマやなんかで目にするように、卵とか石をぶつけられなかったのは幸いだった。

 もしかしたらこの国では処刑の際にはそういう節度を求められるのかもしれない。間違えて兵士に当たっても気の毒だし素直にそこは胸を撫で下ろした。

 辿り着いた舞台へと上らされると、たぶん刑の執行責任者なんだろう壮年の男が声高々に勝手な罪状を読み上げる。


「……であるからして、告知の通り今より大罪人アイリス・ローゼンバーグの処刑を執り行う。国家転覆を目論み国土を脅かさんとする者は何人であれ、正義の裁きによって打ち滅ぼされんことを皆の者はしかとその目に焼き付けよ!」


 日本じゃ役者が言いそうな仰々しい言い回しに煽られた民衆たちが「おおおおッ」と怒涛の歓声を上げた。地響きのようにして足元からそれが伝わってくる。


「ちょっと勝手なこと言わないで! 私はそんなの企んでないわ! 冤罪よ!」


 一方の私は大人しくしていてやる義理もないと早速と反論したけど、小娘一人の声なんて多勢に無勢、五月蠅いくらいの歓声に掻き消されちゃったわ。ああもう悔しい。ここで私が何を訴えた所で誰にも届かないのね。

 このまま大人しく処刑なんて真っ平だし、そろそろ魔法で逃げるべきかも。

 逃亡者として追われる身になるけどアーネストをとっ捕まえてあのお綺麗な顔をぶん殴ってそんで以て皆の前で私の冤罪を白状させてやるんだから。


 本音を言えば最後に家族に会いたかったし、何よりウィリアムの顔だって見ておきたかった。


 そして大丈夫だからって伝えたかった。


 今後どうやって逃げ隠れしながら生計を立てようって考えれば、まあうん、全然大丈夫じゃないんだけどそこは今は考えない。


 これからも私は強く生き抜いてみせるわって意気込みだけでも伝えたかった。

 会えないなら仕方がない。落ち着いたら手紙でも出そう。

 逃亡への腹を括って舞台の中央へと歩かされながら、私はさっき遠目に見た時から実は気になっていた物へと目を凝らす。


 だって舞台の中央には後生大事そうにすっぽりと布を掛けられた縦長の大きな何かが置かれているんだもの。


 まあ目を凝らした所で透視能力なんてないから中身なんてわからないけど、その脇には兵士が控えている。何を勿体を付けているのかしらね。訝り顔で眺めていたら執行責任者から合図された兵士数人が大きなその布を取り払った。


「う、そ……」


 無意識の呟きが唇から漏れ出ていた。

 驚くべき物を前にして純粋に恐怖を覚えていた。


 そこには教科書かテレビか何かで見たことのある処刑具――ギロチンが鎮座していたから。


 確かに西洋風の世界だけどこの世界にもギロチンが……ギロチンって名称なのかは知らないけど断頭のためのこんな大層な処刑具があるなんて思いもしなかった。

 思わず足を止め呆然としてデカデカとしたギロチンの刃を見上げる私は、知らないうちに随分と力を入れて日記の縁を握り締めていたみたい。歩けと促されて我に返ると手指が強張っていて痛かった。


 ……これも絶対あいつの仕業ね。


 アーネスト~~~~ッッ!


 文字通りよくもこんな大がかりな舞台を用意してくれちゃったわねっ!

 ホントもう今度会ったらタダじゃおかないわ。ビンタよビンタ!

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