45 中央塔2

 この調子で会話をしていると向こうのペースに呑まれそうだし、早い所今現在直面してる話題に移るのが得策よね。


「あっねえ、ニコルちゃんが倒れたって話からすると、おそらくは最後の仕掛けはここにあるのよね。ここは魔法的にはどんな感じなの? 私にはさっぱり何もわからないから」

「ああ、今の所見た目に変化はないが、魔法的な見地からするとこれまで俺が見てきた中で最も厄介だな」


 ちょっと強引だったかなっていう話題の転換にも、ウィリアムは戸惑った様子もなく付いてきた。私からその手の質問をされる想定はしていたのかもね。


「じゃあやっぱりここに危険な仕掛けがあるのね」

「そうだ」


 さすがはラストワン。ウィリアムに最も厄介とまで言わしめるなんて。でもどこがどう厄介なのかはわからない。訊いたらわかり易く教えてくれるかしら?

 ウィリアムはようやく近過ぎた位置から一歩下がると、先の突風で乱されたんだろう彼自身の頭髪を指で梳いて軽く整えながら、鐘楼の上の尖がり屋根を仰いだ。

 ……関係ないけど、スポーツ飲料とかそのままごくごく飲んで欲しいような咽元ね。


「あれじゃあ反撃されたニコルが倒れたのも無理はない」

「へ……? ――反撃いいい!? まっまさかどこかに刺客が潜んでるの!?」


 あわや今にも暗殺かと慄き大袈裟に周囲をあたふたと見回す私を、ウィリアムは犬も食わない夫婦喧嘩とか、どこかそういうしょーもないものでも見る目で見てきた。レディに対して失礼ね。


「そういう意味じゃない。刺客はいないから安心してくれ。反撃というのは、ここにあらかじめ仕掛けてあった魔法に手を出した結果、反対にその魔法を防護するための魔法にやられたって意味だ」

「そんな……。でも魔法を護るための魔法だなんて随分手の込んだ真似を……」

「全くだな」


 ワル魔法使いのアンチクショーッ、魔法実験だか何だか知らないけど実に忌々しい。ニコルちゃんまで苦しめるなんてホントマジ最悪だしね。


「あ、そうだ、ニコルちゃんに治癒魔法掛けてくれてどうもありがとう」


 そう言えばまだ言っていなかったと素直な感謝を伝えれば、ウィリアムは視線を逸らすやしばし渋面を作って空白をなした。


「……俺はお礼を言われる立場にない。何せ全快まではしてやれなかったからな」

「そんなことないわ。ニコルちゃんが意識を戻したのはあなたのおかげでしょ。それに、余力を残しておくためだったんじゃないの? 私にはあなたの助けが必要なんだし、だから気に病まないでよ。あなたが悪いなら私なんて世紀の極悪扱いで日の下を出歩けないわ」

「何だそれは……」


 事情を知らないウィリアムは、私が冗談交じりに慰めたとでも思ったのか少しだけ渋面を解いた。

 ……結構本気の事実でーす。


「気遣いは有難いけどな、俺は今まで自分は魔法使いとしても優秀だと驕っていた。だから今回のことで己の未熟さと、この先根本的な魔法力の底上げをする必要性を痛感したな」


 えっやだ意外~。見る度にちょ~~~~お余裕って感じでスカしてるウィリアム様でもそんな風に悔しがったり殊勝になるんだ~あ。


「ねえあの、そんなに気負わなくてもいいと思うわよ。あなたこれで十分頼りになるし」


 すると彼は自らの掌を見つめて握り締め、凛々しくもある眉根を寄せる。


「いいや駄目だ。でないと……肝心な時に大事なものを護れないかもしれないからな。後悔してからじゃ遅いんだ」


 ……どうしたんだろ。何か妙に実感が籠ってる。


「ところであなたこそ本当に大丈夫なの? 早朝から動いて魔法も使ったから疲れがぶり返したりしてない? 食事だって食べたの?」

「朝食なら朝イチで伯爵の所で食べたよ。昼食はこれからだけど」

「それならまあ良かったわ。私も昼食はまだだし」


 ……ん? 貴族って朝が遅いって言うわよね。でも伯爵は早起きする人なの? 


「早起きは得するってことわざがあるし、待っている時間が勿体なかったから、未来の義父を思って朝食に誘ったんだ」

「へえ……って、はいい?」


 私の率直な疑問を正確に読み取ったようにウィリアムは微笑んでそう言った。

 でも、伯爵を思って? ……思って?

 一時的に目を点にした私は、とりあえず彼からざっと今朝からの行動歴を教えてもらった。

 供述内容によれば、彼ウィリアム某とやらは本邸に到着早々魔力の流れ的に中央塔が怪しいと確信。ただしそこに赴く前に王子の権力をチラ付かせ、問答無用で寝ていた伯爵を叩き起こした模様。

 眠い目を必死で開く伯爵と共に朝食を摂り、伯爵から私の自由の確約を脅し取……えへんえへん、取り付けた後、ニコルちゃんに話を聞きに向かう。

 そこでニコルちゃんの不調に気付き治し話もして最後にここ中央塔に来た次第、と。

 ……呆れたあ。いくら立場的に自分が上だからって義理の父予定者にその仕打ちって、さすが唯我独尊ウィリアム様だわ。

 でもそれより、ニコルちゃんの部屋を訪れた時って、メイドたちはこぞって私の所に来ていたはずよね。


「一つ訊くけど、ニコルちゃんのとこには、他に誰かいたの?」

「いたら治癒魔法なんて使うわけないだろう?」


 じゃあ二人きりだったのね。


「今更だけど、いくら元婚約者だからって未婚の淑女の部屋に無断で二人きりとか、何考えてるのよ。今回は変な風には思われてないみたいだから良かったけど、醜聞は私だけにして」


 小言が煩わしかったのか、ウィリアムは僅かに目を細めた。


「ニコルは淑女か?」


 一瞬言葉に詰まった。


「し、趣味はどうあれ、あんな綺麗な子を捕まえて淑女じゃないなんて有り得ないでしょ」

「ふうん、妬いてくれるとは嬉しい限りだな」

「自惚れないでっ。今回は大目に見るけど、今後は気を付けてよ。私の可愛い妹なんだから」


 血の繋がりはどうあれね。

 ウィリアムは何故かスッキリしないような微妙な面持ちだったけど、こっちの咎めの気配にこれ以上は面倒だと思ったのか「わかったよ。君のためにも肝に銘じておく」って引き下がった。

 この人が助けてくれなかったらニコルちゃんは今も苦しんでいただろうから、一方的に責めるだけってのもまあ違うんだけどね。


「心配しなくてもニコルには一度も異性を感じたためしはない。無論この先もな。たとえ裸で寝てようが何もする気は起きないよ。君の寝込みなら喜んで襲うけどな」

「は!?」


 いいいいきなり何を言うのよこいつは!

 日記を盾に身構えれば、ウィリアムはふっと不敵に笑んだ。ああまた揶揄からかわれた!

 彼を睨んでぐぬぬと歯ぎしりしていれば、ふとウィリアムの表情から遊びの色が消えた。


「アイリス」


 いつになく真面目な面持ちで名を呼ばれて、我知らず背筋が緊張する。


「な、何……? 」

「早いうちに言っておこうと思うんだが、調べた結果、俺にはここの魔法をどうにもできそうにない」


 それはつまり……言葉通りの意味よね。

 ええ、でも、そうだって知ってたわ。

 ただ予測していた事実とは言え微かな希望があったのは否めない。ウィリアムならもしかしたらってどこかで思っていたのよね。まだ抱いていた愚かな他力本願。

 日記を抱える腕に力が入った。


「よって、俺はこの地を放棄する提案を君にするよ」


 気付けばごくっと生唾を呑んでいた。

 わかってはいたけど、すぐには言葉が出てこない。私ってホント駄目駄目だわ。


「力が及ばず済まないな」

「あ、あなたが謝る必要なんてないでしょ!」


 ついつい尖った口調にはなったけど、ウィリアムは別に責めてるんじゃないってわかってくれてるみたいで良かった。


「でもそれじゃ、今からすぐにでも支度をして皆に屋敷を出てもらわないと。あなたの転送魔法はもちろん頼りにしてるけど、不必要な負担を掛けるつもりはないの。魔法なしに事前に離れた場所まで行けるならそれに越したことはないもの」

「そうか。皆には何て言うつもりなんだ?」

「それが問題よね。全員ピクニック……は厳しいわよね。うーんそうねえ……あなたの計らいで皆を旅行にご招待っていうのはどう?」

「……俺たちの新婚旅行もまだのうちに他者を旅行連れていくのか?」

「それはあなた一人で行って」


 突っ撥ねた私だったけど、よくよく考えればそれだわと思い直した。


「前言撤回。皆を引き連れてちょっと早いけど新婚旅行したいってお願いすればいいのよ! あ、正確には結婚前だから婚前旅行かしらね」

「……無神経」

「え、なに?」


 ウィリアムがボソリと何か呟いたけど聞き取れなかった。


「勿論口実だから、本当に結婚するわけじゃないからね」

「はー……もう何でも構わない。俺は屋敷の全員を避難させることだけに注力するよ」


 え、急に投げ槍になったけど何で? そんな態度で承諾されると逆にこの案も起用しづらいじゃないの。

 全員が一発で避難って言うか退避してくれる方法は一つ思い当たるけど、それは最終手段だから軽々しくはそうできない。無駄に怖がらせたくだってない。


「じゃあウィリアム、お父様の所に一緒に行ってもらえる?」

「仕方がないな」


 溜息と共の承諾でぶっちゃけ文句を言いたい気分だったけど、彼の協力あってこそだし一歩前進はしたから鋭い言葉は呑み込んだ。


「ところで例の破壊魔法はどこに仕掛けられてるの? 見た所ここに魔法陣らしきものはなさそうだけど。あ、鐘楼があるし、鐘の裏側にあるとか?」


 塔の円周に沿って魔法っぽい模様があるでもないし、単純に把握しておきたいと思って問えば、ウィリアムは鐘楼を見上げた。


「やっぱりあの鐘なのね?」

「いや」


 一旦こっちを見て緩く否定に首を振ったウィリアムは、再度頭上を見やった。


「危険なのは、あれだ」


 そう言った彼が指し示したのは、私の菫の瞳に映る鐘楼……ではなく、その真上、つまりは屋根の上で動いたり止まったりしている物――風見鶏だった。


「へ? あれ……なの?」


 私の疑問を肯定するかのように、可愛らしい顔をした鶏が、くるりと風に回った。

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