43 倒れたニコル2

「私を心憎しと思っているでしょうけど、きちんと話してくれてありがとう」


 ま、めっちゃ圧力掛けたけどお?

 それまで渋々吐露していたメイド達は、私の口から「ありがとう」なんて言葉が出てきたもんだから、完全度肝を抜かれて目をひん剥いた。


「て、天変地異の前触れ……」

「あ、あたし明日死ぬのかも……」


 ちょっとちょっと心の声駄々漏れよ。ふっまあいいわ。この私、ニューアイリスにしてみればそんな些細な侮辱はわざわざ腹を立てるにも値しないしね。

 そんな私には一つ腑に落ちない点があった。


「ねえ、どうして今まで知らせに来なかったの?」


 おそらくは昨日の夜の時点で既に寝込んでいたはずなのに、ニコルちゃん付きメイドの誰一人としてここにいたウィリアムに報告に来なかった。離れへの出入りに彼の許可が必要だったとしても、今みたいに乗り込んでこればいいだけでしょ。

 そもそも昨日彼が本邸に赴いた時にどうして言わなかったのかも疑問だわ。


「ニコル様から止められていたのです。御自身のお加減も悪い中、頑固にもどうしても駄目だと言い張りまして……」


 ああそうか。きっとニコルちゃんは私達に迷惑を掛けたくなかったんだ。

 離れは離れでまだ危険な魔法が残っていたし私も倒れていたし。

 もう、馬鹿なくらい良い子なんだから……。


「あなた達が来たならじゃあ、今ニコルちゃんの意識は……」

「はい、ございません。昏睡しておられます。悪化しているとみて宜しいかと」

「そんなッ……」


 思ったよりも悪い事態に気持ちが竦む。

 もっと詳しく話を聞けば、伯爵達本邸の皆には風邪を引いただけって伝えたみたい。

 魔法で体調が悪くなった事実も秘密にするよう厳命されたらしいわ。でも彼女が意識を失ったのを機に動いたんだとか。

 ウィリアムに頼るのは、彼女達にとってはニコルちゃんの婚約者はまだ彼だからで、ニコルちゃんを見舞ってもらう事で私から引き離すっていう目的もあったみたい。

 まあ、来てくれてちょうど良かったわ。

 私は表情をしかと引き締めて空気を大きく吸い込んだ。


「状況はわかったわ。私を一緒に本邸に連れてって」


 メイド達は戸惑いと共に難色を示すように眉根を寄せた。


「責任は私が全部取るわ。バレてもあなた達にはお咎めがないようにする。見張りの目を誤魔化せればそれで良いから。だから協力して! ――お願い!」


 真っ直ぐに頭を下げた。

 単に無理矢理でも命じればいいのかもしれない。使用人への態度としてこれは不適切なのかもしれない。だけど必要だと思った。

 三秒は経ってから顔を上げれば、今度こそメイド達は呆気に取られていた。

 まさかあの悪名高いアイリス・ローゼンバーグが人様に、しかも使用人に頭を下げるだなんてって顔してるわ。まあ直近のやり取りを思えば当然よね。


「お願い、協力してほしいの。私の培った知識が何かの役に立つかもしれないし」


 毅然とした眼差しと真摯な声に思いを託す。

 じっと待っていると、ややあって反応が返った。


「わかりました。確かにアイリス様は悪知恵が働きますし、わたくし共にはない情報も保有していらっしゃるでしょう。これもニコル様のためです。ですがここを出るお手伝いをするだけですよ」


 意外だったけど、纏め役のメイド自らが真っ先に譲歩してくれた。

 かくして私は、メイド服を借りてその他のメイドと一緒に離れの門から堂々と出て行く事ができた。

 カチューシャみたいなヘッドドレスじゃなくて、すっぽり頭に被るタイプのメイド用キャップを深めにして俯き加減でいたら門衛をやり過ごせた。

 まさかあのアイリス・ローゼンバーグがメイドの恰好なんてするはずないって先入観があるのか、見張りの男性二人はメイド一人一人の顔確認もしていなかったのが幸いした。

 検問所とかと違って家庭内の見張りだからか人数のカウントとかそういう部分も緩いみたいだし、そもそも私以外の人間についてはさして気にしていないんだろう。ニコルちゃんだってここでメイドやってたくらいだし、好都合にも冗談抜きにチェックが温いわ~。

 申し訳なくも残ってくれた子は、離れに仕舞われているメイド服を引っ張り出して後で戻るみたい。一人残って掃除をしてたとか適当な理由をつければ怪しまれないらしい。


 そのまま持ち歩くにはどうしても不自然な日記は、洗濯物と一緒に大きめの洗濯籠に入れて運んだ。


 何故日記を持ち歩くのか訊かれたけど、「自主トレ用よ」って言ったらそれ以上は誰も何も言ってこなかった。アイリスは暇すぎて筋トレ趣味になったとでも思われたかしらね。まあいいけど。

 そうして本邸に辿り着いて、ある意味潜入になっていない潜入を果たした私は、一路ニコルちゃんの部屋に案内された。

 ローゼンバーグ家の本当の正門は馬車を使って行かないと歩きじゃ少々遠い場所に大きいのがあるらしいけど、ここは本邸ですよーここは離れですよーって感じで建物と周囲の庭を囲むように生垣や塀があって、それなりの門だってある。

 私としては本邸の門を抜けたら後はもう放置されるかと思ったけど、部屋まで案内してくれたのは有難かった。だから短くお礼を言ったらやっぱり目を丸くされたっけねー。


 教会に礼拝に行けば必ずどこからか聖なる光が集まってくるだとかで、目下聖女と囁かれるニコル・ローゼンバーグの寝室は、薄い水色と白を基調とした清楚な部屋だった。


 室内の色味は彼女にピッタリ……かどうかは本物の深い部分を知った今となっては言及はやめておこう。


「――っ、ニコルちゃん!」


 部屋に入ってベッドに横たわる彼女の姿を目にした途端私は脇目も振らず、かつメイド達が止める間もなく枕元に駆け寄っていた。本邸に入ってからは籠から取り出して小脇に抱えていた日記を放り出して膝をつく。何かをする気ではと慌てたメイド達に一旦は引き離されたけど、暴れるわけじゃないとわかったらすんなり解放してくれた。

 改めて近くで顔を覗き込めば彼女は蒼い顔で目を閉じている。


 ……責任を感じる。


 彼女を巻き込んだ結果がこれよ。

 本人が何と言おうと頑として関わらせなければよかった。


「ニコルちゃん……ごめんね」


 下手に聞かれてもやっぱり何かしたのねって面倒を招きそうだったから、周囲には聞こえないようにごめんねの部分は口の中で呟いた。

 本当にごめんね。

 縋るようにベッドに顔を俯けて唇を噛みしめる。

 私じゃ何もできないし、これは早い所ウィリアムを見つけてこっそり治癒魔法を掛けてもらわないと。

 だけど万が一急を要するなら……と、腰のポケットの中の小さな巾着に入れてあるウィリアムの魔法石を布越しに押さえた。


「ねえ、ニコルちゃんはどこで倒れたかわかる? それか具合が悪くなった場所とか」


 その場所にきっと彼女の症状と、そして最後の死亡フラグの手掛かりがありそうな気がする。


「中央…塔……です」


 振り返って訊ねたメイドの誰も口を開いていなかったけどそう聞こえた。

 腹話術とか得意な人がいるのかしら?


 でも、中央塔? どこよそれ?


 なーんて訊いたら不自然過ぎるから後で日記にでも訊こう。

 ニコルちゃんもウィリアムみたいに魔法の気配を察知できるらしいし、何か魔法的な力を嗅ぎ取ったからこそ、そこに赴いたのよね。


「そっか、きっと中央塔に何かがあるのね」


 メイド達には届かないように小さく呟いた。


「そう……なの、で…す」


 あらまた声が。

 でも私の声が聞こえるとしたら、ニコルちゃんくらい近い場所にいる相手なはずだけど。

 しかもニコルちゃんの可愛らしいソプラノ声にとても良く似ていた気がするし……。


「そこに、怪しい…魔法……が、ありました、姉…さ……ま」


 あらあら姉様って呼んでくれるなんてニコルちゃんみたいじゃな…い……。


「――ってニコルちゃんんんん!?」

「は……い」


 即座にベッドへと向き直れば、驚くべきことにニコルちゃんが目を開けている。


「良かった意識が戻ったのね!」


 メイド達も驚き眼で「ニコル様!」と感極まったように目を潤ませた。

 ニコルちゃんは面目ないとばかりに小さく苦笑を浮かべた。


「先程、ビル兄様…がいらし、て……それで、だいぶ楽には……」

「ウィリアムが?」


 その言葉にメイド達は「これは愛の力ですね!」「ウィリアム様への想いが奇跡を!」などなど、口々にべたべたの恋愛方面への意見を披露し合った。

 私は彼が治癒魔法を使えるのを知っているから、そうじゃないのは理解してるけど……。


「ねえ、ウィリアムってケチなの? だって治癒が中途半端じゃない」


 不満も露わにニコルちゃんにだけ聞こえるように訊ねた。


「姉様、ビル兄様を、責め…ないで……。完全に、治す…には……相当の魔力が、必要みたい、で……」


 ニコルちゃんの言わんとする事を的確に理解して、私はそれ以上はもう喋らないよう彼女にお願いした。何だか今日はお願いしてばっかな気がするわ。

 この子に影響を与えた悪しき魔法ってのは、魔力温存を考えたとしても、ウィリアムにあっさり治せないレベルだったって考えていいわよね。


「あのぅ……姉様」


 内緒話でもするような声に、何かまだ伝えたい話があるんだと察した。


「あとは、自己治癒魔法で……何とか…なります」

「本当に? 大丈夫なの?」

「はい、姉様……が来て、下さいました、から」


 潤んだ瞳で頬を染めるニコルちゃんが可愛い~。これで実は弟でしたとかだったら禁断の姉弟愛が勃発してた所よ。ああでも禁断とまではいかないのかも。だって血の繋がりはないんだろうしね。もしそうなれば世間体の問題だけよね。……なーんて冗談だけど。


「ビル兄様、は中央塔…に行き……ました」

「え、そうなの?」


 全くホントに行動が早いわね。

 私が呆れ半分感心半分でいると、ニコルちゃんは小さく笑んであとは大人しく目を閉じて休み始めた。まだ顔色は悪いけど、自分で治癒魔法を施せるくらいまで体力が戻る目算があるのには安堵した。ウィリアムはそこまで見越して治癒魔法の程度を調整したのかもしれない。


「じゃあ私もちょっくら行ってくるわ」


 意気揚々と行動を開始する私の姿は、勘の良いメイド達にはウィリアムを追って抜け駆けするようにでも見えたのかしらね。

 部屋を出るまで、不本意にも敵意丸出しな視線の集中砲火を浴びた。


 ああ、悪役令嬢ってホント損な役回りだわ。

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