37 離れに漂う破壊魔法4

 現在私はウィリアムと共に部屋を出て二人並んで夜の静けさとひと気のなさに沈んだ廊下を歩いている。建物内の灯りは私の部屋のある三階でも部屋の近くにしか点けられていないから廊下の奥は真っ暗だ。たぶん必要最低限の場所だけにってウィリアムが点けてくれたんだと思う。持ち運び用のランプはウィリアムが持ってくれていた。

 日記にはお留守番願った。無駄に重い荷物を持って歩くのは疲れるんだもの。ごめんね日記。


 だけど、やる気になって出て来ちゃったものの勇み足だったかも。


 ウィリアムも仕掛けを見つけたとは断言していなかった。見つけていたら戻って来て真っ先に言ってくれそうなものだし、だからやっぱりまだ進展はなしと考えていいんだろう。

 離れの最後の仕掛けが何か判明しないと私の血だって使い所がなくて役に立たない。 ホントマジでこれは早まった……。

 つくづく自分の考えなしが悔やまれる。まずは部屋で落ち着いて話を詰めるべきだった。 ウィリアムは内心じゃ仕方がなく付き合ってくれているのかも。


 彼はランプを持っているからか私を半歩分先導するように歩いている。


 彼だって出てきたはいいけど、どこに行けばいいのか決めていなくてとりあえずパトロールを兼ねて歩いてるんだと思う。もうこれは健康的にウォーキングしてるんだって前向きになるべきかしらね。


「えっとウィリアム、何か突っ走っちゃってごめんなさい」

「突っ走る?」

「だってまだ魔法具も魔法陣も見つけてないのに部屋出てきちゃったじゃない。私が強引に誘ったからよね」


 反省を表して視線を下げれば、彼は横で足を止めた。一旦戻ろうって言うんだわ。


「――実は、残る離れの魔法の正体は見えてるんだ」


 ウィリアムがしれっとした声で言った。


「えっホント!? 何だったのってかどこにあったの!?」


 彼同様に足を止めた私は純粋にびっくりして急いたように問い掛けた。

 ウィリアムってばさっきは小難しいような顔もしていたし、てっきりまだわからないんだとばかり思ってたわ。

 何よもう、出し惜しみしてたのね。ホント意地悪なんだから。

 内心の苦々しさはどうあれ私は無意識に一歩彼の方へと足を踏み出し身を乗り出していた。


「お願い、早く聞かせて」


 これは怪談を話す時の光の当たり方だってのにも気付かない私は、彼が一瞬竦んだように頬をヒク付かせたのを不思議に思ったけど、それよりもすぐに教えてくれなかった事に業腹で気にはしなかった。

 ただ私がバタンキューしてる間に真面目に熱心に探し続けてくれてたんだろうなって思えば、余計な文句は呑み込んだ。


「どうやってわかったの? やっぱりどこか見つけにくい場所に魔法陣か魔法具が隠してあった?」


 向かいの私からの捻りのない問いかけに、ウィリアムは「いいや」と首を横に振る。


「魔法陣だったようだが、実はそれ自体は常に俺たちの目の前に漂っていたんだ」

「漂う?」


 私は怪訝顔で辺りをきょろきょろと見回した。うん、暗くてわからん……。

 まあ明るい所で私が見たとしても魔法の気配なんて全然感じられないんだけどね。体に流れる血が魔法的でも、ウィリアムやニコルちゃんみたいに素手で魔法を使えるとかそういう面での魔法能力は皆無みたい。実はさっきも夕食中に「んーっ」とキバってみたけど何も出なかった。他に誰もいないのに日記は敢えての他人のフリをしてたっけ。

 今度は一点を見つめ目を凝らしてみたけどやっぱり暗い廊下が伸びているだけだった。試しに「んーっ」とキバって掌で何かを感じようとしてみたけどやっぱり何も感になかった。私に秘められしマナは未だ眠れる獅子なんだわ、うん。そんな私をウィリアムは薄い表情で眺めながら説明を再開してくれたっけ。そして私の直前までの行動には触れなかった。


「端的に言って、この離れは庭も含め敷地全体が魔法陣の中に置かれているんだよ」

「ま、魔法陣の中? ……ってどんだけ大きい魔法陣なのよ!?」


 ウィリアムを疑うわけじゃないけど最初冗談かと思った。でも少し考えれば真実なんだとわかる。

 アイリスは死ぬ事に本気だった。

 離れを破壊するなんて正気じゃないやらかしをするつもりなら、そのくらいの大掛かりな魔法を用意しても不思議じゃない。

 それにしても、常人じゃ中々仕掛けられない大がかりな魔法を一人で易々と仕掛けられちゃう謎のワル魔法使いの存在を思うと、魔法ってすごく怖いって思う。それが大きければ大きいほど善悪と使い所の正誤を慎重に判断しないと大変な事態を招くもの。


「でもそっか、内部にいたから特定の場所がなかったのね」

「その通りだ。陣の内部は多少流動はしているが、ほぼ一定濃度の魔力で満たされているから魔法の有無はわかったが、霧の中で雲を探すようなものだった。だから気配が曖昧で全容が掴めなかったんだ」


 そうだったのね。魔法陣に覆われているだなんて防護障壁みたいな感じ? 私の想像力じゃドーム状とか円筒状のしか思い浮かばないけど、そういうのって外から見たらわかり易かったりして?


「あ、ねえもしかして本邸に行ったから気付いたの?」

「ああ。それまでと違って意識して動いてもいたし、そのおかげでここの魔力の流れや濃度なんかを客観的に分析できた。君が倒れてからこっち、一度もここから出ていなかったから、もしも一度でも出ていれば戻った時に違和を感じて、もっと早くにわかっただろうが」

「そうだったんだ。でも、一度も離れから出なかったなんて退屈しなかった? 本邸の方の綺麗なメイドさん達で目の保養とか息抜きだって必要だったでしょ?」

「……君はたまに腹が立って強引に押し倒したくなるくらい無神経だよな」

「何で腹が立ったからって押し倒されないといけないのよ。しかも既にそういう強引なのやってるじゃない」


 メイド達に邪魔されたけど……って違う違う邪魔じゃなくて中断してもらって助かったって言うのが正解ね、うん。

 理不尽な言われようだと思って反駁はんばくすれば、正面からジト目を向けられて困惑した。


「君が心配で離れたくなかったんだ。大丈夫だと思っていても、時に魔法は予測し得ない何かが起こる事もあるからな」

「私の、ため……?」


 ウィリアムは頷くでもなく、偉そうな鼻息で肯定を表した。それで少し留飲を下げたのかもしれない。

 だけど、私を心配してくれるのは本当にどうして?

 興味があるとは言われたけど、何日か一緒に過ごしただけなのに、好意に変わるもの?

 前に吊り橋効果がどうとか言ってたけど、もしや本人がそれに引っ掛かったとか?


 ……でも、私もほんの少し、吊り橋効果はあったのかもしれない。


 恥ずかしくなっちゃって、たった一言を紡ぐのに随分な労力を要した。


「……ありがとう」


 どうしたことか、ウィリアム・マクガフィンという男からの思いやりが素直に嬉しかった。





 気にするなと返してくれたウィリアムへと、今は彼の言葉を容れて努めて気持ちを切り替える。


「まだ解除はしてないのよね? でもそんな大きな魔法陣をどうやって解除するの?」


 するとウィリアムは天井を指差した。


「一度上空に上がって全容を見極めてから、陣の一部を破壊する」

「破壊? 庭なり建物なり、離れのどこかを壊すの?」

「心配は要らない。物理的にじゃなく魔法的にだから」

「ええと、どう違うのよ?」

「普通に魔力だけでは物体にはほとんど影響しないんだよ」

「へえ、そうなのね。じゃあ目には目を、魔力には魔力をってわけね」

「その通り。俺の魔力をぶつけて一部を相殺する。おそらくはそれで自ずと陣は崩壊して消滅する」

「なるほど。でもあなたの魔力は必要ないわ。私の血があるからそれを霧状にして降り掛けるとかすれば解除出来るんじゃないかしらね。大体、あなたってば魔法使ってばかりで疲れてるでしょ。ここは私に任せて頂戴よ」


 彼はちょっとカッコ付けっぽいから、無理してでも私には弱い所を見せないんじゃないかしら。そう思ったら少しでも自分が頑張らなきゃと思った。

 何せ私の血は解除に有効なんだし、堂々と選手交代よ。

 それでも一度上空に行く必要がありそうだし、私を連れてどう飛行魔法を使おうかとか出した血を噴霧しようかなんて思案しているのか、ウィリアムはうんともすんとも言わない。


「ねえってば、黙ってないでよ。さっきも言ったように解除に有効な私の血を使いましょ」

「……何を言っているんだ?」

「だぁから~、私が張り切ってた理由はそこだもの。使わない手はないわ。私が血を出すからそれでどうにか…」


「――ふざけるのも大概にしろ」


 ピシャリとした声だった。


「え、ふざけてなんかな…い……けど……」


 反論したけど尻すぼみになった。

 本気の不愉快さを滲ませたウィリアムから叱られて、気持ちが消沈する。


「何でそんなに怒るのよ……。私の身の上の災難なんだから自分で出来る事は出来る限り自分でやりたいの。あなた達にばっかり負担を掛けたくない」

「だからと言って君自身の体を傷付けるのは違うだう」

「い、痛いのは我慢するわよ」

「そういう事じゃない。俺が容認するとでも?」


 ウィリアムの感情を抑えた低い声がやけに耳に刺さる。


「してもしなくても、私が少し痛いのを我慢するだけで済むなら、全然構わないわ」

「君は自己犠牲が美しいとでも思っているのか?」

「時と場合によるわ。そもそも美醜の問題でもないしね」


 上手い言葉を見つけられないのか、ウィリアムはピリピリとした雰囲気を隠そうともせずに腕組みをすると荒っぽい短い息を吐き出した。

 しばし究極に不機嫌そうに押し黙っていたけど、私に何も言わずランプを持つよう押し付けてくると長い脚を翻して一番近い廊下の窓を押し開ける。


「え、何事?」

「君が変な気を起こさないうちにさっさと片付けてくる」

「は!? ちょっと待って! 一人で行く気? まだ話は終わってな…」

「――君が大事なんだよ! 俺にとっては魔力消費で疲れる程度、大した問題じゃない。全然負担じゃないんだ!」


 駄々をねる子供のように言い放つと、彼はもうこっちを見もせずに言い逃げした方が勝ちだと言わんばかりにさっさと窓枠に足を掛けてそのまま颯爽と外の闇へと飛び出していった。


 止める間もなかった。

 やや呆けたように見送ってしまってから、じわじわと湧き上がるものがある。


「何よ……何なのよ、もうっ!」


 薄らと涙が滲んで泣きそうになった。

 この世界でも自分を気に掛けて懸命になってくれる人が、人達がいる。

 それは一人二人かもしれなくても、たったそれだけで救われる。

 生きる喜びになる。活力になる。

 結構ちょっと、気付けば葵に次いでウィリアムの存在が心の中で大きいんだけど、どうしよう……。私ってこんなに絆されやすい女だったんだ?

 しかも結局はウィリアム任せになっちゃったのが一番気に病まれる。彼は自分こそ自己犠牲してるじゃないって詰るような苛立たしさも胸の中ではぐるぐるしていた。

 廊下に突っ立っていても仕方ないから窓を閉めてやって部屋に戻った。彼が一仕事を終えて戻ってくるなら私の部屋か続き部屋の方だろうから。





 部屋に戻ると日記が勝手に出歩いていた。


「お帰り~」

「…………」

「でもあれ~? 随分早いお帰りじゃないのさ~?」

「私はお呼びじゃないんだって!」


 許可なく抽斗から出てこないでよって苛立ちと、無力感ともどかしさに自分でもどうしようもなく感情が荒れちゃって、半ば八つ当たりしちゃったわ。


「ふう~ん。彼を案じる余り腹が立ったって感じ?」

「そうよ。私だって負担を掛けるのは嫌なのに、あの人は人の気も知らないのよ!」


 日記は私に怒らなかった。気持ちを酌んでくれたからなのかもしれない。勝手に脱出した後ろめたさからかもしれない。

 だけどねえ、結構いい加減なくせにこう言う部分がちょっと憎い。自分に凹む。ウィリアムを止められなかったのにだって自己嫌悪なのに。

 ウィリアムの帰りを待っている間、やきもきして落ち着きなく部屋を動き回っていた私は日記ともっと話したいとも思ったけど、彼が頑張ってくれてるのに私だけぬくぬくと部屋の中にいる気にもなれなくて、どうせならバルコニーに出てようって決めた。

 ウィリアムがピーターパンなら私は彼に真っ先に気がつくんだわ……なんて徒然とした無意味な思考さえしながらじっとずっと上空を見上げ続けた。

 わかってはいたけど、暗くて上空の人影なんて全く見えない。そもそも上がった高度だってわからない。

 ウィリアムは大丈夫なの? 空のどこら辺に居るの?

 まだ、深夜〇時にはならない。

 でも、発動時間までは一時間もなかった。


「ウィリアム、早く帰って来なさいよ」


 お願い無茶しないで。

 それから私は彼が戻るまでのもう少しの間、ハラハラしながら夜風に当たった。

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