27 誤発動

「そこ駄目ですーッいつまで見つめ合っているのですかあーッ!」


 仲間外れだと思って拗ねたのかニコルちゃんが視界に割って入って来て、ウィリアムに目が釘付けだった私はハッと我に返った。


「ビル兄様は姉様を困らせるような言動は控えて下さい!」


 ニコルちゃんは先とは逆に、今度は彼女の胸に私の頭をぎゅっと抱え込むと立腹したように片方のほっぺをぷっくりさせた。

 あららこぶとりニコルちゃんだわね。ふふふ可愛い。

 不覚にもウィリアムにうっかりトキめきそうになってたから、横槍を入れてもらって良かった~。


「姉様、ぼくは駄目と禁じられても首を突っ込みますから」

「ニコルちゃん、本当に危険なの。関わらないで」


 だって初日から死ぬかと思ったしね。


「ぼくは自分に治癒魔法を使えますし、姉様のご心配には及びません。ですから姉様は姉様ご自身の身の安全を第一に考えて下さい。ねっ? 姉様?」

「それは……だけど……」

「ぼくを信じて頼って下さい」


 至近距離でじっと懇願するように見下ろされ、首を横には振れなかった。物理的にニコルちゃんのお胸のおかげで無理だったから。


「……あ、ですがその、ぼくが怪我をしたらしたで、痛いの痛いの飛んでけ~っとフーフーして下さったり、消毒よって嘗めて下さったりするのでしたら、是非ぼくを案じて下さい!」

「え、ええとー……」


 きっとこの子のこれって私がアイリスになってからってわけじゃないのよね。

 無邪気に接してくる妹をアイリスは「わざとらしい」「嫌味だわ」って日記では書いてたけど、ホントはそんなじゃなかったのにね。百合だったのにね。諸事情を色々と知ってしまうと何だかちょっと胸が痛い。

 一方、返答に窮する私を見兼ねたのか、ウィリアムに腕を引っ張られニコルちゃんから引っぺがされた。

 でもそうすると今度は彼から肩を抱かれた格好になる。


「あっビル兄様ずるいです!」

「そうと決まったならニコル、君にはローゼンバーグの本邸の方を探って欲しい。向こうに大掛かりな仕掛けがある可能性もあるからな。ただし、極秘にだ。君も知っての通り、アイリスがどんな形であれ魔法と関わっていると知られるのは上手くない」

「えー、ぼくも離れを探したいです」

「適材適所だ。嫌なら首を突っ込まなくていい」

「――っ、ビル兄様は意地悪ですっ」


 ニコルちゃんはあからさまに抗議の顔になったけど、こんな可愛い子に冷たくしてもウィリアムは表情一つ変えやしない。やっぱこの男、心臓に剛毛が生えてるんだわ。


「現状アイリスは離れからは出られない。俺も他人の屋敷のしかも本邸を勝手にうろつくのは体面があるから無理だ。だから不審がられたりせず、尚且つ自由の利く君に先にそっちを任せたいんだよ」


 ニコルちゃんはニコルちゃんでそんな使命を言い渡されては文句を呑み込むしかなく、渋々といった様子で私の奪還も諦めた。


「わかりました」

「ちょっと待って私はまだ承諾してない! やっぱり駄目、ニコルちゃんを関わらせないで! 両親やニコルちゃんラブのメイド達だって凄く心配するわ」

「それはバレなければ良いのです姉様。姉様のためならこの漢ニコル、鬼にも修羅にも不良にもなります」


 ニコルちゃんってばいつからそんな悪い子に~ッ!!


「姉様、ビル兄様の作戦勝ち、です。ここまで知ってしまって傍観者でいるなんてどんな苦行よりも辛いのです。ですからぼくもできる事をします。後悔したくありません。お願いします、姉様に関わらせて下さい!」

「ニコルちゃん……」


 あーもう。健気過ぎて手に負えないわ。


「わ……わかったわ。でも絶対に怪我するような無茶はしないって約束して」

「はい! 姉様級の無茶は致しません!」


 え、どんな基準……?

 まっいいわ、そもそも聖水のような透明感溢れる美少女からのお願いを断るなんて、土台無理だったしね!

 顔を明るくしたニコルちゃんは幾分頬を引き締めてウィリアムに視線を向けた。


「あるとしたら、具体的にはどのような物が仕掛けられているのですか?」

「破壊系の魔法だ」

「そうそう、本邸にあるならそこを巻き込んでクレーターが出来ちゃうような強力なやつがね。それとは別にもしかしたら魔法仕様じゃない爆発物もあるかもしれないわ」


 悪の魔法使いがこっそり仕掛けていったかもしれないんだもの。


「そんなに大変なものが……。わかりました。姉様の命も懸かっていますし、屋敷の皆に怪しまれないようにさりげなく探してみます。ところで、あれはもういいのですか?」


 ニコルちゃんはまだ腰回りに黒爆弾を括り付けられている女神像を見つめた。

 そうだわ、そっちも残ってたのよね。

 あれも落ちてきたらどうしよう……。


「ねえウィリアム、やっぱり誤発動するみたいよね。だってまだ昼間だし日にちだってあるのに」


 少し物を冷静に考えればそんな疑問と懸念が生まれた。

 私の問いにニコルちゃん同様女神像を見やったウィリアムは、しかしゆるりと首を振る。


「いや、あれらは爆弾のダミーだ。所定の位置から外されるとダミーの仕掛けが発動するようだ」

「ダミー? ニセモノってこと? ええ~まさか~。じゃあ導火線が燃え尽きても黒爆弾は爆発しないってこと?」

「そうだ。あの鉄球の中にそもそも火薬は詰まっていないよ。導火線だけが燃えるように魔法を施されていたんだな。気になるならこの場で一つ適当なのを割ってもいいぞ」


 そこまで言われれば、私もしつこく疑う気もなくなった。


「でも何でそんな面倒な真似を?」

「そこに意識を向けさせておいて、いざという時に本物をまんまと爆発させる手なんだろう。幾つもバチバチ火が点いていれば、まずはそっちから消そうとするのが心理だろう?」

「それは確かにそうよね」


 この低レベルな悪戯みたいなのがアイリスの頼んだ仕掛けかそうじゃないのかはわからないけど、彼女が確実に死ぬための布石ってわけか。

 爆発前の仕掛けを他者に見つかれば邪魔されちゃうだろうから、念には念を入れて意識を他に逸らそうとしたのは百歩譲って策だと言えるけど、爆弾女神像なんてあからさま過ぎて逆に目立ってたわよ……。


「じゃあ他の場所に本物の爆弾があるのよね?」

「いや、本物もここにある」

「え? もうそれらしい物はないわよ」


 ウィリアムはあれだと女神像を指差した。


「え? あ、まさか腰回りに残ってるダミー爆弾の中に本物を紛れ込ませたの?」

「違う、女神像そのものだ」

「あの像が!? 噴水の一部なんじゃないの?」

「そうだったのを魔法で爆弾化したようだな。ニコルもわかるだろう、魔法の気配が濃厚なのが」

「はい、さっきから気になっていましたけど、あれが姉様を狙う憎き魔法の気配なのですね」

「ああ、あれ一つでこの離れが吹っ飛ぶぞ」


 私は素直にギョッとした。


「そそそそんなに凄い威力なの!? 他の所の爆弾と同時に爆発するとかじゃないの!?」

「ああ、あれ一つで木っ端微塵だ」

「ほ……」


 それきりしばし絶句よ。

 今さっきまでその足元にいたのよね私、いえ私達。

 顔を青くして棒立ちになって女神像を眺めていると、相変わらず綺麗な水を湛える噴水中央の女神像が薄ら白く輝き始めた。


「え、何? 光り出したけど?」


 戸惑いと共に見ていると、腰回りのダミー爆弾が全て外れて水中に没し、導火線に掛けられた火魔法が発動する。でもあれらは爆発しないんだったわね、放置放置。

 だけど何でいきなり落下したの?

 女神像も女神像で一層神々しくなってるから、「このままあなたを天国へいざないましょう」って優しい声が聞こえてきても驚かないかも。


「チッ」


 すぐ傍で聞こえた舌打ちと共に私の肩を掴むウィリアムの手に力が籠った。


「こっちは本当に誤発動だな。でもまさか、精巧な魔法なのにどうしてだ?」

「え……発動しちゃったの?」

「ああそうだ。理由はわからないが……」

「それってヤバいんじゃないのッ!?」


 取り乱す私と違ってウィリアムに慌てた様子はなく、何を思ったかニコルちゃんの方へと私の背中を押し出した。


「ニコル、今すぐアイリスを連れて全力で敷地を離れるんだ」

「はい! でもビル兄様は?」

「あれを何とかする」


 ニコルちゃんは純粋に驚いた顔をした。


「まさか、できるのですか?」

「まあな。でも万一何かあっても困るから二人でここを離れていてくれ」

「わかりました。では行きましょう姉様」

「へ? ちょちょちょちょっと待って! 何とかってどうするのよ。ここが消し炭になっちゃうような爆発が起きるのよ。あなただって危ないでしょ!」


 頼もしい言葉だけど不安しかないわよそんなの。


「ニコル、早く行け!」


 ウィリアムは私の心配の言葉なんてまるっと無視で、ニコルちゃんに私を預けてただただ急かすだけ。

 凛とした表情で「はい!」と了解するニコルちゃんもニコルちゃんだわ。

 私の手を掴んで駆け出そうとする愛らしい手を逆に引き留めるように引っ張って、私は梃子てこでもこの場から動かないって意思を込めた目を向ける。


「説明してくれないと!」

「姉様、後でしますから」

「それじゃあ遅いのよ!」


 ウィリアムを一人残して逃げた後でされたって、きっと聞きたくないし納得いかない。


「姉様! ビル兄様は大丈夫ですから!」

「だからどうしてそう言い切れるのか理由を二〇文字以内で述べよ、よ!」

「二〇文字……」


 真に受けたニコルちゃんが真剣に考え始めた様を見て、ウィリアムは眉間を揉んだ。

 その時、私の足元にだけ円座くらいの大きさの魔法円が浮かび上がった。


「えッちょっと何これ!?」

「アイリス!?」

「姉様!?」


 ――どこにいても爆心地に転送される。


 そんな趣旨の日記の言葉を思い出す。

 ああうっかりしてたわ私。

 死亡フラグには発動直前の私の転送も含まれてるんだった。

 なす術もなく、地面からの強烈な白光に全身を包まれる。


「ひゃっえっちょっと待ってこの距離で転送されるって無意味いいいーーーーッ!」


 視界が眩い光にかれて目を瞑っちゃったけど、気付いて薄ら目を開ければどうも視界が高い位置にある。


「アイリスそのままの姿勢で待っていろ! 今助ける!」

「姉様! 危ないので慌てないで下さいね!」

「へ……?」


 何が何だかわからない私は、二人の声が聞こえた下方へと首を動かして動転した。


「えええっ何で!?」


 何と私は噴水中央の高い位置にいた。

 しかもどうやら何かに座ってるみたいだけど…………って、私、女神にヨイショされてた。

 彫像が天へと差し伸ばした片手の上に座ってた。

 私の前は黒爆弾たちがてんこ盛りだった掌上に……。


「どんな状況ーーーーッッ!!」


 可哀想なくらいに、私は自分へのツッコミ役だった。

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