5 実録、悪役令嬢24時
「君は元の世界で肉体から魂が離れたんだよ。でもそれは手違いだったみたいで、神様はせめてもの慈悲として、君をこの世界の令嬢として何不自由なく暮らせるように手配してくれたってわけさ」
日記が言うには、どうやら私はそんなような状況下にあるらしい。
「ふーんそう、夢じゃなくて現実なのね。まるで最近の異世界小説みたい……」
「君、予想以上に冷静だね」
「予想外の出来事があなたの出現前に立て続けに起きたから。それらの集大成って感じ?」
「なるほど~」
「元の世界には戻れないわけ?」
「さあ? そこまでは管轄外だから。ボクは地球世界での出来事には一切関与してないからわからないけど、魂が離れたってことは死んだんじゃないの? そうなるような何かがあったってのは君の方がよくわかってるでしょ?」
「それは……」
なら一生このまま私はアイリスなの?
右も左もわからない貴族令嬢って生き物になって優雅な暮らしを送れって?
もうそれもいいかも……?
「いやいやちょっと待って。何不自由なくって言ってたけど、このアイリスって子めちゃ性格悪かったみたいで、目覚めて早々私周りからもろに
「ああそうみたいだね~」
日記はとぼけた顔で口笛を吹いた。
「ちょっとその態度ってまさか確信犯!?」
「あははは~、試しにこのアイリス日記読む? どんな子だったか手に取るようにわかるよ~! ボクちょっと疲れたから休むね~」
「くっ……それは読めって事よね」
「そうとも言うね! きっと読まないと現状の把握は難しいよ。この先つつがなく暮らしたいなら予備知識として知っておいた方がいいだろうしね~」
「あなた性格悪いわよ。質問すれば答えてくれるって言ったじゃないの」
「あははは~だってボクは悪女アイリスの日記様だからね~。ま、頑張って生きてってよ。どこの世界だろうと生きるっていうのは大変なんだよ」
「ペラい紙のくせにわかった風な口を……」
腹立つけど、アイリスが一体どんな日記を付けていたのかは気になって、私は目の前に浮かぶ日記へと手を伸ばした。
「あんっ、くすぐったい。優しくしてね?」
「うっさいわ!」
沈黙してずしりと重量を感じるようになった日記を抱え、着替えるのも後回しにして鏡台前のスツールにぽすんと腰を下ろした。これも色は統一されたように黒だけど、うん、クッション性抜群だわ。高い家具ねきっと。
腰を落ち着けたら少しは気も落ち着いて、ゆっくりと表紙を開いた。
私の目に飛び込んできたのは、
「こ、これは――……」
予想外にも黒い紙面。
しかも日付けのあるほとんど全てのページがそうだ。
これは紙が着色されているとかじゃなく、そこに綺麗な筆跡で何千何万という怨嗟の叫びがびっしり書き込まれていたからで、黒インクで書かれた文字が細か過ぎて全体的に黒く見えるってわけだった。
「ひいいっこのアイリスって子、精神病み過ぎてて怖い!」
ひたすら妹のニコルって子やその他周囲の気に食わない人間への恨み言が書き連ねられている。ただ、不思議とウィリアムのは見当たらない。
しかも何をしてやったとかの暴露も馬鹿正直にきっちり書かれているから、押収されれば立派な証拠になりそうよ。頑張って三ページ分を読んだ時点で、私は元祖アイリスの歪みっぷりをしかと理解できた。
「うへえ、びっしり三ページ分も読んだのに、期間にすればたったの一週間の出来事だったのこれ? てっきり文字量から二月分は下らないと思ってたのに」
こ、濃すぎる……。
「思った以上にとんだワルだしね! 悪役令嬢レベルが限界値でしょ!」
由緒正しき伯爵令嬢でニコルという妹が一人いるアイリス・ローゼンバーグは美少女だけど頗る性格に難がある。
特に天真爛漫な妹に敵愾心を燃やしていて、その婚約者のウィリアムにべた惚れだった。
他人を虐げるのを至上とし、屁とも思わない。さすがに人を殺したなんて書いてはないけど、実は陰で誰か死んでいても驚かないわ。
私はもう少しだけ、今度はじっくりとは見ずにキーワードになりそうな文だけを拾って読んでいく。
「あー、まあー、人の好い可愛いヒロインに嫉妬して意地悪したり、ヒロインの婚約者を寝取ったりするのも悪役令嬢の嗜みっていうか常套手段だったっけ。ゲームとか漫画でよく見る典型的な展開そのものって感じだわホント」
さらっと読んだだけだけど、半年前まで彼女が学生だったって読み取れた。しかも学内で悪行を重ねざまあ展開が起こり取り巻き達が離れ、既に孤立している感が否めない状況までが書いてある。じっくり読めば事細かな出来事も把握できるだろう。
学校側からは素行に大問題があるとかで退学を言い渡され、その日を直前にした心境までもが綴られていた。ほぼ恨み事だった。反省の色は無し。
さすが歪んでるとしか言えないわ……。
「でもまあ、ざっと見でこれだけ
ここで日記の手がひらりと動いた。
「そ~そ~。ああだけど投獄はないけど軟禁状態ではあるんだよね」
「へえそうなんだ」
「この建物はローゼンバーグ家の離れで、アイリスは本邸の元の部屋からここに移されたんだよ~。で、離れの敷地の外には出ちゃ駄目な事になってる」
「ふうん。……ああだから人目に付かずにここにウィリアムを連れ込めたのね」
「まあね」
何だ疲れたって言ってたからずっと黙ってるのかと思いきや役に立つ情報をくれる辺り、こいつはやっぱり私のNPCなのかしらね。それにしてもホイホイとこんな所に連れ込まれるウィリアムも間抜けよねー。ま、あの容姿じゃモテそうだし女の子にだらしない奴なのかも。用心しなきゃ。
「そうだ、最近のを読めば彼女がこうなった手掛かりがあるかもしれないわ」
そう思い立ち一気にページをすっ飛ばす。
最近のものは特により一層日記面がびっしりと埋められた文字で黒かった。読むのが少し億劫だったけど読んでみる。
――十日後、ここへの滞在を終えてウィリアム様がニコルを連れて領地に帰ってしまえば、彼はニコルのものになってしまう……っ。ですからもう今夜、最後の手段を取るしかありませんわ! そのための薬はもしもを考えて事前に用意しましたし、ふふふふこれで彼はわたくしの物。
最後の日記はそんな文章で始まっていた。
薬ってきっと媚薬よね。
「ふーん、じゃあつまりこれって最近って言うかまさに昨日の日記かあ。……何だかこの日だけ随分長いけど」
始まりの部分だけでも事情を知るには十分で、私は目を上げるとちょっと眼精疲労を覚えた目元を指で軽く揉み解した。
なるほどねえ、妹と想い人との結婚まで猶予もなく、切羽詰まった挙句の凶行で今の状況に陥ったってわけか。まさに文字通り体を張って、彼が妹を連れて領地に戻る前にまんまと事を成した、と。
「うーん、ウィリアムは妹ちゃんに代わってアイリスを婚約者に据えるって言ってたし、ぶっちゃけ私が中に入らなくてもアイリスが最後までアイリス本人のままで良かったんじゃないの。望み通りじゃないのよねえ」
全く、神様の慈悲?
こんな厄介な令嬢を引き継げだなんて、慈悲って言うより罰じゃない。
神様が目の前にいたなら思い切りそう責め立ててやりたかった。
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