1 安眠かもわからなかった目覚め
――えっ!?
パチリと目を開けると、私は何故か天蓋付きの広い豪華なベッドの中で、見知らぬ男性の剥き出しの腕に抱き寄せられていた。
外は明るいけど、果たして朝なのか昼なのかは目に入るところに時計がないからわからない。
柔らかそうな枕に沈む顔はややこっちに向けられていて、横に流れるさらさらキラキラの白に近い金色の前髪には思わず触りたくなる魔力のようなものがあった。
同じ色の眉毛はきりりとして男らしさを醸しているけど決して太すぎず、その下の長い睫毛は伏せられて、彼が眠っているのだとわかる。すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくるのもその結論を手伝った。
真面目な話、もう薔薇の精とかでいいんじゃないってレベルの超絶美形だった。
ともかくそんな規格外美の男性は、腕同様上半身も剥き出し……つまりは裸だ。
肌触りの良い高そうな起毛の毛布が一枚掛けられているおかげで風邪を引く事はなさそうという安心よりは、下の方が見えなくて良かった~という安心の方が何倍も強い。
……下着の有無をめくって確かめる勇気はない。
突拍子もない現状にビックリし過ぎて失念していたけど、私は自分の被服度にも頓着して、そして一気に血の気が引く。
い、一切着てないんですけど……っ。
道理で毛布の中でもスースーするわけよねー、アハハハー……。
最早相手の顔面偏差値なんてどうでもよく、私はようやく非常にまずい状況下にある自分を理解してガバリと豪奢なベッドの上で身を起こして頭を抱えた。
何これ誰これどうしてこうなった!
いやあああっマジでいつお酒飲んだっけ?
床から天井まであるっぽい大きな格子窓から射し込む白い光が、下ろされたカーテンの隙間から漏れている。
どうしよ~もうマジで記憶飛んでる~! 昨日は
葵と心で呼んだだけで、ズキリと胸が痛んだ。
涙が出そうになるのを、ぎゅっと目を閉じ奥歯に力を入れながら呼吸を整えることで何とか堪える。
えーと、それでその別れた後で……ああ、そうだ、車が――……。
全部思い出した。
昨日は三年付き合った彼氏の
そして輪を掛けて良くないことは起きるもので、別れた直後、突っ込んできた車に撥ねられた。
最後に聞こえたのは葵の切迫した叫び声だった気がするわ。
とにかく、そこで意識は途切れてるから自分がどうなったのかわからない。
でもこうして起きてるってことは生きてるってことよね。良かった~~っ。
寝る前に高級保湿クリームでも塗ったのか妙に張りのあるスベスベしたほっそり両手を見下ろして安堵の息を吐いていると、横から伸びてきた逞しい腕に二の腕を強く引っぱられて毛布の中に引き戻された。
「なっ何!?」
「――よくも
気付けば、隣で寝ていたはずの若い男性から組み敷かれ、睨み下ろされている。
綺麗な青灰色の瞳が印象的な彼は、この上なく苦々しい顔付きだった。
「ビヤク? 媚薬……ってムラムラ来る薬の事? 何で私が?」
「何を今更とぼけたことを。最近は大人しいと聞いて、俺もすっかり油断していたよ」
「ええー?」
さっぱりわけがわからない。
でもこの怒りようは合意の上でここにいるんじゃないってこと?
正直私だってそうだけど、どっどうしよう……。
何か外国の人っぽいし、最悪警察に通報されるかもしれない……? それとも裁判沙汰に……?
じわりと額に冷や汗が滲んだ。
すると、青くなった私の顔をじろりと見下ろしていた青年が上から体を退かしてさっきまでのように隣に寝転んだ。
「別にそこまで怯えなくてもいいだろう。少々腹に据えかねるがまあいいさ。どちらにしろこの家の娘には変わりないんだしな。ついでに言えば顔の好みは君の方だった」
余程私の顔色が悪かったのか、彼は皮肉気な表情をしつつも怒りを解いたようだった。
そして関係ないけど前髪を掻き上げる仕種が無駄にエロいわね!
「相手の交代にはなるが、君もそれを望んでいたんだろう、――アイリス?」
アイリス?
「ええと、誰ですって?」
酔った自分がそう名乗ったなら……本気で死にたくなる。
だって私の名前はめっちゃ和風。ゴリゴリの日本って感じの響きを持つ。そんな外国風の可愛い名前じゃない。
お祖母ちゃんが付けてくれたっていう美しい名前はミコト。
私は
見た目も普通に黒髪黒目のアジア系だし、アイリスって異国情緒の欠片も持ち合わせていない。
「アイリス? どうかしたのか? 今更後悔でもしたか?」
再度呼ばれたので確定だ。
でも念のため……念のために確認してみよう。指差し点検確認は怠るなってね。
「アイリスって私のこと?」
「そうだ」
やっぱりか。でもどう考えても……。
「人違いだと思うの」
「はあ? どこからどう見ても君は間違いなくアイリスだ。アイリス・ローゼンバーグ伯爵令嬢」
「悪いけど本当に私はアイリスって人じゃないわ。第一、日本人だし」
「ニホンジン……?」
相手が僅かに目を見開いたけど、それより今名前の後ろに何をくっ付けてた? 伯爵令嬢……?
何よそういうプレイなの? そもそもここどこのラブホ?
「……ねえ、あの、一応ハッキリさせときたいんだけど」
「何だ?」
「その、私たち本当に…………寝たの?」
少しの空白の後、青年がそれはもう鮮やかな程意味深ににやりとした。
言葉にはしなくても、それだけで答えになっているようなものだった。
更には彼はその男性らしい骨ばった長い指先で自らの首筋をトントンと指し示す。
そこにはくっきりと一つの歯型があった。
歯型を照合すればまず間違いなく私のものと合致するだろうそれが。
「あー……」
駄目押し的な証拠を目にし、ぬくぬくとした安穏の中誰かの首筋を噛んだ記憶が薄らと蘇った。
あれ葵じゃなかったんだ。
ええーと、どうしよ……。
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