第20話

「……つまり公爵家を守るために私に犠牲になれって事よね」


ぽつりとユミルが溢した言葉が静かな食卓に響く。

先程まで食器の音だけが響いていたが、ユミルの言葉にそれすらも止まった。


「ユミル……。貴女が今まで自由に出来たのはお父様がいたからこそだと思うの。もちろん、お父様が帰ってくると信じているわ……だけど、もし……帰って来なかったら、殿下の言うとおり公爵家は……」


口を開いたのはアネッサだ。

ドードンが行方不明と聞いた当初は憔悴する姿も見られたが、娘がしっかりしているのに母である自分が弱いままではいけないと気丈に振る舞っている。


アネッサはユミルがアンバーと婚約することは良い事だと考えていた。

自由になる時間は減るだろうが、公爵家は安泰する。

それにアンバーの王子としての評判はとてもいい。

結婚すればユミルの事を妻として大事にしてくれるだろう。


しかし、ユミルは公爵家のためと分かっていてもすぐに了承することが出来なかった。


自分の身人生を犠牲にするというところで気持ちの整理がつかないのだ。

貴族令嬢とはそう言うものだとわかってはいる。

けれど「どうして自分が」と思わずにはいられない。


ディーダ公爵家の娘で良いのなら今はミルファだっている。

彼女は物覚えも良いし、思いやりも持っているから元々婚約者候補であった自分より断然アンバーとお似合いだ。


けれど自分の代わりにミルファを差し出すなんて事は出来ない。

ミルファは平民育ちだ。王子様の婚約者という役割を押し付ければ、ユミルよりずっと苦労するかもしれない。


それこそ乙女ゲームのように元平民だからという理由で嫌な思いをたくさんするかもしれない。


(……乙女ゲーム……?そうよ、乙女ゲームだわ!私が婚約者になったとしても、ヒロインに殿下のルートに入って貰うように誘導すれば、丸く収まるんじゃない!?)


名案を思い付いたとばかりにユミルは口許を緩める。


(そうよ!ヒロインが現れて二人が恋に落ちてくれれば、婚約は白紙になるでしょうし嫌がらせとか悪事を起こさなければ公爵家が罰せられることもない。だから私が婚約者になったとしても問題ないわ!)


「……ユミル?聞いてる?」


突然表情が変わった娘に困惑するアネッサが声をかけるが、まるで聞いていないようだ。


(それに……それにお父様は絶対に帰ってくる!それまでの辛抱だと思えばなんてことないはず……!)


ユミルは椅子ごとアネッサの方を見るとにっこりと微笑んで頷いて見せた。


「安心して、お母様。私、殿下と婚約するわ。公爵家の為にはそれが一番だもの」

「ユミル……!決断してくれて嬉しいわ!さっそく殿下の了承のお返事をしなくては……!」


ユミルの言葉により慌ただしく動き出した公爵家の使用人達。

しかしこの婚約は一時的なものだ。

父であるドードンが戻れば白紙に戻る。

ユミルはそう思っていた。










けれどユミルがアンバーの婚約者になり一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、とうとう四年が過ぎてもドードンが公爵家に戻ることはなかった。



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