第23話 野生のケモノの様な動作で投げた華のある投手

「何って言うのかな。何か彼が登板して、投げるだけで、その場が華やかになったね。それでいて、何かもう、野生のケモノの様な動作で投げるんだよ。しかもコントロールが悪くてね」


 くくく、とビーダーは笑う。


「ま、コントロールはそれでも練習してだんだん整っていったんだけどさ。いやもう、速いし、勢いが強いから、敵さんチームの連中が、ぐいぐい迫ってくる様で怖い、とか言ってたもんなあ」

「でも十年も前のこと、よく昨日のことの様に覚えてるよなあ」

「楽しかったこと、っていうのはそういうもんさ。あんたはそうじゃないの? マーティ」

「そう――― かもな」

「俺は、覚えているよ。楽しかったことは、残らず覚えてる。思い出そうとするよ。あんたはそうじゃないのか?」

「…………」


 マーチ・ラビットは苦笑する。覚えていたいのが、楽しい記憶だったら、自分は。

 思い出したくない、という気持ちが何処かにいつも漂っている。今だって充分気楽にやっているじゃないか。それじゃいけないのか?

 そしてその反面、この不確かで曖昧な足元を何とかしたい、と思っている自分も居るのだ。

 どちらかに決められたら、どんなに楽だろう。

 だが自分では決められない。そんな気もしていた。

 だったら、いっそ、誰かの手で。

 弱気が彼の中に漂う。


 あんたはさあ、ウサギだよ。三月ウサギ。マーチ・ラビット。


 あの惑星で、知り合った奴は、自分をそう決めつけた。

 彼より後でやってきた奴なのに、いきなりそう決めつけた。自分で自分のことを文学者だ、と言った奴。明るくて、でも落ち込むとひどくて、その口調は、軽げで、それでいて、悲しげで。

 何でウサギなんだ、と聞いたら、「文学者」はこう答えた。


 だってさあ、ウサギって、寂しいと、死んじゃうんだよ。


 俺がそうだっていうのか、と訊ねたら、相手はくくく、と笑い、それ以上には答えなかった。だがそうかもしれない、とマーチ・ラビットはその時思った。

 今でもそう思う。自分がどんな過去を持っているのかは判らないけど、自分がどんな傾向なのかは、その時の彼にも判っていたのだ。

 もっとも、三月兎はキレたウサギだし、という言葉の方が周囲の皆は納得したのだが。


「あんたはさ、ビーダー、俺がどんな奴に見える?」


 「サンライズ」ビールを飲み干し、マーチ・ラビットはビーダーに問いかける。


「別に。見た通りじゃないの? あんたは明るい。今日だって、ずいぶんとあのチームの雰囲気をいいもんにしたんじゃないの?」

「ふん?」


 そうだろうか、と彼は思う。自分が気楽にできるスタンスを取っただけだった。

 人数が多くないので、紅白戦をすると、どちらのチームも九人に満たない。内野も外野もへったくれも無い。そんな方法でいいのか、と思ったりもしたが、何せ少しでも実戦のテンポを身につけておかないとまずかった。

 マーチ・ラビットとビーダーは投手として敵味方に別れた。

 ビーダーは紅組で、さすがのコントロールの良い速球で白組の打線を押さえ、マーチ・ラビットはコントロールにこそまだむらがあったが、見送り三振を何度か取った。

 そして良いプレーをした者には露骨なほどに笑顔を振りまき、ぱんぱん、と背中を叩いたり、拍手をした。

 そのことを言うのだろうか、と彼は首をかしげる。


「いいもんにしたのかね?」

「したと思うけどね、俺なんかからしたら」


 そう言われてみると、ビーダーは終始、冷静だった。その態度が紅組のメンバーに信頼感を持たせた、というのも確かだが。

 紅組白組、結局は引き分けに終わった。


「それは別にベースボールに限ったことじゃないさ。俺は何処でだって、楽しくやっていきたいんだよ。それじゃいかんのか?」

「いかんなんて言ってないだろ? 俺にはそれはできない。それはあんたのすごいとこだと思うけどね」

「ふうん?」


 くっ、と最後の一口を飲み干すと、マーチ・ラビットは缶をくしゃ、と握りつぶす。スチールの缶が、いとも簡単に雑巾の様に絞られる。


「別にすごいことじゃないさ」


 処世術だ、と彼は内心つぶやく。鏡の無い、あの冬の惑星に居た時でも、壁に映る姿を他人と比べれば、人より自分が偉丈夫であることは判った。

 仲間から見た自分の姿は、地味なものではないことは聞いていた。だったらその姿にふさわしい行動をした方がいい、と彼はその頃もいつも思っていた。そして今も。

 本当は、どうなのだろう。考えると判らなくなる。そんなものは無い、と言ってしまえばおしまいだ。人から求められる姿を演じるのが自分だ、と言ってしまえば。

 いつも、そうだったし、昔も、そしてこれからもそういう自分の性質は変わらない様な気がする。それで周囲が楽しいならそれはいい。他人がそれで楽しいなら、自分も楽しい。

 ただ、相棒に対してだけは何かが違っていた。

 相棒は。キディに対しては、彼は別に、何かを演じようという気は起きなかったのだ。


「ま、俺はあんたがホントはどういう奴か、なんてのはどうだっていいんだけどさ」


 ビーダーはそう言ってにやりと笑った。


「問題は、勝つことなんだから」


 勝てる気なのか、とマーチ・ラビットは露骨に眉を寄せてみぜた。


   *


「そうですね。もう少しで、いい知らせは伝えられるのではないか、と思うのですが」


 そうかね、と通信端末の向こう側の声は問い返す。


「目的の全てが、という訳ではなさそうですが。それでは不服ですか? 局長」


 そして一言ふた言を交わすと、シィズンは端末のスイッチを切った。

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