第14話 寄せ集めチームの顔合わせ
「ふうん」
とその時、何人かが妙な表情をして彼の顔を見た。
見られた当の本人はと言えば、一昨日以来の事態の訳の判らなさに拍車をかけられた気分である。
そもそも自分は、生産中止となった「サンライズ」ビールの横流しのために来たはずだった。
だがその相手が当の生産もと、クロシャール社だとは思ってもみなかった。更に、その取引の方法がベースボールだ、ということはゆめにも考えてもいなかった。
代表に招かれて食事をした翌日、取引用のベースボール・チームのメンバーと顔合わせをしている今この瞬間も、やはり何だか、これが本当のことのような気がしない。何処かから誰かが「いやあ冗談だよ」と看板でも持って出てそうな気がして仕方ない。
「へえ。これがあんたの言う、『大投手』かい? ストンウェル」
ベースボールのゲームに参加するメンバーが九人であることは、過去も現在も変わるものではない。その時々、その場所によって、ルールが多少変わることはあっても、これだけは変わることはなかった。
青々とした芝生が周囲に植えられたグラウンドには、そのメンバーの数よりは何人か多い数の男が勢揃いしていた。
グラウンドに着いた時、マーチ・ラビットは宿泊先で渡されたユニフォームに着替えた。それは深い青を基調としたもので、不思議なことに、前日の「盛装」同様、彼の大きな体にぴったりと合うものだった。
疑問には思ったが、そういうこともあるのだろう、とマーチ・ラビットはとりあえず考えることにした。
正直言って、彼はもう、昨日からのめまぐるしい出来事に頭がついていかないのだ。だったら、とにかく目の前の出来事を一つ一つ片付けていくしかないのだ。
それにしても、「大投手」とは。
「お前そんなこと言ってたのかよ?」
マーチ・ラビットは、エッグ・ビーダーに向かって嫌そうな顔をして怒鳴る。言われた本人は、ふふん、と口元を上げた。
「だって、そうだろう?」
「知るかよ、俺が」
周囲の男達も、ふうん、と首を傾げ、いぶかしげな視線を彼に送る。そんな目をされたって。彼自身も困るのだ。
だいたいベースボールなど、あの惑星に居た頃も、帰ってからもしたことはない。TV中継を見ることは時々あったが、プレイをしたことはないのだ。
「俺はあんたの方が先発にはいいと思うぜ? ストンウェル」
腕組みをした一人が、ビーダーにぽん、と言葉を投げた。その言葉にマーチ・ラビットは驚く。
「お前投手なのかあ? ストンウェル」
「まあね」
「だったら、お前が投げればいいじゃないか。何も俺を引っぱり出さなくても」
「俺だけじゃ、負けるよ」
あっさりとビーダーは言って、その厚い肩をすくめた。
「相手は何せ『サンライズ』だぜ? 一人の投手だけで太刀打ちできますかって。監督~説明してくださいよ~」
ビーダーはベンチに向かって思い切り声を投げた。
はっとしてマーチ・ラビットはその方向を見る。気配は無かったのに、中で人影が動いた。
のっそりと、中から小柄な男が気だるげに現れた。
「何だねストンウェルよ…… せっかくいい気分で寝ていたと思ったのによ」
ひどいなまりだ、とマーチ・ラビットは思う。
言葉そのものはは基本的には変わらないのだが、発音ががらがらだし、レーゲンボーゲンでは聞かないアクセントである。
「う。また酒くさい。呑んでたんですな? 最後のメンバーが揃ったんですぜ? しゃんとしてくださいや」
「……ふん、わしの勝手だ。最後も何も、決めたのはお前さん等だろうに」
確かに、その「監督」はひどく酒くさかった。
「別にいいじゃんかよ。監督がアル中だろーが何だろーが、要はは勝てばいーんだ勝てば」
相棒と同じくらいの年頃に見える、ボタンを二つ三つ外して着たユニフォームの背番号に7を付けたやせぎすな男は、そう吐き捨てる様に言った。
「そうは言うけど、テディベァル、君、本当にそれで勝てると思っているのか?」
「はん? 思わねーけどよ」
「……不謹慎な……」
難癖をつけた5番の青年は、何でこの場に居るのか、と思う様な、それこそ「青白い」インテリにマーチ・ラビットには見えた。テディベァルと呼ばれた青年が髪をくちゃくちゃにかき乱しているのに対して、その栗色の髪もきっちり整えている。
何となく言葉を無くしてマーチ・ラビットが見ていると、ぽん、とビーダーは少し上にある彼の肩に手を置いた。
「奴らはああ見えても、結構な打者なんだぜ?』
「ああ見えてもって何だよ」
やせぎすの男は腰に手を当てて、ひどく大きな声を投げる。色あせた金灰色の髪は水気というものをまるで感じさせない。火を点ければ一発で燃え尽きてしまう様な気がする。
「吠えるなよテディベァル、お前の声はでかすぎるぜ。ちなみにこっちはミュリエル。ちょっと前まで、学校の先生だったんだぜ」
「……もしかして、このチーム、って寄せ集め……」
マーチ・ラビットはそうつぶやいてため息をついた。もっとも自分自身にしたところで、「寄せ集め」の意識はあったのだが…… それにしても程がある、と思わずにはいられなかった。
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