第12話 勲章
眠くなってきた僕と師匠は船場から少し離れた、テトラポットが目の前にある、幅の広い道の真ん中で足を伸ばした。
フナ虫達がチョロチョロと横切るも、眠気が勝る。瞼がゆ~っくり閉じ、夢の中へ。
何度か寝返りすると、師匠とぶつかる事もあったが、そこはご愛嬌。師匠は薄目を開け、また閉じ、なかった事にしてくれる。
愛嬌というのは便利なものだ。
数時間が経ち、目を開けると辺りはうっすらと暗くなっていた。
既に船場には何艘か停泊しており、漁師の兄ちゃんはもう家に帰ってしまった様だ。
僕は毛づくろいを始め、気になった師匠の毛もいっしょに舐めた。
師匠が目を覚ますと開口一番、
「なんだ?毛が湿ってるな~」
「舐めておきました」
「?!」
「毛づくろいです」
「そんなのわかってるわぃ!」
「いいじゃないですか~たまには~」
「あとで毛玉吐く羽目になるぞ」
「大丈夫ですよ〜」
師匠は渋い顔をした後、お尻を天に向けて伸びをした。次に後ろ脚を片足ずつ伸ばし、腕立て伏せのような体勢で伸びをした。
見ているだけでも気持ちが良さそうだ。
遠くから、フラフラと歩くシマさんが見えた。
「シマさ〜ん、シマさ〜ん!」
「おっ、シマか」
シマさんはどこかホッとした様な表情で駆け寄ってきた。
「ここにいたんですね~」
「シマ、どこにいってたんだ?メスの尻でも追っかけてたのか?」
「いや~それが……」
いつもと様子が違うシマさんに違和感を感じながら耳を傾けた。
「なんか、すっごい、たまらない匂いがしたんですよ!」
「たまらない匂い?」
「もう、今まで嗅いだことのないような、芳しい匂いなんですよ」
「ほうほう」
師匠はそれがなんだかわかっている様子で、僕は気になって口を開いた。
「師匠、何なんでしょうかね?その匂いって」
「おそらく、またたびだろうな〜」
「またたび?」
「猫が腰抜けになる香りでの、媚薬みたいなもんじゃよ」
「へぇ〜」
「またたびは植物でな、小枝や実の粉末が売られとる」
「そうなんですか〜」
「量を間違えると呼吸困難にもなるから気をつけなきゃいかんのじゃ」
「へぇ〜」
「その、またたび?の匂いにつられて歩いて行くと好物のちゅ〜るがあってさ!」
「ちゅ〜るにまたたびなんて、こりゃ叶わないな〜」
「そうなんですよ!ちゅ〜るに夢中になってたらいきなり、ガッシャーン!って」
「えっ?!」
「檻の中に閉じ込められたんだ」
「檻の中に?!」
「そうそう、縦長の金属製の檻」
「そんで、パニックになって暴れていたら、布を被せられてさ、周りが見えなくなったんだ」
「え〜」
「薄暗くなって自然と落ち着きを取り戻したんだけど……」
「うんうん」
「今度は檻を持ち上げられて、どこかに置かれて、ガタガタ揺られて。たまに猫の声が聞こえて、俺だけじゃないんだ~って安心したのも束の間で、また持ち上げられて、布を取られれてさ」
「どうしたの?!」
「猫の入った檻が何個もあってさ~」
「え~!」
「なんだ?なんだ?って思っていたら人間が近づいてきて・・・・・・」
「うんうん」
「そこから記憶がないんだ」
「!」
「気づいたら、餌場に戻っていたんだ。他の猫達も」
「え〜!」
「みんなで何だったんだろな〜って話したんだけど、記憶がなくてさ〜」
またもや師匠はそれがなんだかわかっている様子。
「シマよ、気づいてないのか?」
「え?何をですか?」
「玉、取られているぞよ!」
「!」
「そ、そういえば、シマさん!耳、耳!」
「え?耳?」
シマさんは右足で耳を触ってみたが、よくわからない。
すると、バイクを見つけ椅子に飛び乗りサイドミラーに顔を覗かせた。
「立派にカットされてるぞ~シマ!」
「シマさん、ショック・・・・・・なんですかね?」
「お〜い、シマ、そう、落ち込むな〜」
シマさんが満面の笑みで戻ってきた。
「まじ、カッコよくないっすか?」
「・・・・・・ん?」
「・・・・・・え?」
「俺、耳カットに憧れてたんすよね~」
予想外の反応に一瞬戸惑ったが、シマさんが喜んでいるなら問題ない!
「シマさん、すっごい似合ってますよ~。ね、師匠!」
「あぁ。いかしておる」
「うっわ~超嬉しいっす~」
「よかったな、シマ。これで生きやすくなるぞ」
「?」
「タマタマを取るとな、性格が温厚になって無駄な喧嘩はしなくなるんじゃ。縄張り意識も低くなるからスプレー回りもしなくてすむ。何より、性的欲求のストレスがなくなるからの、楽になるぞ~」
「へぇ~」
「ただ、太りやすくなるから気を付けないとな」
「え!」
「食欲は増えるのに代謝は下がってるもんだから、いつも通りに食べているとあっという間に太っちまうんだ」
「気を付けます」
「ボスみたいにはなりたくないだろ?」
「は、はい」
「今日は傷口が広がんようにゆっくり大人しくしてなさい」
「はい」
「お大事にね、シマさん」
「ありがとう」
シマさんは小さくなったタマタマをぷりぷりとさせ、耳カットを誇らしげに寝床へ帰っていった。
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