第59鮫 全にして鮫

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SIDE:螃蟹 飯炒

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 目の前にいるハスターを纏ったバーシャーケー・ペンサーモン……ややこしい、ハスジャケはサイズ差が自分の2倍はあるカニ軍艦を前に布の至る所からタコの触手を生み出しそれを伸す刺突攻撃を仕掛けてきた。


「これ、そういうシチュエーションのアレじゃなくて本気で殺しに来てるシャレになんないデース!」


 しかも、布どころか異空間のような穴がハスジャケの周囲に空き、そこからも無数の触手がカニ軍艦の装甲を突き刺ささんと伸びていく。

 数にして800本! 太さにして1mはあるそれは、こちらの図体が大きいのもあって爪だけで全て捌き切るのは難しく、脚部に搭載した小型カニミサイルを絶え間なく発射して撃ち落として防ぐのがやっとだ。


 当然全ての触手を避けられる訳がなく、触手が直撃した箇所の装甲は1mの穴が空いて明確に消耗していく始末。

 少しずつ穴だらけになっていく程度の被害だが、味噌も積もれば蟹味噌となる、早く攻撃の雨が止んで欲しい一心だ。

 それと同時にボトボトとタコ怪鳥の種になる芋虫触手を産んでは孵化させて空をタコだらけにしている器用さも厄介極まりない。

 魔王がサポートにいなかったらどうなっていたか。


「さっきより数が増えて来てないかなのだ!?」


 そんな彼女も少しずつジリ貧になっていく一方。

 正直調子に乗ってこの場を引き受けたものの、現状を打開する手段がない。

 相手がただの〈指示者オーダー〉の技術集合体ならまだしも、王族……それもバーシャーケー・ペンサーモンという魔王に並ぶ化け物と合体しているのは想定外すぎる。

 なんという相手に指示しじをしてるんだという怒りも止まらない上に、そもそもこいつを前にして両腕を持っていったセレデリナのシャークちからはわけワカニだ。


 やはり、カニは"有限の汎用性"に長けている分相棒となる〈担い手マスター〉がおらず、サメの持つ"無限の可能性"でなければ乗り越えられない場面だと不利になってしまう。

 〈指示者オーダー〉の暗殺行為は何度かしてきたが、どれも〈担い手マスター〉はいなかったからなし得た結果であり、今しているのはこれまで全力で避けてきた部の悪い勝負だ。

 

 とはいえ、今は言い出しっぺの自分が最前を尽くさなければ何も変わらない。

 やれる手は全部尽くそう、相棒が居なくともムーンにバーシャーケー、組織員達、そして彩華が好きだと言ってくれた歌がある。

 そうだ、カニアイドルとして歌っている時だけは、不思議と孤独感が薄れて緊張がほぐていく、それを忘れては行けない。……だから歌う!


「ひとまず、残ったサメ大工達にはもうちょっと地上で頑張ってもらいまショー。まずはこの曲、サメガニー合体!」


 カニ軍艦は一番後ろの脚から見て全身の3分の1を切り離すと、その部位はそれぞれ5mはある中型の34匹のカニに変形した。

 大型のタコ動物を対処していた鮫沢が居なくなった今、1秒でも早く彼等をサポートしなければ信徒達は何百人という数で肩車を重ね、大きくカニ軍艦の脚を狙って攻撃してくることは安易に予想が着く。

 その妨害を喰らうぐらいなら多少の弱体化を受けた状態で戦う方がマシと言えよう。

 それに、小型化して同体格のカニ軍艦……いや、カニ駆逐艦として再変形して戦えるのはむしろ有利にすら思える。


 そうして、分離した中型カニロボットは背の甲羅に穴を開け、サメ大工一匹一匹の脚部にすっぽりと入り、まるで蜘蛛人間のようなシルエット! カニそのものを下半身とし、人とサメのいいとこ取りな上半身を両立! 更には武器も必殺のサメ工具まで持っている!

 つまり、異世界カニザメ合作第1号"超最強サメガニ大工戦車軍団"の結成だ!


「あ、あれはサメなの!?」

「多分セレデリナが疑問に思うならサメじゃないのだ」

「うるさいデース! こうでもしないと地上もそっちが対処する羽目になってたんですからネー!」


 脚部のカニには戦闘用のAIが搭載されており、擬似的な生命の意思で戦うサメ大工とは相性抜群だ。

 例えば、下半身のカニが爪からレーザーを放ち攻撃を行いながら、飛びかかるタコ信徒は工具で粉砕する防御行動を同時にすることが出来る。

 逆に弓持ちのサメ大工が遠距離の敵を射抜きながら弱ったタコをハサミでバッサリ斬り裂くなど、攻めに特化したコンビネーションまで完璧。

 中には、一旦分離してカニの爪で捕らえたタコ動物に噛み付いて内蔵をサメの頭部で喰らうコンビまで見受けられる。

 地上は予想以上に優勢。これなら後は目の前のハスジャケだけに集中できるだろう。


「サメ!(サメ!) カニ!(カニ!) 互いを認めて戦う戦士〜♪」


 一方本体のカニ駆逐艦はというと、安定して戦う為にも30mのカニ駆逐艦に再変形し、敵の攻撃を捌きながらも至近距離まで詰めようとしていた。

 同格のサイズになったおかげか総合的に見て攻撃も捌きやすく、スパスパと爪を舞わせて触手を切り落とすのも容易。


 脚部や甲羅に搭載されているミサイルは全て防衛に回ってしまうため攻撃に転用できないが、それならこの爪で戦えばいい。

 カニの戦い方とはどこまでいってもそう言うものである。

 変形時に少し後退されていたようで20m程距離を空けられていたものの、ガシガシ爪で守りながら行進して行けば問題ない攻撃の密度。これなら、近づいて布を直接裂いてやれそうだ。


「サラムトロスのタコ、弱すぎデース!」


 そうこうしているうちにタイミングも見極め、多少のダメージを覚悟しつつハサミを前に突き立ててハスジャケに飛びかかった。

 相手の防衛手段として伸びてきた触手が突き刺さり、前脚2本を折られたが痛覚機能は遮断してあるので死なない分にはそれらしい苦痛を感じることもない。無問題だ。全身義体フル・サイボーグでカニとして生きるメリットはこういう所で活かされる。


「まだまだ歌いマース! "カニファイターForever!"」

 

 ほぼ肉薄したと言ってもいい距離まで詰めると、残った左腕を狙って右の爪を伸ばして攻撃を仕掛けた。

 しかし、取り憑かれているバーシャーケーが脚を曲げてブリッジするような姿勢でそれを躱し、そのままスライディングで足の下に潜りまれる。


 この状況はかなりまずい。タカアシガニの性質上脚が長く、足元から一気に腹元を攻撃出来るからだ。

 事実、流れるようにハスジャケはそのまま触手を高く伸ばし、一気にカニ駆逐艦を串刺しにしようと仕掛けてきた。

 これが直撃すれば即死だ、相手もまた〈担い手マスター〉側の戦闘センスをそのまま転用できるようで、体の支配権を奪い取っただけではないと見える。

 しかし、〈女神教〉という世界の秩序を抱えている中で、ここであっさりと死ぬ訳には行かないのだ。


「負けてたまるか〜♪ カニの生き様〜♪」


 緊急で各脚先の爪に搭載した緊急飛行ブースターを作動させ、高速で空へと飛び上がりつつ伸びる触手の射線からズレた位置に移動、改めて着地した。

 下手に攻めれば負ける一方だ……とはいえ逃げ続けるには消耗戦にしかならず分が悪い。

 確かにタコオックのコンピュータからいろいろとデータを抜き取ったが、〈担い手マスター〉と手を組んだらどうなるかについて具体的なデータはなかった。機械的な予測で戦うには限度がある。

 なら、このままただ正面対決をしても勝算はなしということを受け止めて行動すべきだろう。

 改めて戦いをしてやればいいんじゃないか?

 加えて、彩華に「もっと楽しい考えで生きていてくれよ」と言われた事を思い出した。

 ……確かに、楽しく生き残る手段なら1つだけある。


「これが私の戦い方デース!」


 カニ駆逐艦は体を52分割に分離させ、それぞれがバラバラに2mはある昆虫のような独自の体の曲がり方をしたヤシガニへと変形!

 これは全てが個にして全にしてカニの……"螃蟹 飯炒カニ ハンチャン"!

 

「ハンチャンとしての搭載人格計52の全てを分離させたカニ軍艦だぜ、名ずけてカ・ニゴラスの仔らだ!」


 バラバラになった仔達はハスジャケの周囲ですばしっこく動き、それを狙った触手のよる刺突は確実に避けていく。

 そう、どの攻撃も当たらないのだ。

 全てが螃蟹 飯炒カニ ハンチャンとしての頭脳で動いているのだから当然であり、そこに油断もない。

 近づかず攻撃だけは確実に避ける……現状から見れば究極の時間稼ぎ手段と言えよう。

 カニの持つ"有限の汎用性"の中には、こういった戦術を取れる多様な強みも存在するのだ。


「あたしゃそんな攻撃目をつぶっても避けられる」

「おいおい、僕はここだよ、そら!」

「ヒャーハッハッハ! スピード命のミーに勝てると思わないでいただきたい!」

「俺様はこういうちまちました戦い方は好きじゃないが、やると決めた以上やるしかないって事だな!」

「イーヒッヒッヒ! 自動的な動きのAIにこの行動は対処出来ないカニィ!」

「……やっぱり、サラムトロスのタコは弱すぎデース!」


 この作戦により、ハスジャケはただただ無意味な攻撃を何分も続けることとなった。

 そうなれば、もうサメが来る頃合いになるだろう。

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